OKIが両立する生成AIの積極活用とセキュリティリスク対策

2022年末にオープンAI社がChatGPTを発表して以来、生成AIブームが加速的に広がっている。生成AIの有効活用が企業に大きなメリットをもたらすという認識が醸成されている反面、導入に当たってはセキュリティをはじめとする壁があり、デジタル化に慎重な日本企業では導入が難しいという現状が散見される。そのなかで、沖電気工業(以下、OKI)では、各種ハードルをクリアして2023年11月から生成AIを全社で利用できる体制を整備し、既に数千人規模の社員が業務での活用を開始している。企業は生成AI活用の流れにどのように対応していくべきか、OKIの生成AI導入を進めてきた立役者である、同社 技術本部 技術企画部データマネジメント室 室長で工学博士の須崎昌彦氏と、技術本部 技術企画部データマネジメント室データ活用推進チーム 古川雄一氏にポイントを聞いた。

会社から社外の生成AIサービスへの接続にストップがかかり、逆に動きが加速

――まずお二方が所属するデータマネジメント室は、OKIの中でどんな役割を担っているのでしょうか。DX推進チームのような存在ですか?

須崎氏:当社では「中期経営計画2025」の中で、「エッジプラットフォーム」というキーワードのもとデータ活用を推進していくという方針を掲げていて、データマネジメント室はそのビジネスをするための道具立ての整備や社内でのマインドシフトを促すことを目的として発足しました。もちろんDXの推進も我々のミッションの1つです。チーム自体は8人程度で構成され、技術本部内も含めてグループ内の各部署から協力を得ながら各種の取り組みを進めています。

――そのなかでデータマネジメント室が生成AI導入を推進することになった経緯を教えてください。

須崎氏:2023年から世の中で「ChatGPT」が流行し始めて、OKI社内でも感度が高い社員が使い始めたのですが、やはり当社のデータが言語モデルの学習に使われる可能性があるなどセキュリティ面での懸念が拭えず、お客様の情報が漏洩してしまうリスクも考えられたため、情報システム部門(情シス部門)が2023年5月に社内からOpenAI社のChatGPTへの接続を安全が確認できるまで遮断るという通達を出したのです。

とはいえ、ChatGPTは業務にも使えますし、製品開発の効率化にも役立つということもあって、技術本部長がすぐに動いたんですね。そこで我々のところに「漏洩リスクのない安全なChatGPTを社内で使えるようにせよ」と指令が降りてきて、データマネジメント室がけん引する形で生成AIの社内利用に向けた活動を開始しました。

古川氏:実はOKIでは2018年からAIを自社のサービスに活用していて、その頃から当時の研究開発センターを中心にOKIグループ全体でAIを積極活用するための技術や人材、仕組みを整備するプロジェクトを推進していました。2019年には「OKIグループAI原則」を発表し、品質マネジメントシステムの中でAIの製品を出す際のルールも作り、人材育成を積極的に進めていて、それが生成AIの活用にもつながっています。そういったAIを活用していくための組織体の素地もあったため、スムーズに動き始めることができました。

社内リソースを活用し検討から3カ月でリリース

――OKIが業務での生成AI活用に舵を切った背景と、社内で利用するためのシステム開発に至るまでの流れについてお話しください。

須崎氏:まず一般論的な部分からお話ししますと、昨今の労働力不足、中でも後継者不足や煩雑な定型業務をこなさなければならないという問題を生成AIで解決できるのではないかという期待があり、活用にシフトすることになりました。特に日本企業は労働生産性が低いので、どの会社もそこを改善しなければならないという課題を抱えています。

その中で我々は、先ほどお話ししたAIに関する素地に加えて、IT企業でありクラウドやセキュリティサービスの技術や開発リソースを保有しているので、内製で生成AIシステムの開発を優位性を持って進めることができるだろうという勝算がありました。そこでAIを研究している研究者、クラウドのチーム、グループ内ソフトウェア会社などの有識者を集めて検討を開始しました。

――社内で慎重論はありませんでしたか?

古川氏:もちろんありました。我々は秘匿性の高い事業も行っているため、当初はChatGPTを導入することについて、お客様から了承を得なければならないという議論もありました。当時は銀行系でも生成AIの利用を禁止している企業が多かった中で、何故OKIは使っていいのか、お客様に大丈夫といえる根拠となる説得材料やシナリオを用意して、役員とも何度も対話をして理解してもらいました。

また、情シス部門も一旦は利用不可にしたものの、社内のAI活用を後押ししたいという思いは持っていました。そこで、セキュリティを確保しつつ、従業員が安心・安全・便利に利用できる環境を、試行錯誤しながら構築しました。

――どれくらいのリソースで構築を進めたのですか?

須崎氏:先に述べたAI活用推進のプロジェクトにはグループ会社を含めて50人くらいのメンバーがいました。このメンバーをベースに複数のワーキンググループを作って運用のルールを決めながら進めていきました。情シスからはが安全なChatGPTとして、「クラウドにおいて絶対に情報漏えいがないようにセキュリティを担保すること」と、「生成AIを使う社員には必ず教育をすること」という2つの要件を託されました。

古川氏:常に実働していたのは7~8人でしたが、単にクラウドのアプリを作ればいいという話ではなく、教育体系や生成AIを使う際のガイドラインも作る必要があったので、複数の部署から幅広く専門家を集めて構築を進めました。その結果、検討開始から約3カ月という短期間で、クラウド上に生成AI利用環境を構築することができたのです。

生成AI基盤に関しては、パートナーである日本マイクロソフトの「Azure OpenAI Service」を活用していて、事前に同社の技術者に色々と話を聞き、内製でアプリ開発を進めました。また、マイクロソフトはセキュリティに関するステートメントをしっかりと出していたので、情シス部門にも納得してもらえました。

9月にスモールスタートし11月から全社で利用が可能に

――システム稼働時にはどのような形で利用を始めたのでしょうか。

須崎氏:9月から試験的に稼働を開始したのですが、その時はユーザーを限定して40人弱でスタートしました。具体的には、開発メンバーやAI技術者、一部自ら使いたいと手を挙げた社員、そして経営陣です。経営陣は意図的に巻き込んだという側面もあります。それによって、社内に対するインパクトが多少なりとも生まれました。

古川氏:その後10月に100人くらいに利用者を増やし、11月からグループを含めて全社展開を開始しました。ただし、誰でも自由に使っていいということではありません。利用に際しては申請が必要で、申請するためには必ずこちらが用意した教育を受けなければなりません。つまり全社展開にあたっては、生成AIを安全に使うための「ガイドライン」、ガイドラインを遵守して活用するための「教育コンテンツ」、情報漏洩をしない「システム」という3つのしっかりとした柱を備えつけた上で開始したということになります。

――開発に当たり、苦労したり工夫したりした点は?

須崎氏:ガイドラインを作るところは工夫をしています。ガイドラインは、AIの法的・倫理的リスクに精通した弁護士に監修してもらっていて、生成AIに関する国内外の最新の議論の状況を踏まえた法的な観点でアドバイスをいただいています。ここは当社の生成AI活用における大きな特徴と言えるでしょう。また情報検索に関しては、当社の社内情報ポータルと連携させた独自のRAG(検索拡張生成)を用意して自社最適化を図っています。

古川氏:セキュリティ面ではやはり、それなりに苦労というか工夫をしています。まず生成AIのシステムは、外部からの攻撃を受けにくくするために、当社のマネージドクラウドサービス「EXaaS(エクサース)」を活用し、イントラ内に専用の利用環境を構築しました。設定変更は専用端末からのみ可能となっていて、その端末が置いてある部屋に入るためには申請が必要で、物理的対策も含めて端末にアクセスするまでに3段階のロックで守るというセキュリティ対策を実施しています。アプリにも何か問題があれば、アラートが出て即停止するようにもなっていて、ユーザーサイドでの対策も万全です。既存の当社の仕組みやクラウド構築ノウハウ・リソースを活用することで、短期間でセキュアな仕組みを実装できました。

次の課題は、アクティブユーザーをいかに増やせるか

――開発した生成AIシステムは、これまでどのような形で利用されていますか?

古川氏:基本的に利用形態は、「文書の要約・生成」「調査・検索」「プログラミング・コード生成」「思考の壁打ち」という4パターンに分かれていて、比率もそれぞれ均等という状況です。そこは2023年9月の段階から変わっていませんね。公式なプロンプトは10個ほどに絞っていて、我々で管理をしています。社内での利用方法に関しては、11月に全社展開した際にコミュニティを立ち上げ、現在600人以上が参加して、そこに社内の活用事例がどんどん集まって情報共有をしています。ただし社内での生成AI活用は二極化していて、大多数はちょっと使ってみて、「面白そうだけど、具体的な使い方がわからない」で終わってしまうのが実情です。

――そのような人たちに活用を促す施策は実施していますか?

須崎氏:まさに現在我々のチームは、その部分に注力しているところです。利用を促す一例としては、教育を受けたらそのエビデンスを添付して申請し、すぐに利用を開始できるという申請フローを用意しています。また、複数の部門から「自分たちの業務でこんな風に使いたい」という相談を受け、それを我々がPoCを実施しながら最終的に生成AIを組み込んだ業務アプリを作っていくという取り組みも開始しました。

古川氏:そういう現場からの要望にも、開発を内製しているため簡単に対応できるのです。アプリの構築にあたっては小回りが利く状態になっていて、現場のユーザーから「こういうデータを使ってこんなことができるか試したい」と相談されたら、数時間後にその仕組みを用意できる速度感で対応できるようになっています。

須崎氏:その他の工夫としては、社外から人を招いて最新のAIに関する講演してもらい、それをオンラインで全社に配信しています。登壇者はコンサルやクラウドベンダーの有識者、大学の先生、弁護士などさまざまで、色々な切り口から話をしてもらい、社内からも「こんな効果が出た」というユースケースの話をしてもらうこともあります。

古川氏:先ほど話した公式教育や生成AI活用研修コンテンツも作っていますし、後はアイデアソンやアイデアコンテストも開催していて、その様子も動画で配信しています。現在アクティブに使いこなせているユーザーは数百人ですが、それを早い時期に数千人にまでもっていきたいですね。

イノベーション活動、技術リソース、推進体制の三位一体でスピード導入

――その状況を言い換えると、すでに仕組みは確立されて運用フェーズに入っているという事ですね。

古川氏:まずは社内にリリースして、「生成AIはこういうもので、こう使える」という素地ができたと思っていて、次の段階ではそれをいかに事業に活用できるかを考えていくフェーズに移ります。データマネジメント室では事業部に対して、「こういう生成AIの使い方をして、こんなサービスができませんか?」と提案する活動も進めていく計画で、事業部側から提案がいくつか来ています。

――最後に、OKIでの生成AI活用における強みとは?

須崎氏:1つは、ガイドラインがかなりきめ細かいものになっていることです。これはどこに出しても誇れるもので、世の中でAIによって問題が起きたり、急ピッチでルール化が議論されたりしていますが、そこにもしっかり対応できたガイドラインになっています。あと、技術的には社内に言語系の研究者(自然言語処理技術者)がいることが挙げられます。最近は自然言語系の学会でChatGPTが参照する知識をどう持つか、それをいかに制御するのかなどの議論がなされていて、企業もいずれ対応が求められることになると見ていますが、社内にその素養があることはメリットと言えるでしょう。

古川氏:それらの素地があった上で開発も内製化できているので、例えば明日GPT-5が出ますと言われても、当社では即日で対応できます。そのレベルで運用できていることも、我々の強みですね。クラウドなので、システムのメンテナンスもそれほど大変ではありませんし。

須崎氏:OKIでは、2018年から社内で「イノベーションマネジメントシステム」という活動を継続していて、ビジネスアイデアコンテストの「Yume Proチャレンジ」には毎年300~400件応募があります。その中で2023年度からは生成AIを活用したアイデアもたくさん生まれ、生成AIの活用は社内に浸透しつつある状況です。

冒頭でOKIでは元々AIを事業で活用していたという話をしましたが、そのほかにも社内にはYume Proによる新規事業と業務改善を志向したイノベーション活動の素地があり、そこへさらに先進ITやセキュリティをサービスとして提供している技術力も備わっていたことで、安全性と利便性を両立させた生成AI活用の仕組みを作ることができました。 その際に我々が情シスとも密に連携し、アクセラレーターやコーディネーターとしての役割を全うできたことで、スピード感を持って活用までこぎ着けることができたのです。このような流れを経て、現在OKIでは社内で同じ方向を向いて生成AIの活用が進められています。

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