中日守護神はなぜ首を振った? 10年目捕手の“心理戦”…打率.118でも重用されるワケ

中日のライデル・マルティネス【写真:矢口亨】

中日・加藤匠は直近18打数無安打11三振も…3戦連続でスタメン出場

■阪神 1ー0 中日(15日・バンテリンドーム)

投高打低の傾向が強い今季のプロ野球。強打の捕手の巨人・大城卓三捕手が2軍落ちし、どちらかと言うと専守防衛タイプの小林誠司捕手が出場機会を増やすなど、キャッチャーも守備重視で起用されている印象だ。現役時代にヤクルト、日本ハム、阪神、横浜(現DeNA)で捕手として活躍した野球評論家・野口寿浩氏が分析する。

「巨人がああいう起用をしたお陰で、今季は捕手の守備がクローズアップされている気がします」と野口氏は語る。15日の中日対阪神(バンテリン)で、中日は加藤匠馬捕手、阪神は坂本誠志郎捕手がスタメンマスクをかぶった。10年目の加藤匠は今季、木下拓哉捕手、宇佐見真吾捕手と併用され、坂本は梅野隆太郎捕手と出場機会を分け合っているが、いずれも守備優先の起用とみていいだろう。

加藤匠の今季打率は、同日現在で.118(34打数4安打)。この日も4打数無安打2三振で、4月17日のヤクルト戦で右前打を放って以降、1か月近くヒットがない(18打数無安打11三振1四球)。それでも、最近3試合連続でスタメン起用されている。この日は先発の小笠原慎之介投手と今季初めてバッテリーを組み、9回途中無失点の快投を引き出した。強肩が最大の武器で、リードについても野口氏は高く評価する。

両チーム無得点のまま迎えた9回。中日・立浪和義監督は、小笠原が無死二塁のピンチを背負うと、守護神のライデル・マルティネス投手にスイッチした。マルティネスは近本光司外野手を申告敬遠で歩かせた後、4番の大山悠輔内野手を空振り三振、シェルドン・ノイジー外野手を中飛、渡邉諒内野手を見逃し三振に仕留め無失点で切り抜けたが、ここで加藤匠とのやり取りが少し不可解だった。

大山には全4球ストレート、渡邉にも全4球153キロ以上のストレート系(ツーシームを含む)で攻め切ったが、マルティネスが加藤匠のサインに3度も4度も首を振るシーンが繰り返されていた。

「唯一の間違い」が命取りに? ロースコアの試合で重要な配球

マルティネスがストレートを投げたがっていることがわかれば、加藤匠はもっと早く「今日は変化球に自信がないのだろう」と判断し、ストレートのサインを出すこともできたはず。「あそこまでマルティネスが首を振ったということは、もしかしたら、加藤匠はわざと首を振らせるために、サインを回していた可能性があると思いました」と野口氏は指摘する。

「マルティネスはストレート、ツーシーム、フォーク、スライダーのどれもが一級品です。あれだけの投手が首を振れば、打者は相手の配球をあれこれ考える。バッテリーとしては、ストレートと決めていたとしても、打者が考えてくれるほど、外れる可能性が高くなるわけです」と説明する。「あの緊張感のある場面で、それをやっていたとすれば、加藤匠は大したものです」と付け加えた。

野口氏自身も現役時代に、投手が首を振ることを承知の上で、打者を幻惑させるためにサインを出していたことがあるという。ただし、投手が捕手のサインに一切首を振らないタイプの場合は、この手法を使えない。「そういう投手には“首を振れ”というサインをつくって出していました」と明かし、一方で「しっかり自分を持っていて、首を振って投げてくる投手には、わざと違うサインを出すのも1つの手です」と説明する。

この日の加藤匠のリードは、全体的にこうした工夫が凝らされていたが、その中で野口氏が「唯一間違えたのではないか」と見た配球が、皮肉にも勝負を分けた。

0-0で迎えた延長11回。1死三塁のピンチを背負った4番手の左腕・斎藤綱記投手は、近本光司外野手に対し、初球のスライダーで空振りを奪ったが、カウント1-2と追い込んだ後、3球連続でシュートを投じ、最後に右前へ勝ち越し適時打を浴びた。

「近本は初球の“ボールゾーンからボールゾーンへの”スライダーを空振りしていましたし、前の打者の中野(拓夢内野手)もボール球のスライダーに手を出して二ゴロに倒れていた。僕はスライダーが相当切れていると見ました」とした上で、「シュートは打たれる前から引っ掛け気味で、コントロールされていなかった。だとすれば、シュートが得意球だったとしても、『今日はシュートの日ではない』と判断して、スライダーに切り替えた方がよかったのではないか」と述べた。

試合は結局、延長11回1-0で決着した。配球の是非はともかく、今季はこうしたロースコアの試合が多く、捕手のサイン1つが勝負を分けてしまうケースが増えていることは、間違いなさそうだ。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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