「もうだまされない」北方領土問題でロシア大統領報道官

By 太田清

ロシア極東ウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムでプーチン大統領に随行したペスコフ大統領報道官=9月12日(タス=共同)

 安倍晋三首相がロシアのプーチン大統領に対して、1956年の日ソ共同宣言に沿って歯舞群島、色丹島が日本に引き渡された後でも米軍基地を島に置くことはないと伝えていたとの日本の一部メディアの報道はロシアでも大きく伝えられ、ニュースサイト「ガゼータ・ルー」などでは連日、このニュースがアクセストップ3に入るなどロシア市民の関心も高いが、ここに来て日本の期待に冷や水を浴びせる発言がプーチン大統領側から出てきた。 

 プーチン氏のスポークスマンを務めるペスコフ大統領報道官は18日、ロシア国営テレビのトーク番組に出演し、ロシアと北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国との間の交渉でロシアには過去「苦い教訓」があると指摘。「ゴルバチョフ(元ソ連大統領)を、ドイツと米国との間の当時の交渉を、その後NATOが少しずつ東方拡大したことを思い出そう。それは現在も続いている」と指摘。 

 その上で「日本が米国の同盟国であることも考慮しないわけにはいかない。交渉の中でこうした懸念に対する答えがなければ、交渉は前には進まない」と、日本側に米国との同盟関係や米軍の今後の展開の可能性について明確な説明を求める考えを明らかにした。 

 ペスコフ氏が指摘した「苦い教訓」とは、ゴルバチョフ元大統領が当時のベーカー米国務長官や西ドイツのコール首相らから、ソ連がドイツ統一を認めソ連軍が東ドイツから撤退、ワルシャワ条約機構を解体する見返りに、NATOを拡大させないとの保証を得たにもかかわらずその後、NATOが東方拡大を続けたことを指す。 

 両者の合意文章は残っておらず、双方の主張にも食い違いがあるのだが、ロシアでは当時の状況について欧米に「だまされた」との認識が根付いており、ソ連国家保安委員会(KGB)の情報機関員として当時、ドイツのドレスデンに駐在していたプーチン氏も「われわれはだまされた」と繰り返し主張。ウクライナ南部クリミア併合についても、ロシアの勢力圏ウクライナの問題に口を出さないという密約があったはずとの議論にまで発展、ロシアの侵攻の正当性を裏付ける材料にすらなっている。 

 「もうだまされないぞ」との主張は、冷戦時代のゴルバチョフ氏の“譲歩”とNATOの東方拡大をにがにがしく思ってきた一般市民に歓迎されるポピュリズム的な主張で、たとえ報道の通り安倍首相が米軍を展開させないと約束したにしても、「現在の新冷戦の元では部分的な領土問題の譲歩も不可能」(アナトリー・コーシキン・ロシア東洋大学教授、レグヌム通信への発言)などとするロシア国内の保守派を納得させるのはたやすいことではないだろう。 (共同通信=太田清)

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