北海道庁首脳への100万円 なぜ書かなかったか? 「権力監視型の調査報道とは」【5】

権力監視型の調査報道とは何か。どう進めたらいいのか、どんなハードルがあるのか。それに答える連載の5回目。主に新聞社・通信社の若手、中堅記者にを対象にして「何をすべきか」「何ができるか」を語っている。6年前余り前の講演を再構成・加筆したのものだが、権力チェックを志向する取材記者にとって、今でも十分に役立つはずだ。この回で終了予定だったが、もう1回増やし、次回6回目で最終回とする。(フロントラインプレス代表・高田昌幸)

Q:「調査報道では、メディアが内部告発者に利用されるのでは?」

会場からの質問 調査報道は端緒が全て、ということなんですけれども、その情報がマスコミを通して世に出ることによって、情報をリークしてくれた人、内部告発をした人の得になるようなことも考えられる。要は、マスコミを利用して、自らの立場をよくするために情報を出す。そういうことも十分に考えられると思うんです。そういったときに、その情報に公益性があるのか、正しいものか、利用されていないか、そのへんをどう判断したらいいのか。

高田 内部告発の動機は、経験上、基本的に私怨です。一番多いのは恨みつらみです。「あの上司、許せねえ」とか、「この局長、ぶっ飛ばしたい」とか、基本、最初はそういうところです。それはそれでいい。というか、真っ当な正義感だけに燃えて、内部告発によって自らの組織を良くしようと思って立ち上がる人というのは、実はそんなに世の中にはそうそういないだろう、と。逆に、正義オンリーで内部告発に来た人は、僕は少し警戒します。あまりにもリアリティーに乏しい。

そういう点からすると、報道が内部告発をした人の利益になるとか、あるいは内部告発をした側の組織の利益になるとか、そういうことは結果としてはあると思います。でも、それと報道することの公益性、社会性の判断というのは、次元がちょっと違うと思う。

でも、利用されるかもしれない、という自覚があれば、僕は大丈夫だと思います。知らずに利用されるのはだめですけれども。あとは、利用される程度と、記事の影響力や公共性、それらとのバランスみたいな話ですから。

A:「報道機関は普段から権力にさんざん利用されている」

高田 「利用されている」という点で言えば、ふだん僕らは記者会見やレクで、さんざん利用されているわけですよ。利用されようとしているわけですよ。結果として、相手の行政的な広報を一生懸命している。それを気にせずして、「内部告発で利用されたらどうしよう」なんて考える必要はないと思います。

この関連で、内部告発者をどう守るか、についても触れておきます。一般的に言えば、どんなことがあっても守る。それが全てです。情報源をばらしてしまったら、この世界では終わりです。記者生命も終わりです。

では、どうやって情報源を守るか? 基本的は誰にも言わないことです。

昔、ウォーターゲート事件のとき、ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインが『大統領の陰謀』という本を後に書きますけれども、「ディープ・スロート」と言われた情報源はFBIの副長官だった、という暴露話をFBIの副長官の家族か誰かが、5~6年前だったですか、本に出しました。そのとき、ボブ・ウッドワードのほうは「そのとおりだ」と言ってしまったんですね。プレスから「そのとおりなんですか」と尋ねられて、「そうだ」と言っちゃった。おまけに『ディープ・スロート 大統領を葬った男』という本まで書いて、絶対秘密だったはずの情報源との関係を微に入り細に入り書いてしまった。あれはまずい。どんな状況になっても、たとえネタ元が故人になっても情報源を口にしてはいけないんですよ。あの事件のネタ元は俺です、という人が何年かたって名乗り出てきたって、「ノーコメント」と言い続けなければいけない。

◆「取材を諦める? まだ粘る?」 その分岐点はどこに?

質問 当然、事実に突き当たることもあると思うんですが、諦めることもあったと思います。百発百中ではないと思う。諦める「めど」があるとすれば、どういうところですか。

高田 もちろん書けなかったテーマ、ネタはたくさんあるわけです。

例えば、高知新聞ある企業の不正を追っていたときのことです。金の変な流れがどうもありそうだ、となった。で、その金の流れを知っている内部の社員が当然いるわけですよ。キーパーソンとして。誰が金の流れを知っているか、まずそれを特定しないといけない。その人に社外で会ったり、夜に自宅を訪ねたりしながら、いろいろ説得を試みるわけですよね。で、最終的には「帳簿を見ることができないか」と持ち掛ける。当然、なぜそれが必要かを説明します。それによって、どんなことをただしたいのか、それも説明する。全身全霊で説得するわけすね。人間力です、そこは。

でも、何回もやっても結局らちが明かない。そういうとき、元職を当たります。以前にお金を扱っていたポストにいた人を探し出す。でも、その人もなかなかうまくいかない。経理関係の物がない以上はしようがないので、変な所にお金が流れたんじゃないか、というのはその時点で諦めました。

◆書かなかった判断「北海道庁首脳への100万円」

高田 別の例では、北海道新聞の時代の経験もある。北海道庁の首脳の1人に100万円の現金が渡ったという話がありました。私がまだ30代の頃のことです。古すぎて申し訳ないですが、参考になる部分もあると思います。

首脳の銀行口座の元帳の写しまでゲットして、現金100万円が業者から首脳に渡ったことも間違いない、と。「よっしゃー」となりました。お金を渡したのは、東京・上野の会社。道庁の発注先でもありました。

すると、この上野の社長は「この金は一体何なんだろう」と言うわけです。振り込みは確認してくれましたが、意味がわからない、と。だってあなた張本人でしょうと、こちらは取材するわけです。お金を首脳の口座に振り込んだ会社の社長だったんですが、実は振り込み時と取材時で株主構成が大きく変わろ、社長も変わっていたんですね。前社長の行方も知らないと言われて。ほかにもいろいろあったのですが、とにかく社長は100万円の趣旨を説明しない、できない。

これは、こういう意味の100万円です、と。それを誰も言ってくれなくて、その状態のまま北海道庁首脳のところへ取材に行ったんです。「あなた、100万円もらっている。この趣旨を説明してくれ」と言ったら、そのときは「何でおまえ、俺の口座に100万円入っているのを知っているんだ。どうやって知ったのか言ってみろ」と言うから、「方法は言えないけど、確認した」と。そしたら「俺の個人の口座に100万円入っているかどうか、第三者のおまえが知るには、銀行しかないだろう」と言われて。「銀行に守秘義務違反を犯させたんだな、犯罪だな」と言うので、そんなことはしていませんと。しかし、情報源や情報ルートを言うわけにもいきません。

で、私は「情報の入手先は一切言えない」と。すると、「そしたら俺も取材に答える義務はない」と向こうが言い出した。100万円入っていることは間違いないし、提供者は道の発注先。でも、誰もその趣旨を説明してくれない。会社側も経営者替わっていて、分からないと言う。書こうかどうかすごく迷って、書きませんでした。書かなかったですね。

書けばよかったなと、後悔もしました。書けば何か展開があったんじゃないか、書けば、きっと首脳は追い込まれて辞職せざるを得なかったんじゃないか、とか。勇気がなかったといえるかもしれません。

だから、調査報道の取材を諦めるという理由は、ひと色ではないですね。しかし、共通するのは「詰めが甘い」という自分の判断。「甘い」と思って、その先に進めなくなったら、諦めます。そのハードルは相当、厳しく自分で設定しているつもりです。

あえて言えば、ある意味、「見切り」ができない記者はだめだろうと思っています。「とことんやるぞ」というしつこさは必要ですけれども、いつまでもそれを引きずっていたら、それで人生が終わっちゃうじゃないですか。だから、どこかで見切らなければいけない。そういう意味での、この方向でやるぞとか、やめるぞとか、方針転換するぞとか、そういう決断を自分でちゃんとできないとだめだろうとも思います。

=つづく(次回は最終回。2月5日公開予定)

<第1回>調査報道は端緒がすべて それを実例から見る 「権力監視型の調査報道とは」
<第2回>「まず記録の入手を 誰がその重要資料を持っているのか?」
<第3回>「“ネタ元”ゼロで始まる深掘り取材 そのときに武器となるのは?」

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