【ルポ】大草原で宇宙飛行士を迎える 新人科学記者の奮闘記

ソユーズ宇宙船でカザフスタンの草原地帯に帰還し、笑顔で手を振る金井宣茂さん

 国際宇宙ステーションに5カ月半滞在した宇宙飛行士の金井宣茂(かない・のりしげ)さん(41)が6月3日、ロシアの宇宙船に乗って地球に無事戻ってきた。着陸場所は日本から約5千㌔西のカザフスタンにある大草原。宇宙船から出てきた飛行士が最初に目にする地は、いったいどんな場所なのか。帰還の瞬間に立ち会いたい。5月に科学部記者になったばかりの私(32)は、その一心で現地へ向かった。

 カザフスタンは1991年のソ連崩壊に伴い独立した比較的歴史の浅い国だ。国土は日本の7倍ほどあり、ステップと呼ばれる低木や雑草の草原が広がる。

 成田からモスクワを経由し6月2日、カザフスタンのカラガンダに着いた。さすがソユーズ宇宙船が帰還する町。中心部にはガガーリンの像が誇らしげに立つ。

カザフスタン・カラガンダの町中心部に立つガガーリン像

 帰還予定地には翌3日午前3時に出発。気温5度。地元の人も「きょうは特別寒い」と話す。

 ホテルの前にオフロード車が続々と集まり、異様な雰囲気に。現地へ行くにはロシア系旅行会社のツアーに参加する必要があり、集合場所には機材を抱えた複数のメディアがいた。どの車にも帰還する3人の飛行士の名が書かれたステッカーが貼られている。

 ツアーといっても、目的地は草原のど真ん中なのだ。1泊2日のスケジュールで、夜は車の座席で座って寝る。現地にたどり着けても、飛行士の取材ができるかどうかは健康状態次第で、取材できる時間は数分程度だ。その一瞬に立ち会える可能性を信じ、400㌔先の草原を目指す。

 カメラマンと車に乗り込んだ。まもなく車はきれいな列を作って勢いよく走り始めた。1時間ほどして本格的なオフロードに入ると「ガコン」と大きな音が鳴り響き、体が何度も宙に浮いた。

 車は草原にわずかに残るわだちを頼りに進んでいく。往復800㌔の道中で信号は一度もなかった。中央分離帯などあるはずもなく、100㌔以上の速度で大型トラックとすれ違う場面では、思わず目をつぶった。

大草原の中、車列を作って着陸予定地点に向かう

 車列は2~3時間おきに側道に止まり「休憩だ」と号令がかかる。すると皆おもむろに車から降りて用を足し始める。

 困惑している私に、運転手の1人が「男は道路の左、女は右だからな」と冗談交じりにウインクしてくれた。いざ大草原に仁王立ちし、ズボンを下ろした。砂混じりの強風が全身に打ち付けて、心が折れかけた。

 どれだけ走っても景色が変わらない。途中、子どもを後部座席に乗せた2人乗りのバイクが姿を見せ、興味深そうにこちらを眺めて地平線へと消えていった。運が良ければ、馬に乗った遊牧民にも出会えるそうだ。

途中ですれ違ったオートバイの親子

 時折放牧された牛や馬をよけながら、10時間かけてオフロードを進んだ。宇宙船着陸予定の5時間前に、ついに目的の草原に到着した。車から降りると各メディアが一斉に機材の準備を始め、後れを取らないように機材を引っ張り出した。

 携帯電話の電波が届かないため、衛星を経由する特殊な通信機器で、記事や写真を日本に送る。機器のパネルを空に向けて方向を調整すると徐々に受信音が強くなり、インターネットがつながるのを確認すると、何ともいえない安心感に包まれた。

昼食はツアーのスタッフが焼いてくれたバーベキュー

 取材準備が進む中、横ではツアーのスタッフがスコップで地面に穴を掘り、炭を放り込んでいた。横には網で挟まれた羊肉や豚肉が山積みになり、昼食の準備だと分かった。その後、すぐに炭で褐色に焼かれた肉が簡易テーブルの上に次々に運ばれる。一口かぶりつくと濃厚な肉汁が口に広がった。うまい。

 帰還の3時間半前には、金井さんたちが乗るソユーズ宇宙船がステーションから分離したとの連絡が入った。地球を周回する軌道から離れるための噴射が行われると、いよいよ大気圏突入だ。

カザフスタンの草原で、宇宙飛行士の金井宣茂さんらが乗るソユーズ宇宙船の着陸に備え待機する支援チーム

 帰還1時間前からは、ヘリコプターや特殊車両で着陸地点に真っ先に駆けつける救助チームの動きを妨げないように、全メディアが通信機器を遮断して空を見上げる。雲一つない快晴の空を見つめていると、近くにいたチームの1人が「絶好の帰還日和だね」と話しかけてくれた。

 帰還20分前になり目を凝らしていると、突然「あれだ!」という叫び声が草原に響いた。上空を見つめると、白とオレンジのパラシュートが。次の瞬間「ドン!ドン!」という、大気圏突入時の衝撃音(ソニックブーム)が鳴り響いた。

中央アジア・カザフスタンの草原地帯に向け、パラシュートで降下する金井宣茂さんを乗せたソユーズ宇宙船

 パラシュートの先端に、親指の先のような形をした宇宙船の姿が見える。スピードは決して速くはないが、その軌道からは強い帰還の意志が感じ取れた。

 見失わないようにじっと見ていると「着陸地点へ移動するぞ、早く車に乗れ!」という叫び声が聞こえた。救助チームのヘリや特殊車両は、すでにパラシュートを追いかけて動き始めている。メディアの乗る車列は、邪魔にならないよう一定の距離を置きながら後ろを追いかけていく。

 宇宙船はぐんぐんと高度を下げ、ついに前方の大地に大きな煙が上がった。着陸したのだ。はやる心を抑え、騒然となった現場にたどり着くと、しっかりと地面に垂直に立つ宇宙船が見えた。大気圏突入で真っ黒に焼けた機体からは、焦げ臭いにおいが漂い、表面はざらざらとしていた。

 はしごがかけられ、すぐにハッチを開ける作業が始まった。救助スタッフがカプセルの中をのぞき込む様子を、周囲の人たちとともに息をのんで見守った。

着陸したばかりで表面が焦げているソユーズ宇宙船。救助スタッフが中をのぞき込む

 スタッフがまもなく笑顔で飛行士に語り始め、徐々に歓声が起きた。数人がかりでロシア人飛行士のアントン・シュカプレロフさん(46)が引き上げられると、大きな拍手がわき起こった。

船内から引き上げられる金井宣茂宇宙飛行士の顔が見えた

 金井さんの引き上げは最後の3人目。カプセルから頭が見えた瞬間、疲れたような表情に見えて、一瞬不安がよぎった。だが、すぐに満面の笑みを見せて手を振り、大きな歓声に応えてくれた。

 カプセル前のいすに座った金井さんは「ずっと宇宙食だったので、白いご飯と、みそ汁が食べたいです」と笑顔で話した。医療用テントに運ばれる直前には、私たち日本から来た記者やカメラマンに向かって「遠い所までありがとうございます」と声をかけてくれた。人柄を肌で直接感じた瞬間だった。

穏やかな笑顔でスタッフや報道陣と言葉を交わす金井さん

 テントでの検査が終わり、金井さんはヘリで近くの空港に運ばれた。夕暮れが近づいていた。私とカメラマンは草原に座り込み、東京の本社に記事と写真を送る作業を続けた。一段落したころには日が沈み、空を見上げると一面に満天の星が広がっていた。

草原に座り込み、パソコンで記事を書く筆者

 さっきまで目の前にいた金井さんが滞在していた宇宙は、一体どんな場所なのか。そんな思いを巡らせて空に向かってシャッターを切ると、3人の帰還を祝うかのように天の川が写っていた。

一仕事終えて見上げると、夕暮れの空に天の川が

 その日は車内の座席で仮眠し、翌朝カラガンダに向けて帰ろうとしたが、出発直後に車列の1台のタイヤ部分が壊れて立ち往生。しばらく動きそうにもなく、車外に出て時間をつぶした。相変わらず360度大草原が広がっていた。

 かつて月面に行った米国の宇宙飛行士アラン・シェパード氏が語った「長い道のりだった。しかし、われわれはここまで来た」という言葉を思い出した。

 一瞬、カザフスタンの草原に立つ自分にその言葉を重ね合わせようとしたが、命がけで宇宙から帰還した3人の飛行士の姿を思い出して、すぐにその考えを改めた。車の修理は間もなく終わり、再び草原を走り始めた。(共同通信科学部=矢野雄介)

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