元巨人“走塁の神”鈴木尚広が語る後継者・増田大輝の魅力「僕にはないものがある」

巨人で活躍した鈴木尚広氏【写真:荒川祐史】

原監督は増田大を“タカヒコ”と発言し評価、本家・タカヒロの反応は?

巨人で現役生活20年を送り、通算228盗塁をマークした鈴木尚広氏。12年連続2桁盗塁をマークするなど、代走のスペシャリストと呼ばれた。捕手のタッチを交わして、本塁へスライディングして生還するシーンは非常にエキサイティングでファンからは「走塁の神」と称賛された。そして今、後継者候補として増田大輝内野手が注目を浴びているが、昨年、コーチとして指導した鈴木氏は増田大について「僕にはないものを持っている」と魅力と技術力があると解説した。

試合の行方を占う場面で、巨人・原監督は必ず切り札を起用する。この最後のカードをどこで使うかを試合中、ずっと考えている。勝負所を迎えると指揮官は鈴木氏に目で合図。呼吸を合わせるようにベンチから飛び出して行った。鈴木氏は現役時代のことを回想する。

「まずは監督が何を考えているか、早い時は5~6回くらいからずっと考えていました。なので、自分はいつでも用意しておきたいという気持ちでした。代走を伝えられた時にはすぐ『行きます』と“間”がない方がいい。間ができると人の思いというのは揺らぐので」

監督、コーチと選手の考え方の一致が当時のチームの強さを物語っていた。昨年、原監督からスペシャリスト育成を厳命され、コーチ業を1年間、務めた。監督の意思を汲み取り、選手に伝える必要があった。現役選手たちとの“呼吸感”はどうだったのだろうか。

「一人一人が誰かに促されことなく、優先順位が高いものは何かを考えていました。選手たちは何も言わずに動き出すことが速くなっていました。最初の方は先を読んで行動しない選手に『そろそろ、用意しておけよ』とは伝えていましたが、時間の経過と共に、そういうことができるようになっていました」

原監督の選手起用を見ていると、ベンチの全員を使う意識が分かる。2軍から昇格したばかりの状態の良い選手を起用し、1年目、2年目でも若手をスタメンに抜擢する。このような用兵をすれば選手たちも準備を怠ることはない。

「こういう役割があるというのを予め、監督が示してくれている。なので選手は『俺、今日は試合出ない』という考え方にはなりません。いつ行くかわからないという緊張感も半分ありました。準備をしておかないと差し込まれてしまう。原監督はセオリーもあるけど奇襲もある。ここはないだろうという定義付けだけは絶対にしなかったですね」

今季の巨人で増田大輝の走力に注目が集まっている。昨季、頭角を現し、今年は立ち位置を確立しつつある。原監督が勝負手として、この増田大というカードをどこで使うか、試合のポイントにもなってくる。

それは現役時代の鈴木氏の領域へ一歩ずつ近づいている。後継者候補の予感が漂うが、増田大を指導してきた鈴木氏はどのように成長を感じているのだろうか。

「まず言えることは、彼は僕にはないものをすごく持っています。迷いがないことです。僕はどちらかと言うと、走るときのリスクを考えます。盗塁を成功させるためにはどういうことをしなくてはいけないかと考えていました」

鈴木氏は現役時代、午後6時試合開始の場合、正午前には球場に来てストレッチや体幹運動をしていた。それはリスクを潰す作業だった。不安要素を取り除き、出番があるか、ないかの試合に備えていた。

「迷いがない増田(大)の決断は、僕より早いと思う。それが好走塁になる。一方で、それが暴走になるかもしれないので、すごく紙一重なんですが、今は良い面が出ていると思います。昨年は一緒にやりましたけれども、僕の話もきちんと聞いてくれるし、スタートの練習もしっかりやって、反応を確かめながらやっている。自分で経験し、研究するようになってきています。決断力の早さ、迷いがないという魅力は他の選手にはないものです」

リスクがあるときの走塁、鈴木氏がコーチとして心掛けていたことは?

迷いのなさは、リスクに繋がる可能性はないのだろうか。

「あの思い切りの良さを、これはダメだ、みたいな考えになってしまったら、走れなくなってしまいます。昨年もそういう(暴走気味になる)局面が実際にはあったんですが、僕からはそこに関しては何も言いませんでした。彼の良さを消してしまうことになってしまうから。そこ(良さが消えること)だけは彼にとってアドバイスするときに1番注意していたところでした」

鈴木氏が原監督から学んだことはいくつもある。その中で、後進に伝えたいことは「どうしたら本塁まで帰ってこれるかを考えなさい」という教えが一つにある。

「場面によっては本当に走る意味があったのかな、と考えることがありました。帰ってくることが1つの役目で、その手段として盗塁がある。例えば、三盗。走れるからといって、本当にその場面で三盗が必要だったのかと、自分本意でなく、チームをベースで考えるようになると、その走塁の価値は上がっていくと思うんです」

監督、チームにその走塁、プレーが認められる域に達した時が、増田大がその地位を不動のものにする時かもしれない。それが代走であっても、レギュラーポジションであっても同じことだ。

「見ている側がドキドキする盗塁ではなく、決めるべくして決めるということを彼には求められていくと思います」

原監督はある日の増田大の好走塁について“タカヒコ”と鈴木氏の名前(タカヒロ)を引き合いに出したことがあった。原監督の野球を支えたその走塁術の域が増田大の視界に少し見え始めたという評価の高さを示していた。

「タカヒコと発言されてから、私のところにも色々な方からLINEが送られてきました。何のことか最初はわかりませんでした(笑)。自分の名を出してもらったことで(原監督から)気にかけていただいているのかなとも感じました。監督からはずっと、ただ行くだけが代走ではない、と言われました。状況を考えて走ることなど、ずっと適切なアドバイスをいただいていました。アウトになったら終わりという場面で代走を出すほう(監督)も大変な作業ですから(コーチになって)監督の意図も感じるようになりました」

“タカヒコ”の『コ』とタカヒロの『ロ』の文字。字数、縦線が1本、足りていない。鈴木氏は原監督に才能を導かれて盗塁数を築いてきた。鈴木氏に原監督の偉大さがわかるように、原監督も鈴木氏の高い価値を知っている。増田大がその領域にたどり着くまでの距離も指揮官は見えているのだろう。足りない“ピース”を補い、そして磨きながら、新たなスペシャリストの誕生を待ちわびている。

【動画】増田大ではない! 元巨人・鈴木尚広氏が期待する同時代を戦った俊足選手とは?

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(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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