住居隣接がスポーツ界でも当然のようになってきた。選手寮(クラブハウス)のすぐ近くに練習場があり、やる気さえあれば24時間トレーニングできる環境。福岡県筑後市にできたHAWKSベースボールパーク筑後や、神奈川県のジャイアンツ球場、中日のナゴヤ球場やオリックスの舞洲。そんな中で球界の流れに逆行しているように見えるのが広島カープである。
広島の2軍練習場を訪れて感じたこと
住居隣接がスポーツ界でも当然のようになってきた。選手寮(クラブハウス)のすぐ近くに練習場があり、やる気さえあれば24時間トレーニングできる環境。福岡県筑後市にできたHAWKSベースボールパーク筑後や、神奈川県のジャイアンツ球場、中日のナゴヤ球場やオリックスの舞洲。そんな中で球界の流れに逆行しているように見えるのが広島カープである。
カープの2軍練習場は山口県岩国市由宇町にある。現在も選手寮や室内練習場などは広島県廿日市市(旧大野町)に存在するのに、である。だから練習や試合日、選手など関係者はここからバスで由宇まで移動する。
もともとカープは同じ広島県福山市内に2軍本拠地を持っていた。しかし大野からの便や施設面などを考慮。いくつかの候補地から選定し93年から現在の施設を使用するようになった。
その由宇練習場は広島から山陽道に乗れば車で約1時間弱、電車でも在来線で約1時間(ただしJR由宇駅からバスなどのアクセスが悪いのだが……)。立地条件としては恵まれている方である。とはいえ、山に囲まれた町並みで駅前も含め、閑散とした印象は拭えない。
「初めて来たんですか? スゴい場所じゃないですか? 本当に練習場以外に何もないんですよ(笑)。今はここと広島の往復ですから……」
出迎えてくれた背番号11の福井優也。今シーズン1軍での先発もあったが、多くの時間、2軍での暮らしが続いている。
娯楽が多くない地方都市、2軍とはいえ、プロ球団が試合を行ってくれることは町にとって大きい。カープのリクエストに応え、由宇町もできるだけのサポートを行っている。ハード面ではフィールドやロッカーなど球場施設の改修。そしてソフト面ではファンへの『おもてなし』である。
ネット裏高台には、かつてのビジターチームのロッカーが改修されたショップがある。そこではカープ由宇協力会の方々が接客をしていた。
「いろいろ変わり始めてます。地元名産の神代わかめを使用した『手抜きうどん』(『さぬきうどん』に対抗したシャレ)などは名物になりつつあります。16年に優勝した時も商店街など、いつもとは比べられないほど人が集まった。今日も仕入れた弁当20個が完売ですよ(笑)」
事務局長の出雲忠さんはのどかな話をしてくれた。
とはいえ、カープの2軍組織である。一番の目標はチーム強化であり、実際に結果につながる大事なセクション。球界の流れに逆行しているような由宇練習場のように感じるのだが……。実際にチームを扱う立場の水本勝己・2軍監督(※1)に聞いた。
「選手にはプラスかマイナスしかない」「戦える選手でないと使わない」
「まず練習するしかない環境というのが最も大事だと思う。プロに入って来る選手は実力もあるし、身体の強さも持ち合わせている。それを磨くことができるかにかかっている。体力はあるのだから、多少のハードトレーニングをさせてもしっかりケアをすれば、壊れることはない。それができるかどうか……。選手というのはプラスかマイナスしかないのだから」
水本・2軍監督はテスト生として89年のドラフト外で入団も2年で引退。長期に渡りブルペン捕手をつとめ11年に3軍統括コーチに就任した。そして14年オフに2軍監督代行、16年より2軍監督に就任した、いわば生粋の叩き上げだ。
「僕自身の現役が短かった。やっぱり悔しい部分もあるし、その後の裏方生活でもいろいろな選手を見て来た。だからこそやりたいこと、言いたいこともある。『伸びるのに人間性も必要』と言われる。必要ないと思うかもしれないですけど、僕の経験上、そういう選手はやっぱり伸びる」
一人の選手の名が挙がった。背番号10、岩本貴裕(※2)。10年に1軍で2桁本塁打を放ち一時レギュラーを獲得しつつも、その後、数年は不調。そして17年、完全復活を果し、大事なところで貴重な働きを見せている。
「行けると思ったけど、少し、調子に乗ったかな。だからその時にはいろいろと話させてもらった。厳しいこともたくさん言った。本当に怒鳴り上げたりもしました。でも彼はもう一度、頑張ってくれた」
「鈴木誠也が欠場中の中、よくカバーしている。でもまだまだ、あんなものではない。年齢だって31歳と油が乗り始める時期。技術的にも進歩できるし、彼も身体が強いから」
育成と強化。特にファームではこの2つの並立が難しいと言われる。だがカープの場合、続々と20歳代前半の選手が1軍出場を果すとともに、2軍も中日と首位を争う戦いを繰り広げている。
「最も大事なことは1軍が強くなること。そのために多くの選手の才能を伸ばして戦力を作ることが我々の仕事です。だから重要なことは、下(=2軍)でも当然のように戦えないといけない。それはベテランでも高卒の若い選手でも変わらない。まずは下で戦力として結果を残す。それも飛び抜けたくらいであって欲しい」
「だから戦えない選手は下でも使いません。今、現在、試合へ出て戦える選手を使って勝つ。それが2軍でも重要だと思う。緊迫した試合に勝つことによって技術や経験など、様々なことを覚えることもできる。普段の練習はもちろんですが、加えて実戦。これらにいかに真剣に取り組むかで選手の伸び方が大きく変わって来ると思う」
「よく故障明けの調整登板などがありますけど、ああいうのも基本はやりたくない。チーム予算の中で保有可能な選手数があって、規則上ファーム組織も1つしかないから、それはしょうがない。だから3軍の扱いなども他チームさんとカープは大きく異なって来る。3軍でノンビリ育成している時間も余裕もない。戦える選手ならばシーズン中でも契約する。使えるなら即、1軍に上げる。でもそうでなければ……。もちろん球団の判断もありますが、そこはシビアな部分だと考えています」
由宇から這い上がろうとする思い、「大野からここへ向かう時にそう感じます」
この日、胃がん手術を終えて復帰を目指す赤松真人(※3)が術後、久しぶりの屋外練習ということで由宇練習場を訪れていた。
「赤松に関しては現状はリハビリ中ですが、その後がやはり大事。でもどういうレベルの選手かはわかっている。どこまで戻せるか、そして越えられるか。ハードルは高いけど、心から応援しています。実際、今日、外に出てボールを握って本当に嬉しそうですよね」
いろいろな選手が混在する組織の中、水本にはやるべきことがたくさんある。
「ファームには答えがない。でも1つ確かなのは、カープが強くなることが最も大事なこと。ここ十何年やって来たことがようやく形になり始めている。ここで萎んでしまっては、少し前の低迷期に戻ってしまう。強くなり始めてファンも増えている。順調に進み始めた今こそ、原点を忘れてはダメ」
選手にとって由宇練習場の存在位置というのは、絶好の場所なのかもしれない。最新の機材や設備が揃った住居隣接の練習、生活環境。いつも多くのファンが足を運び、サインや写真を求められる施設は『恵まれた環境』とも言える。しかしプロとして重要なことは、1軍のフィールドで戦力になること。その原点がここ=由宇にあるのではないだろうか。言ってみれば真逆のような環境であるからこそだ。
「去年の優勝、そして今年も。やっぱりチームの一員としては嬉しいですけど、どこか複雑でもある。自分がそこにいることができていないから……。悔しい気持ちになります。若手のいい投手もたくさん出て来て、彼らとも一緒にやっているのでぜひ頑張って欲しい。でも負けたくない気持ちも強い。やっぱり由宇にいてはダメなんですよ。大野からここへ向かう時にそう感じます」
夏の終わりを感じさせる少し涼しい由宇でも、福井は大粒の汗を流しながら語ってくれた。
平日昼間のデイゲームだが、500人ほどの観客が由宇には集まった。決して多くはない数字ではあるが、この熱烈なファンたちもカープ躍進をサポートしている。また芝生席に椅子やテントを持ち込み、思い思いに試合を楽しんでいる。
「今日は休みを取りました。遅めの夏休みです(笑)。ここはノンビリできる。野外フェスみたいな感じで昼からビール飲みながら寝転んで試合見るのが楽しい。今日は大瀬良大地(※2)も下にいるし、他にも良い選手は多いですよ」
確かに、試合を見ていると若手で「これは……」と思わせる素材も多く見受けた。鈴木誠也(※4)や西川龍馬(※5)が這い上がって来る姿も見て来たのだろう。そうすれば思い入れや感情移入も強くなり、より強く応援したくなる。その周囲の姿勢がさらに選手の後押しをする。
山口にある少し時代とかけ離れた由宇練習場。ここがカープ躍進の一端を担っているというのは大袈裟であろうか。
※1:#89水本勝己
捕手、89年ドラフト外で社会人・松下電器より入団。1軍出場なし。
※2:#10岩本貴裕
左投左打。08年ドラフト1位で亜細亜大より入団。強肩強打で内外野とも守れる器用さも持つ。
※3:#38赤松真人
右投右打。04年ドラフト6位で立命大より阪神入団、08年カープ移籍。俊足強肩強打で頼れる外野のリーダー。
※4:#51鈴木誠也
右投右打。12年ドラフト2位で二松学舎大付高より入団。16年ベストナイン、ゴールデングラブ賞を獲得。4番を任され、打線を牽引したが、現在は負傷離脱。
※5:#63西川龍馬
右投左打。15年ドラフト5位で社会人・王子製紙より入団。天才と呼ばれる技術と勝負強さを誇る左打者。
◇山岡則夫
1972年島根県出身。千葉大学卒業後、アパレル会社勤務などを経て01年に Innings,Co.を設立、雑誌Ballpark Time!を発刊。現在はBallparkレーベルとして 様々な書籍、雑誌を企画、製作するほか、多くの雑誌やホームページに寄稿してい る。最新刊は「岩隈久志のピッチングバイブル」、「躍進する広島カープを支える選 手たち」(株式会社舵社)。 Ballpark Time!オフィシャルページ ([http://www.ballparktime.com)](http://www.ballparktime.com)にて取材日記を定期的に更新中。(山岡則夫 / Norio Yamaoka)
山岡則夫 プロフィール
1972年島根県出身。千葉大学卒業後、アパレル会社勤務などを経て01年にInnings,Co.を設立、雑誌Ballpark Time!を発刊。現在はBallparkレーベルとして様々な書籍、雑誌を企画、製作するほか、多くの雑誌やホームページに寄稿している。最新刊は「岩隈久志のピッチングバイブル」、「躍進する広島カープを支える選手たち」(株式会社舵社)。Ballpark Time!オフィシャルページ(http://www.ballparktime.com)にて取材日記を定期的に更新中。