緊急避妊薬オンラインで処方 一部医療機関が開始、厚労省は「不適切」

日本で承認されている「ノルレボ錠」(右)と、久住医師が個人輸入した「エラ錠」(左)。ノルレボは72時間、エラは120時間以内に服用することが求められている

 避妊の失敗時や、性的暴行を受けた緊急時に飲むアフターピル(緊急避妊薬)のオンライン処方を一部の医療機関が始めている。海外では市販薬として薬局で購入できる薬だが、日本では現在、医師の処方箋が必要。オンライン処方について、望まない妊娠や中絶を防ぐ活動をする団体や現場の医師らからは「心理的なハードルが下がる」と歓迎の声が上がる。一方、薬事行政を担う厚生労働省は「初診が対面でない場合は不適切」との見解を示している。 (共同通信=宮川さおり)

11万4千件

 緊急避妊薬は、望まない妊娠を避けるため、性交後一定の時間内(種類によって異なるが、72~120時間)に服用するピルのことで、米国やEUに加盟する20カ国以上で、薬局で買える一般用医薬品として認めている。米国では2千円程度で、医師の処方箋も不要だ。タイやインドも同様の扱いをしている。

 海外では、複数の種類の緊急避妊薬が流通しているが、日本では2011年にそのうちの一つ「ノルレボ錠」が承認され、販売ができるようになった。ノルレボ錠の国内製造・販売元、あすか製薬(東京)によると、11年度に3億8300万円だったこの薬の売上高は、17年度には12億800万円で3倍に増えている。ただ、欧米と比べると圧倒的に少ない。理由は、手に入れるまでの物理的、心理的ハードルの高さと、平均1万5千円程度という価格の高さだ。

 オンライン処方に踏み切ったクリニックの一つ、ナビタスクリニック(東京)の久住英二医師は「多くの国々で一般用医薬品として売られているのは、この薬は『手に入れやすい』ことが重要だからだ」と話す。日本では、緊急避妊薬を処方していない産婦人科も多く、地域によっては簡単に入手できない場合がある。また、地方の小さい町では人目を気にして受診できないといったケースも多いという。

市販化見送り

緊急避妊薬を手に説明する久住英二医師

 久住医師によると、まれに頭痛が出る場合もあるが、副作用はほとんど報告されておらず、世界保健機関(WHO)は、緊急避妊薬を服用できない医学上の病態はなく、服用できない年齢もないという見解を示している。

 これまでも、性暴力の被害者を支援する団体などから市販化を求める声が出ており、医師や薬剤師らで構成する厚生労働省の検討会が2017年、市販化を議論した。だが「薬が効かない場合もあり、そのまま妊娠に気付かず医療機関の受診が遅れる危険性がある」「安易な利用が広がる」などと反対意見が出て見送られた。

 一方で、見送りの方針が決まった後に厚労省が一般に意見(パブリックコメント)を募集したところ、348件のうち320件が賛成意見で、反対は28件だった。市販化を求める意見は「日本における人工中絶の多くを20代以下が占める。望まない妊娠を少しでも減らせる」「若い女性にとって産婦人科に行くことはハードルが高い」などだった。

例外

 オンライン診療・処方自体は、医師不足への対処や働き方改革の一環として、厚労省が推進している。同省が定めるオンライン診療・処方のガイドライン(指針)は「原則として初診は対面診療で行い、その後も同一の医師による対面診療を適切に組み合わせて行う」とし、「例外」として患者がすぐに適切な医療を受けられない場合に限り対面による初診を省くことを認めている。緊急避妊薬のオンライン処方をする医師らは、その例外に当たると判断したわけだ。

 これに対し、厚労省医事課は、オンライン処方でも「初診は原則対面診療」という原則を崩しておらず、緊急避妊薬を一度も対面診療することなしに処方することに関しては「不適切」との見解だ。さらに、担当者は「緊急避妊薬は一定の期間内に服用する必要がある。オンライン処方で輸送のトラブルで、薬が予定通り届かないといったケースが出てくる可能性もある」と指摘する。

 また、ガイドラインの例外は、物理的にどうしても対面が難しい山村や離島の住民の診療を想定しており、「地元の医療機関には行きたくない」という精神的な理由は対象にならないという。

 担当者は「個別のケースについて、悪質性、違法性を考量した上で、都道府県を通じて指導することも検討している」と話す。

 ただ、パブリックコメントからも分かるように、厚労省の対応は、当事者の女性たちの求めとは大きく懸け離れている。インターネット上では海外で購入された薬が医療関係社の介在が一切ないまま取引されており、「実態」はオンライン処方の先を行っている形だ。ネット販売では、偽物がやりとりされる危険も否定できない。

中高生

 予期せぬ妊娠や中絶を防ぐために、中高校生や大学生に性教育の出前講座を実施しているNPO法人「ピルコン」には「人目があって病院に行きづらい」といった相談や、ネットで避妊薬を購入した少女達から「説明書が英語で服用の仕方がよく分からない」「飲んだけれど、薬が効いているかどうかをどうやって確認したらいいか分からない」といったメールが絶えないという。

 ピルコンの染矢明日香理事長は「緊急避妊は効果が期待される時間が限られている。オンライン処方は、年齢や住む地域に関係なく、アクセスしやすい。きちんと説明してくれたり、相談したりできる医師ともつながれる」と話す。

 厚労省の検討会での反対意見や同省のオンライン処方に対する見解に、染谷さんは「安易な利用が広がると言うが、薬が使えないで困っている子がいて、だめだめと言っている間に望まない妊娠や中絶がたくさん起こっている。どうしたら当事者のためになるのかという議論をしてほしい」と指摘する。

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 内閣府の女性に対する暴力に関する専門調査会のメンバーで、10代の妊娠問題に取り組む「女性クリニックWe!TOYAMA」の種部恭子医師の話

 緊急避妊薬の入手のハードルは低い方がいいので、オンライン処方は望まない妊娠を減らすためには一つの方法だ。しかし、避妊薬の効果は100%ではないので、処方する際は2週間後にきちんと妊娠検査をするように伝える必要がある。できれば、妊娠検査薬をセットで渡したほうがいい。

 特に妊娠、中絶の問題を抱える10代の少女達は、家族の機能不全や貧困など、複合的な原因を抱えていることが多く、単にその場で薬を処方するだけでなく、支援につなげる必要がある。

 SNS上ではなく、リアルな世界で人とつながることができない子が多く、自ら相談機関に電話をしたり赴いたりするケースは少ない。薬局で薬剤師という知識のある大人が介在することで支援につなげることもできるので、オンライン処方だけでなく、市販化も必要だ。薬にアクセスできただけでは、10代の妊娠、中絶、産み捨てはなくならない。

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