大坂城の石垣発掘、焼けた瓦や土

夏の陣、本丸被災跡か

画像 発掘調査で見つかった大坂城の石垣。右上の平たん部分で焼土層が確認された=大阪市画像 豊臣秀吉が築いた最初の大坂城の復元イメージ(復元考証・宮上茂隆氏、竹林舎建築研究所提供) 豊臣秀吉が築いた大坂城の石垣が発掘され、2日、大阪市教育委員会などが発表した。大坂城本丸の「詰ノ丸」と呼ばれる区画の東南角で、大坂夏の陣(1615年)で焼けたとみられる瓦片や焼土層も確認した。見つかったのはわずかで、徳川家による再建時に片付けられた可能性があるという。

 調査した大阪文化財研究所の担当者は「焼失前に詰ノ丸にあったとされる建物の存在を裏付ける材料になる」と話している。

 秀吉の天守閣は調査地点から約80メートル北にあったという。現在の城は徳川家が土を盛った上に再建。豊臣期の石垣の最上部は地下1メートルにある。

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