【世界から】義務教育開始を3歳に引き下げたフランス その狙いと日本が学ぶべき点は

「幼稚園」に子どもを迎えにきた親たち。多くが父親だ=今井佐緒里撮影、プライバシーに配慮して画像を加工しています

 日本では、今年の10月から幼児教育・保育の無償化が始まった。しかし、フランスはその先をいっている。今年7月に義務教育を6歳から3歳に引き下げる法案が発布されたことを受けて、同国の新学年開始にあたる9月に施行したのだ。

 フランスでは日本と同じく6歳から小学校に通うので、義務教育期間として新しく設けられた3歳から6歳までは、いわゆる「幼稚園」にあたる(ただ、日本の幼稚園とは違う点もあるため、これについては後述する)。そして、義務教育化に伴って子どもたちは週に24時間の教育を受けなければならなくなった。

 フランスの「幼稚園」は土日が休みなだけでなく、水曜日も午前だけで終わるか終日休みとなることが多い。このため、通園日の子供たちは夕方までかなり遅くまで学校にいることになる。午後早く終わることが多い日本の幼稚園とは、かなり違う。とはいっても、学習時間の上限は決められている。半日は3時間半、1日だと5時間半である。24時間の内容はガチガチに決まっているわけではない。水曜日には各自治体が学校と協力して文化・芸術・スポーツなどの課外活動を促進している。また、年齢が低い子供たちには、昼休み(基本は1時間半まで)の延長が認められることもある。

 授業についても同様。いつも机に向かって勉強しなければならないわけではない。お絵かきや体操といった学習以外の授業も豊富だ。このあたりは、日本とあまり変わらない。一方で、しっかりと学習させるところはさせる。例えば、日本では小学1年から習う文字の読み書きは「年中組(4歳児)」から始めるのが一般的となっている。

▼混乱は?

 ところで、法律が改正される以前はどうだったのか。

 子どもによっては小学校入学前まで通うことがある日本の「保育所」と同様のものがフランスにはない。幼稚園と保育所は一元化されているのだ。一元化とは「預かり保育がついている幼稚園」と考えれば良い。預かり保育とは基本とされる時間―日本ではおおむね午前9時から午後2時で、フランスはもっと長い―を超えて保育所で預かってもらうことだ。フランスにおいて、3歳から6歳の子供が通うのは、ほとんどこの「預かり保育付き幼稚園」と言って良い。

 加えて、日本では幼稚園、保育所ともに「公立と私立」、「認可と非認可」などなど、運営形態がさまざまなだが、フランスは公立私立の違いはあるものの、ほぼ一つしか形がなくてわかりやすい。

ちなみに「ほとんど」と書いたのは、例外があるから。資格をもった教師をつけて家で学んだり、少数の子供のみが集まって勉強する機関で学んだりすることが許可されている。これは貴族やブルジョアといった伝統が残っているためだ。

 さて、新しい教育制度導入から2カ月がたったが、混乱は報告されていないのだろうか。

 驚かれるかもしれないが、何も起きていない。

 もともと一元化されていた「幼稚園」を義務教育にしただけなので、それも納得できる。今回の義務教育化で不安の声をあえて紹介するなら、「子供が親の休みに合わせてバカンスを取りにくくなるのではないか」だ。何とものんきな話だが、バカンスを何においても大切にするフランス人にとっては一大事。この9月からは子供が休むには「証明書」が必要になったが、重い罰則があるわけではないという。親たちも一安心というところだが、今後は変わっていくかもしれない。

今年7月にフランス・セーブルで開かれたG7教育相会合後、義務教育年齢の引き下げについて記者会見するブランケール国民教育相(共同)

▼狙い

 仏国立統計経済研究所(INSEE)の調査によると、義務教育化以前も実際には97・6%の子供が「幼稚園」などで教育を受けていた。

 フランスでは19世紀から義務教育が無料。17年に教育省が実施した調査では3歳から18歳の高校卒業までに一人の子供にかかる学習費(給食や通学、参考書を買うなどに掛かる費用)は平均8690ユーロ(約104万円)。なお、公立の幼児教育については、同じく無償だ。一方、文部科学省がまとめた「16年度子どもの学習費調査」によると、幼稚園から高校までの全部公立に通った場合で540万円、全部私立の場合で1770万円、平均1155万円となっている。平均額を比較すると、フランスの10倍もお金がかかる。

 この日本の数字は、今年の幼稚園と保育所の無償化が始まる前なので、今後は減少することが期待できるだろう。とはいえ、「平等の実現」という観点から見ると、日本は大きく後れを取っている。

 このような手厚い教育制度に加え、経済的に困窮している家庭に対してはさらにさまざまな補助制度が整備されている。そのため、「お金がないから、小学校前に学校に行けない子ども」というのは、フランスの制度上は存在しないといえる。経済的な理由で学校に行けない不平等な制度とは、ほぼ外国の話である。

 にもかかわらず、なぜ3歳から義務教育化したのだろうか。

 目的は「幼少期から不平等に対して闘うため」である。具体的に言えば、移民がフランスで暮らしやすくすることを目標としている。

 小学校前に学校に行かない3%足らずの子どもは、親の多くが移民系である。親たちの出身国では、子どもを学校に行かせなかったり、家計のために途中で止めさせるのが当たり前に行われているほか、そもそも女の子は学校に通うことすら許さなかったりする。さらに、親たちが育ってきた文化によっては小中学生の子どもを結婚させたり、女性器切除をほどこしたりする。母親(女性)の社会的地位も著しく低く、フランスの法に反している内容であっても、父親の言い分が絶対で見なされてしまう―。このような「常識」を引きずっているが故に、学校に行かなくてもいいという判断をしてしまうのだ。

 必要なことの中でも、深刻なのが言語取得。大統領府によると、小学校前に教育を受けないバックグラウンドで育った4歳の子供は、そうではない子供よりも平均して約3000万語聞く言葉が少ないという。聞き取れない言葉を話すことはできない。出身国の言語で話す親と一緒にいると、子どもがフランス語を聞き、話すチャンスがそれだけ減ってしまうのだ。

 だからこそ、幼いうちから子どもを学校に通わせることを通じて、言葉を始めとするフランスで生きていくために必要なことを学ぶ必要があるのだ。それとともに、困ったときには国や自治体などから公的な援助を受けられることを理解することで、親たちの「常識」から解放されることも期待できる。

「幼稚園」に子供を連れて行く父親たち=今井佐緒里撮影、プライバシーに配慮して画像を加工しています

▼日本との違い

 フランスでは、子供が「幼稚園」に通う3歳以上になると、母親は大体において、とても働きやすくなる。父親の多くも送り迎えを担当するなど協力的だ。一方、日本では依然として「子供が小さいので母親はパートタイムで働く」という形が根強い。フランスでもそういう考え方をもつ一般家庭は、地方の大変のんびりしている地域などの中にはないわけではない。でも、圧倒的少数派である。

 このように女性が働きやすい環境であってもフランスの出生率は高い水準を保っている。INSEEの人口統計によると18年の出生率は1・87。4年連続で減少したとは言え、欧州ではトップクラスだ。日本では一昔前に「出生率の高いフランスに学べ」ということで、フランスをモデルに子供手当ての拡充に力を入れてきた。手当てだけをみれば、今では日本のほうがフランスよりも良いくらいだ。それでも、日本の少子化が改善される気配はまるで感じられない。生まれる子供の数は最低を更新し続け、18年の出生率は1・42まで落ち込んだ。

 日本の出生率が上がらない理由として、第一に考えられるのが「経済的な負担の違い」だ。先述したように、フランスでは教育にかかるお金が日本よりも格段に少ない。加えて、女性が働ける、ないしは働き続けられる環境がなかなか整わない。産休やそこからの職場復帰に起きるごたごたを見れば、そこは明らかだ。つまり、社会制度と人々の認識が相まって、女性の社会進出を妨げているのである。

 幼稚園と保育園の縦割りもそれを助長している。母親たちの中には「働かないママ・あるいはパートママ=幼稚園」、「フルタイムで働くママ=保育所」という対立構図が長い間続いてきたとされる。これを招いているのが、幼稚園を管轄するのは文部科学省で、保育所は厚労省という、役所の縦割り組織である。この硬直が、本来は一緒になって変化を訴えるべき母親たちを分断させてきた。その罪はあまりにも重い。

 女性が働きやすい環境をつくり、男女平等を促進し、「母親間の分断」に終止符を打つ。保育園や保育士の不足も解消しなければならない。そのためには、思い切った政策の転換が必要だ。幼稚園の義務教育化は、状況を一気に好転させる思い切った改革の方法ではないだろうか。日本でも真剣に、この政策と幼保一体化を考えるべき時が来ていると思う。(パリ在住ジャーナリスト 今井佐緒里=共同通信特約)

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