「時代の正体」差別の否定を呼び掛ける 記者の視点

 衆院法務委員会が21日開かれ、インターネット上のヘイトスピーチ対策について共産党の畑野君枝氏が国にただした。傍聴席の崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さんを紹介し、ネット上で拡散している「嫌なら即刻出てけ」といった差別書き込みについて「被害は子どもにも及ぶ。卑劣な書き込みを放置していいはずがない」と指摘した。

 法務省は「いったん拡散すると消去は困難。人権擁護上看過できない」、総務省は「事業者の自主的対応を基本としてきた。プロバイダーによるヘイトスピーチの解消に向けた取り組みを促す」と答弁。金田勝年法相は「説得力のある指摘を重く受け止める。ヘイトスピーチ解消法の施行を踏まえ、相談体制の整備や啓発活動など一層頑張る」と明言した。

               ◇ 【時代の正体取材班=石橋学】現実から目をそらさないでほしい。検索サイト「Yahoo!JAPAN」に「崔江以子」と打ち込む。表示件数は67万7千件。ピーク時には80万件を超えたこともある。先頭には「お前、何様のつもりだ!!」と題するブログが表示される。顔をさらす静止画、動画が並び、「嫌なら即刻出てけ」「祖国で暮らしなさい」のコメントが躍る。差別をやめて共に生きようと訴えたその人を襲うさらなる差別。それを放置する差別。手つかずのインターネット対策が差別天国と呼ぶにふさわしいこの国の様相を映し出す。

 川崎市川崎区の崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さん(43)に浴びせられているのは単なる罵詈(ばり)雑言ではない。在日コリアンというマイノリティーに対する歴史的、構造的差別を前提にした攻撃ゆえ、与える打撃は大きい。

 沈黙と諦めを強い、それは差別され、傷つけられることへの諦めにとどまらない。出自を隠し、ありのままを生きられなくなる。そうした苦しみを、かつて自分のルーツに否定的なイメージしか持てなかった過去から知る崔さんはヘイトデモに抗議の声を上げ、実名での報道を自ら願い出た。

 「生きること自体を諦めてしまわないよう、私が声を上げることで希望を示したかった」 そうして差別をやめようと口にした途端、さらなる差別が襲う。邪魔をするな、これまで通り自由気ままに差別をさせろという叫びがそこから聞こえる。

 バーチャルな世界での書き込みだ。気にしなければよい。見なければ済むではないか。そんな声が聞こえてくる。

 だが殺害までを想起させる「原因菌は元から断たないとダメ」「あなた方に消えてほしいと願っている」という書き込みまでが続いているのに、どうして気にせずにいられるだろう。長男の中根寧生(ネオ)さん(14)が毎朝、スマートフォンをチェックするのが日課になって久しい。それは母親を守るため、自身への差別書き込みが削除されているかを確かめるため、だ。

 差別と向き合う。それは自分が差別されている存在であることを確かめる作業でもある。崔さんは言う。

 「数の多さに驚くことはなくなっても、慣れるということはない。毎朝新しい書き込みがなされるたび、書き込みが消されていないことを確かめるたび、一件一件にしっかりと傷つく」 自宅の表札を外した。インターホンの電源を切り、居間の固定電話には出ないことにした。子どもに近所のコンビニへ連れて行ってとねだられても一緒に行けない。「私にはネットで書き込みをしている人を知りようがない。一緒のところを襲われたら守りようがない」。小学4年生の次男は「知らない人に声を掛けられたら、お母さんの名前は『みさえ』といいます、と答えるよ」と言った。

 被害は現実の生活に深く刻みつけられている。

 ■本気度 法務局は寧生さんの差別書き込みについてプロバイダーのツイッター社に削除要請を行った。「削除をしなさいと国が示してくれたことは心強い」と崔さんは言う。

 ヘイトスピーチの問題に詳しい師岡康子弁護士は「被害者に代わって迅速に削除要請してくれたのは一歩前進だが、本気でヘイトスピーチをなくそうとしているかが問われている」と話す。削除要請から半月が過ぎても差別書き込みは残り続けている。

 そもそもツイッター社は利用ルールとして禁止行為を明示している。その一つに「特定の人種、性別、宗教などに対するヘイト行為」がある。

 「人種、民族、出身地、信仰している宗教、性的指向、性別、性同一性、年齢、障碍(しょうがい)、疾患を理由とした他者への暴力行為、直接的な攻撃、脅迫の助長を禁じます。また、以上のような属性を理由とした他者への攻撃を扇動することを主な目的として、アカウントを利用することも禁じます」というもので、これに照らせば寧生さんに向けられた「文句があるなら国へ帰れよ(糞(くそ)チョン野郎)」といった書き込みが禁止行為に該当するのは明らかだ。削除に応じないツイッター社の消極性、悪質性がここに浮かび上がる。

 では、国はどうすべきか。この日の衆院法務委員会で金田勝年法相はヘイトスピーチ解消に向けた取り組みを「一層頑張る」と明言した。「必要なのは具体的な方策。本気でヘイトスピーチを許さないというのなら、プロバイダー大手や業界団体と交渉し、差別書き込みの迅速な削除についての合意を取りつけるべきだ」 それが可能なのは前例が示している。ドイツはツイッター、フェイスブック、グーグルの3社とヘイトスピーチの報告を受けた場合、24時間以内に削除することで合意している。欧州連合(EU)も同様のケースで24時間以内に精査することを決めた。

 「他の国でできて日本でできないはずがない。そうして民間業者の自主的な努力を促す。個別事件ごとに対応してもプロバイダーが動かないままでは、当事者にとっては国が動いても駄目じゃないかという絶望につながってしまう」 ■ルール 自治体にもできることがある。兵庫県尼崎市は市職員がネットの掲示板などをモニタリングし、差別書き込みを見つけた場合、地方法務局へ報告し、削除要請をするよう依頼している。

 担当者は「インターネット上の差別はルールがないまま高速道路を車が暴走しているようなもの。寝た子を起こすな、という声も聞かれるが、差別はなくそうとしなければなくならない」と言い切る。

 そうして法や規則で縛れば、息苦しい社会になってしまうという声がまた上がる。私は差別がまかり通っている社会の方が息苦しさを上回る醜い社会だと思う。自分たちが息苦しくならないようマイノリティーは差別を甘んじて受け続けていろといっているのと同じだからだ。

 規範を示し、ルールをつくるのは私たち自身でもある。ネットの匿名性を隠れみのに差別を繰り返すさまは醜く、狡猾(こうかつ)で卑小で愚かだ。その現実を直視しようとせず、放置し続ける社会もまた醜く、愚かであろう。

 この記事により、崔さんや寧生さんへの攻撃は再び増すだろう。ならば、ツイッターなどに投稿された差別の一つ一つを否定し、反論する書き込みを行い、闘う。プロバイダーや国、自治体にも通報する。それが崔さんの覚悟に応えることになり、救いにもなり、国を、地方行政を、プロバイダーを動かす力にもなるはずだ。何十万の差別書き込みを上回る良識を示す運動を呼び掛け、私は記事を書き続ける。

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