キャッシュレスの波、日本にも 「現金信仰」崩れるか―識者に聞く①田中大輔氏

野村総合研究所の田中大輔・上級コンサルタント

 スマートフォンなどで、買い物の支払いを即時に済ませるキャッシュレス決済が、注目されている。利用者の利便性が高まるとともに、企業にとっては業務の効率化が見込まれ、海外に続いて日本にも波及する兆しが見られる。日本で根強いとされる「現金信仰」は崩れるのか。キャッシュレスを巡る現状と課題を、識者やサービスを手掛ける業界関係者に聞いた。(共同通信=山崎英之)

◎野村総合研究所の田中大輔・上級コンサルタント

 ―キャッシュレスをめぐり、各国の状況はどうか。

 「各国のキャッシュレス比率(2016年)を比較すると、日本が19・8%で、韓国96・4%、英国68・7%、米国46%だった。中国は15年で約60%だ。ただ、日本で多い口座振替が含まれておらず、ここまで日本が低いかは、あらためて検証が必要だ。一方で、実際の店頭では、海外に比べて現金が多いというのが実態だろう」

 ―どのような理由が考えられるか。

 「日本は現金を使用するに当たって、それほど不便でないことが大きい。普通に生活していく上で、積極的にカード、電子マネーに置き換える必要性がみられない。中国や米国は、偽札への不安がある。さらに現金自動預払機(ATM)の稼働も多くない。

 スーパーは現金の取り扱いが多く、一般に店員にとっては「レジ締め」の業務など確かに負担は大きい。ただ一方で、自動でお釣りを出してくれるレジもあるなど、店員にとって作業しやすく、日本では来店客も現金で買い物をしやすい環境がみられる」

 ―キャッシュレス決済のメリットは。

 「トータルで見て、業界の効率化につながる。店員の負担が軽減され、労働時間が削減できれば、別のところへ労力を費やせる。お金の計算で、デジタル化が進めば、会計や税の申告など、効率化できる。社会全体で、現金のインフラを維持するための直接、現金を扱うコストを弊社で算出したところ、少なくとも約1兆6000億円にも上る」

 ―日本政府、業界の取り組みは。

 「政府は「日本再興戦略改訂2014 ―未来への挑戦―」で、(多数の訪日客が見込まれる)20年の東京五輪に向けて、キャッシュレス推進の方針を示し、各省庁が政策の検討を進めた。その前から民間のカード会社が展開、参入を始めた。16年ごろから金融のデジタル化として、フィンテックが推進されたが、日常生活ではキャッシュレス決済が進まなかった。

 変化としてはここへきて、スマートフォンによるQRコードなどを利用した決済が注目を集めている。かつて「おサイフケータイ」がガラケーでスタートしたが、使っている人が少なかった。

 ただ、スマホがベースになったら使えるだろうか。QRコード決済は、スマホでアプリを立ち上げる必要があり、手間がいり必ずしも楽ではない。財布からお金を出すのと大差ない。「ポイント」を売りにせざるを得ないという現状がある。最近、収支を度外視したようなポイント付与率のサービスが話題になっているが、実ユーザーの増加にどこまでつながっているかは不明だ。本当に使い始めてほしい人に、まだ行き届いていないのではないだろうか」

 ―政府は17年、2割程度のキャッシュレスの比率を10年間で2倍に引き上げる目標をたてた。可能と考えるか。

 「年率7%で増やさねばならない。キャッシュレス化に伴うコストを低くする必要がある。クレジットカード会社に販売店が支払う手数料が高く、お金が振り込まれるまでの時間が長いなどの指摘がある。当社の調査でも分かった。

 QRコード決済の規格統一に向けて、キャッシュレス推進協議会などが取り組みを進めており、実現すれば効率化が進むだろう。政府、民間が一緒になって、対応していかねばならない」=続く

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