コロナ禍を機に地方移住への関心が高まっている。だが、地方特有の人間関係や子供の教育環境など、実際に移住するとなるとまだまだハードルが高いのが現状だ。そんな人にお勧めなのが、都市部にいながらリモートで「地方副業」するという選択肢だ。副業仲介サイト「スキルシフト」を運営するみらいワークスの岡本祥治社長によれば、本格的に地方移住する前の格好の練習になるうえ、人生100年時代を生き抜くために必要なスキルも磨くことができるという。岡本社長に地方副業のコツやメリットについて解説してもらった。
▽驚きの調査結果
総務省が発表した住民基本台帳人口移動報告によると、4カ月連続で東京圏からの転出者数が転入者数を上回った。コロナ禍で全国的にリモートワークが浸透したことが影響していると思われる。
この現象は一時的との見方もあるが(※1)、弊社が2020年9月に実施した「20年度首都圏大企業管理職の地方への就業意識調査」(※2)の結果からは、むしろ今後も続く可能性が推測できる。
弊社の地方転職サービス『Glocal Mission Jobs』では、数年前から都市部に住む大企業の管理職を対象に「地方への就業意識調査」を実施し、定点観測を続けている。コロナ禍の人々の心理を確認しようと、9月末に同様の調査を実施したところ、驚くべき結果が出たのだ。
今まで地方で働く選択肢に興味を持つ人と言えば、今後のセカンドキャリアなどを考え始める50歳を超えた人々が多かったものだ。しかし、今回の調査では、35~44歳の世代が、地方で働く事に最も興味を示したのである。
30代が興味を持ち始めているというのは、今までにない現象で、コロナ禍の影響により意識が変化し始めていると言えるだろう。
しかし、興味を持っていることと、実際に地方で住む・働くということに関しては、全く意味が違うということを改めて知っておく必要がある。
▽トライアルに最適
地方で住む・働くにあたり、地域にある古くからのコミュニティーになじむ難しさ、子供の教育環境、地方での就職先の見つけ方など、さまざまな不安や課題がある。いきなり都市から地方に移住するというのは、誰にとってもハードルが高いことだ。
移住の話以前に、都市部でしか働いたことがない人にとってみると、地方で働くということ自体がどういうものなのか想像しにくいという面もあるだろう。
そこで、地方で働くことをトライアルで体験してみることをお勧めする。自分の価値観を見定めることにつながったり、感覚をつかんだりと、移住前の非常に重要なステップになるはずだ。
そのための方法の一つが「地方企業での副業」という選択肢だ。都市部以外で働くことを経験してみて、自分にとって「あり」なのか「なし」なのかということを、自分の価値観として見定めるためのステップである。
コロナ禍以前は地方と都市の距離がネックとなっていたが、リモートワークが一般化したことにより、都市部にいながら地方企業での副業が容易になった。
住みたい地域で副業をすることにこだわる必要はなく、むしろ自分自身の今までの経験やスキルが生かせる仕事がある地域で副業をすることから始めればよいだろう。
副業は、業務委託契約で仕事をすることが多く、社員として雇用されている立場で働くことと、業務委託で働くことには、大きな違いがある。
業務委託で働くということは、仕事に対して求められるレベルが高く、また価値提供や創造も求められる。ある意味、副業の働き方というのは、フリーランスと同等となるため、自分ができること、自分の得意領域で、副業を試してみることをお薦めする。
「自分の希望する地域×自分ができること・自分の得意領域」の両方の掛け合わせで仕事を見つけられると最高だが、地方での副業の仕事は、まだまだ限られているのが実態だ。
まずは、自分のできる仕事がある地域で、副業で働くことを試す、地方で働くことを体験してみるのが大切である。
▽経験者が語る動機
実際に、地方副業を経験した人たちを紹介したい。彼らは現在、地方移住を検討しているわけではないが、報酬が目的でもなく、本業では経験できないこと、地方貢献、学びや成長を求めて、地方副業を実践している。
【事例1】
首都圏の生命保険会社でマーケティング部長を務める40代の男性。副業で月1回程度、現地での会議とWeb会議を組み合わせながら、群馬県にある企業でインバウンドのマーケティング・PR戦略立案の支援をしている。男性は以前、広告代理店やPR会社に勤務しており、マーケターとしてのスキルを磨き続けたいと考えているが、金融機関のマーケティング手法は業法に従う必要があり、できることが限定されてしまう。その点、インバウンドの仕事であれば「インスタ映え」など、最前線のマーケティング・PRのスキルを習得できるため、学びのために副業を実践している。
【事例2】
首都圏の外資系製薬会社に勤務する30代の男性。9カ月間にわたり、月1回程度、現地での会議とWeb会議を組み合わせながら、副業で富山県南砺市にある木製バットメーカーで中期経営計画の策定を支援した。男性は、前職で外資系コンサルティング会社に勤務しており、そこで得たスキルがさびないようにしたいという思いで、自分のスキルを役立てられる場所を探していた。学生時代に野球をしていた経験があり、好きな野球に関わる仕事ができること、地方産業の活性化に貢献したいという思いもあり、地方での副業を実践した。
【事例3】
岡山市における副業・兼業の事例。2020年6月に岡山市役所において、「観光プロモーション」「デジタルトランスフォーメーション(DX)」「地域防災」の3分野において、民間の視点を取り入れながら事業を推進するために、弊社の提供する複数のサービスやSNSを通じて副業・兼業希望者を募ったところ、616人の応募があった。その中から5人を選定し、副業・兼業として、岡山市役所への出勤とテレワークを組み合わせて、週1回程度、各分野においてプロジェクトを推進している。採用された5人に応募の理由を聞いてみると、報酬が目的ではなく、ご自身やご両親が岡山市出身で地元に貢献したい、岡山市に縁はないが地域に貢献したいという思いで応募したとのことだった。
▽人生100年時代を生き抜くために
地方副業は人生100年時代を生きていくうえで必要な経験になるのではないかと私は考える。
人生100年時代では、年金など社会保障制度がどのようになっていくかわからないので資金面を不安に感じる人がますます増えるだろう。また、健康寿命が延びて定年後もまだまだ働ける身体状況であるとなれば、65歳を超えてからも働くのが当たり前の時代になると考えられる。
しかし、65歳を超えてから知的労働において雇用という形で働かせてくれる会社は極めて少ないはずだ。業務委託契約でフリーランスとして働くべき状況となるが、65歳まで会社員としての働き方の経験しかない人が、いきなりフリーランスとして働くのはなかなか難しいことである。
地方副業という働き方でフリーランス同様の働き方を経験することは比較的実践しやすいこともあり、これらの状況を考えると副業という働き方を経験してみることは、人生100年時代を生き抜くうえで必要な経験になるのではないだろうか。
65歳になって初めて、地方に住む、セカンドキャリアとして地方で働くという選択肢を考える人も多いかと思う。しかし、今から地方で住むことに対してアンテナを張る、地方で副業として働いてみるといったトライアルをしておくのは、ご自身の選択肢を広げ、人生100年時代を豊かにするものとなっていくのではないだろうか。
※1 出典:総務省住民基本台帳人口移動報告
https://www.stat.go.jp/data/idou/sokuhou/tsuki/index.html
※2 出典:株式会社みらいワークス実施「2020年度首都圏大企業管理職の地方への就業意識調査」