【発言】60年安保から今を照らす 作家佐野眞一、自省込め語る

インタビューに答えるノンフィクション作家佐野眞一さん
国会を包囲するデモ隊=1960年6月18日
唐牛健太郎全学連委員長(当時)=1960年1月16日

 ノンフィクション作家佐野眞一さんに最新作「唐牛伝 敗者の戦後漂流」についてインタビューした。主人公のルーツまでさかのぼって、歴史的な位置付けをする作風。数々の人物評伝で読者をうならせた実力派ながら、4年前、橋下徹大阪市長(当時)の出自を巡る週刊誌記事で批判を浴び、しばらく筆を置いた。再起を期して取り組んだのは60年安保のカリスマ、全学連委員長・唐牛健太郎の生きざまだった。挫折した運動の功罪を背負い、47歳で生涯を終えた唐牛の軌跡を描くことは、佐野さん自身の過去を見詰め直す作業であり、今の世相も照らすことだった。

 ▽心の変遷

 ―ネットで日本のノンフィクションを殺したとされ、初心に戻ると作品の序章で書いている。佐野さんの思いを改めて聞きたい。

 「インタビューを受けた以上、逃げない。(4年前の週刊誌記事で)現場に行かないでデータマンに頼ったことは反省しないといけない。それが問題を起こした本当の原因だ。ただ、不名誉なレッテルを貼られたまま、新しい作品にたどり着けず、相当苦しんだのも事実だ」

 ―作品に行き着くまでの佐野さんの心の変遷。作品を通じたメッセージは何か。

 「唐牛の短い生涯を書くため、彼の人生に寄り添って、現場に足を運ぶ地道な作業を続けた。60年安保の後、唐牛だけが高度経済成長とは無縁の世界を歩んだ。居酒屋の主人を経て、公安の目が光る中、漁師生活も送った。孤独に耐え、愚痴一つ言わず、生き抜いた彼の精神に勇気づけられ、(私を)失意から立ち直らせた。すがすがしいほどの印象を与えてくれる唐牛の存在を広く知らせたかった」

 ▽メディアの劣化

 ―4年前のことを含めて、私たちメディア全体のムード、状況をどう見ているか。

 「今の芸能人の不倫にせよ、(舛添要一前)都知事の公金問題にしろ、まるで極悪人のように血祭りに上げる日本の社会状況は恐ろしい。(橋下氏も)将来の首相だとメディアが以前大いに持ち上げた。一体この現象は何なのか。反知性主義の大波が来ていると思う。メディアは、あおるだけあおる。その劣化はすさまじいと感じている」

 ―佐野さんは歴史の等高線という言葉をよく使う。取材対象がその時代のどこに位置付けられるか強く意識している。60年安保で一瞬の輝きを放った唐牛、片方の主役の岸信介氏も、その等高線に刻まれると書いている。

 「私が表現することは、歴史の等高線を正確に描くこと。体験から、自身がどの辺にいたかも正確にポジショニングする。日本の青春期とも言える60年安保とその後の高度経済成長が作品の原点。取り上げる人物は、ある種のスケール感があり、等高線を描ける。取り巻きに囲まれてニヤつく安倍晋三首相にはそれはない。歴史観を感じさせない政治家が育ってきたのはメディアの責任もあるのではないか」

 ▽跳躍力

 ―そのメディアの行方、ネットやデジタル面を含めどう見るか。

 「(別の)作品で書いたが、業界全体の傷みがひどい。本も売れない。ノンフィクション自体もやせ細っている。この状況はどういうことか。もちろん自己反省しているよ。もの書きからすると、取り上げたい人物が段々いなくなっていく。ただ、メディアの長い歴史から見て、やがては紙の本に匹敵する、跳躍力を持つコンテンツが出てくると確信している。そういう新たな概念、発明を予感する」(聞き手 共同通信=柴田友明)

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