日朝首脳会談、実現の見通し立たず 融和路線を転換、北朝鮮は五輪不参加も

By 内田恭司

北朝鮮による拉致問題の解決を求める「国民大集会」に出席した安倍首相=9月16日、東京都千代田区

 日朝関係の停滞が続いている。安倍晋三首相が呼び掛けた、金正恩朝鮮労働党委員長との「前提条件なしの首脳会談」は、実現の見通しが全く立っていない。東アジア地域の安全保障環境の変化や、10月の消費税増税に伴う幼児教育・保育無償化で、朝鮮学校を対象外とした措置の影響もあるようだ。安倍政権は融和路線を見直して圧力を強める姿勢に転じつつあり、北朝鮮の東京五輪不参加もささやかれ出した。(共同通信=内田恭司)

 ▽「民族差別を改めよ」

 「今年中に安倍首相と金委員長の平壌での首脳会談実施を目指している」。内閣情報官から国家安全保障局長に就任した北村滋氏のインタビュー記事が、10月1日発売の「週刊朝日」に載った。関係者も驚くような踏み込んだ発言だったが、日朝間では公式協議が開かれないばかりか、非公式の接触情報すら伝わってこないのが実情だ。

 交渉の内情に関わる事柄を公にするのは「北朝鮮が最も嫌う行為」(日朝関係筋)とされる。9月中旬には拉致問題解決を訴える大規模集会が東京都内で開かれてもいた。このため、発言は「何かをやっているように見せかける国内向けのもの」(同)で、図らずも日朝間では何も進んでいないことを印象付ける結果となった。

 振り返れば、安倍首相が「条件を付けずに金委員長と直接向き合う」と呼び掛けたのは今年5月だ。しかし、北朝鮮は一貫して安倍政権の姿勢を厳しく批判。夏以降は、朝鮮学校の幼稚部を幼保無償化の対象外とした対応への非難を強めた。

 関係筋によると、金正恩委員長は教育問題を重視しており、9月に訪朝した朝鮮学校関係者にこうした姿勢を示したという。北朝鮮問題に関わる日本政府関係者は「民族差別を改めない限り、北朝鮮は対話に応じないとの見方が複数から伝えられている」と明かす。

 消費税を負担するにも関わらず、他の外国人学校系列の幼稚園を含め、さまざまな施設が無償化から外された。このことに多くの疑問の声が上がっており、文部科学省は来年度に向けてガイドラインを見直す方針だ。

 それでは、日本政府が措置を是正すれば日朝関係は動き出すのだろうか。外務省幹部は「一つの阻害要因は取り除かれるが、協議が進んで首脳会談まで行き着くのは難しい」とみる。北朝鮮は対米交渉を最優先課題としているため、優先順位が低い日朝協議が進むかどうかは、北朝鮮の非核化を巡る米朝協議の進展次第というわけだ。

 ▽米国の融和案を拒否

 だが、肝心の米朝協議の雲行きは怪しい。両国は10月5日、スウェーデンの首都ストックホルムで7カ月ぶりの実務者協議を行った。日本政府関係者によると、米側は「かなり融和的な案」を示したという。しかし、北朝鮮側は拒否し、協議は不調に終わった。

米朝実務者協議後の記者会見を終えた北朝鮮の金明吉首席代表=10月5日、スウェーデンの首都ストックホルム

 北朝鮮首席代表の金明吉巡回大使は報道陣に「米国は手ぶらで出てきた」と非難し、帰途に就いた。その後、北朝鮮は米国に対し、年末までに態度を改めなければ、核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験の再開もありうると「最後通牒」まで突き付けた。

 米国の提案は、北朝鮮が、核開発拠点の寧辺の核施設を廃棄し、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れれば、経済制裁を段階的に解除する―といった内容だったという。

 北朝鮮が寧辺以外の場所にも、ウラン濃縮プラントなどの核施設を構築しているのは間違いないとされる。それでも、寧辺の閉鎖だけで制裁の部分解除に応じるのなら、北朝鮮の核開発を事実上容認し、核保有国としても認めることにつながっていく。

 一見、北朝鮮にとっては有利な内容にも受け取れるが、応じなかったのはなぜなのか。日本政府関係者は、2月末のベトナムでの米朝首脳会談をトランプ米大統領が決裂させたことへの「意趣返し」だとする一方、東アジアの安全保障環境の大きな変化も背景にあるのではないかと指摘する。 トランプ大統領は、ロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約の破棄を決め、8月2日に失効した。ロシアの条約違反を理由にしているが、実際は条約に縛られずに戦力を増強する中国に対抗するためで、トランプ政権は数年以内に、極東地域への中距離ミサイル配備に着手する構えだ。米朝協議はこの影響も受けているというのだ。

 北朝鮮は自国の安全保障の観点から、在韓米軍の撤退や、核を含む戦略兵器の極東からの撤収を強く求めている。それなのに米軍の戦力が縮小どころか、増強されることになるのなら、確かに米国がどんなに融和的な提案をしても、受け入れられないだろう。

 ▽非難決議案を共同提出

 果たして米朝協議は決裂するのだろうか。寧辺廃棄と一部制裁の解除で暫定合意する可能性は残るが、関係国の間では「もはやトランプ大統領はやる気を失っている」(日本外務省幹部)との見方が強まっている。決裂なら北朝鮮は核実験とICBM開発を再開し、地域の緊張は一気に高まることが予想される。日朝対話は完全に途絶するだろう。

北朝鮮が10月2日に行った新型の潜水艦発射弾道ミサイルの発射実験。朝鮮中央通信が報じた

 安倍政権は既に、この半年間の北朝鮮による相次ぐ短距離ミサイル発射を受け、一時的な融和路線を見直し、強い姿勢で臨む方向に転換しつつある。10月末、国連で毎年12月に採択される対北朝鮮人権非難決議案を欧州連合(EU)と共同提出した。今春の国連人権理事会における同様の決議では、共同提出を見送っていた。

 この流れの中では「前提条件なしでの日朝首脳会談」は絶望的だ。安倍首相が模索しているとされる、東京五輪への金正恩委員長の招待もあり得ない。それだけではなく、北朝鮮が五輪をボイコットする可能性も取り沙汰されてきた。

 北朝鮮は8月中旬に、会場の視察を兼ねて開催された五輪選手団長会議を欠席した。同月下旬から日本武道館で開かれた世界柔道選手権にも選手を派遣していない。

 ただ9月中旬、故金丸信・元自民党副総裁の次男、信吾氏による60人規模の訪朝団を受け入れ、宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使が面会に応じた。自民党で参院議員を3期務めた宮崎秀樹氏を代表とする、元参院議員らのグループも同月下旬に平壌を訪れた。10月には大手メディア関係者が訪朝している。

 かろうじてつながる対話の糸口を頼りに、日本政府は対北朝鮮政策の行き詰まりを打開すべく、忍耐強く方策を探りつつ機会の到来を待つ。

▽グアム・沖縄に中距離ミサイル?

 最後に触れておきたいが、実は日本は米国への懸念も強めている。ストックホルムで北朝鮮が拒否したとはいえ、米国が譲歩したとも受け取れる提案をしたのは、中国対応を優先するためだったのではないかとみられているからだ。

 トランプ政権は、北朝鮮が米本土に届くICBMの開発をやめ、核兵器を「増やさない」「高度化させない」「拡散させない」の「三つのNO」に応じるなら、保有分については黙認する可能性が指摘されている。「早く中国に向き合うため、北朝鮮の核は現状で抑え込めるなら、それでよしとしかねない」と外務省幹部は話す。

 米国は、先述した中距離ミサイルの配備を進める中で、日本には「北朝鮮の核」への抑止力を提供していく構えで、配備の候補地として既に、米領グアムや在日米軍基地が集中する沖縄などが挙がっているとされる。

デービッドソン米インド太平洋軍司令官との会談に臨む安倍首相=10月31日、首相官邸

 先の幹部は「ロシアが流している謀略情報だ」と、配備計画については否定するが、日米間の協議は始まっているとの指摘もある。実際、8月にエスパー国防長官が、10月以降にはデービッドソン米インド太平洋軍司令官、スティルウェル国務次官補が相次いで来日した。米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長も11月1日に訪れた。

 協議内容は不明だが、配備計画が具体化すれば、日本国内の強い反発が予想される。北朝鮮の完全非核化と拉致問題解決を掲げる安倍首相は、極東地域の安全保障環境の変化にもどう対応していくのか。重要な局面を迎えようとしている。

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