「アルテミス1」の打ち上げの音量は予想より大きかったと判明 環境アセスメントの見直しが必要になる可能性も

米国東部標準時2022年11月16日1時47分、アメリカ航空宇宙局(NASA)の新型ロケット「SLS (スペース・ローンチ・システム)」を使用した最初のミッションである「アルテミス1」の打ち上げが実施されました。SLSは打ち上げに成功したものとしては世界で最も強力なロケットであり、発射時の出力は3910万ニュートンに達したと推定されています。これは、かつて人類を月に送り込むアポロ計画で使用された「サターンV」と比べて13%高い値です。

さて、半世紀以上前に打ち上げられたサターンVには、以下のような都市伝説がインターネット上でまことしやかに囁かれてきました。サターンVの発射音はあまりにも強烈であるため、音のエネルギーでコンクリートを溶かし、1マイル(1.6km)先にある草を燃やした、というのです。ただし、この都市伝説を科学的に検証した研究では「そのような現象はあり得ない」という結論が出されました。

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このような都市伝説が長年囁かれていた背景の1つには、サターンVに匹敵する大型ロケットの発射がこの半世紀ほどの間はほとんど行われておらず、打ち上げ時の音について近現代的な観測例が無かったことが挙げられます。

【▲ 図1: リフトオフ直前のSLSの様子(Credit: NASA)】

【▲ 図2: SLSのロケットエンジンから放出される音が生じた瞬間、図1では生じていなかった白い “雲” が写っていることがわかる。これは極端に大きな音によって生じたものである(Credit: NASA)】

ブリガムヤング大学のKent L. Gee氏などの研究チームは、アルテミス1の打ち上げ時に計測された発射音に関する最初の報告を論文にまとめて報告しました。

アルテミス1の打ち上げは現地時間の深夜であり、湿度が高い日でもありました。このような環境では発射台を照らす光と合わせて、音波が視覚的に見やすくなります。わかりやすく言うと、音波は空気の密度変化に由来するものであり、ロケットの発射音のように極端に大きな音が生じると、圧力の変化によって “雲” が生じます。実際に、アルテミス1の打ち上げを捉えた動画には、そのような “雲” が写っています。

【▲ 図3: 発射音が記録された5ヶ所のステーション (図aの赤色ピン) と、ステーションに設置されたマイクの写真 (図bおよび図c) 。いずれの地点の音量も、事前に予測された音量より大きいことが今回明らかとなった(Credit: Gee, et.al.)】

今回の研究では、発射台から1.5km〜5.2km離れた5か所に設置したマイクで録音された発射音が分析されました。SLSの打ち上げでは4基の液体水素-液体酸素エンジンと2基の固体燃料ロケットブースターが使用されますが、音の主要な発生源は固体燃料ロケットブースターだと推定されました。記録された最大の音は発射台から1.5km離れた地点における約136dBで、最も遠い5.2kmの地点で記録された音は約129dBでした。

興味深いのは、記録が行われた5か所すべてで、事前の予測を上回る大きさの音が記録されたことです。SLSの開発が始まる前、NASAは出力がSLSよりも約40パーセント大きい「アレスV」という別のロケットを開発していました。ロケット発射が環境に与える影響を事前に予測するための環境アセスメントでは、アレスVの発射時の音は射点から4.5kmの距離で110dBを下回ると予測されていました。ところが、今回計測されたSLSの発射音は、SLSよりも高出力なロケットになるはずだったアレスVの予測値と比べて約20dBも大きかったのです。

音の評価は音の波形や周波数、当日の天候や大気の状況といった様々な要因に左右されるので簡単に予測することはできませんが、今回確認されたズレは、環境アセスメントで構築されたモデルに修正の余地があることを示唆しています。

また、今回の録音では、他にも興味深いデータが示されました。音が人間の耳にどのように聞こえるのかは、周波数の特性によって変わります。ロケットの発射のような騒音の場合、どのようにして音を特性別に評価するのかが重要です。例えば「A特性周波数重み付け」(※人間の聴覚で捉えられる範囲の周波数に重み付けをした特性)という手法で分析すると、発射台から5.2km離れた地点での騒音レベルは、手元にあるチェーンソーやロックコンサートの会場と同等の騒音が発生していたことを示しています。

また、高出力のエンジンから放たれる、口語的に「パチパチ」と形容される高周波音も記録されました。パチパチ音は軍用ジェットエンジンでは時々記録されるものの、ロケットエンジンでは記録されておらず、ほとんど研究が進んでいませんでした。今回の測定では、ボウル1杯分のシリアルが擦れる音の4000万倍にもなるパチパチ音が記録されたことが示唆されています。

極めて大きな音に関する研究は、発生源が稀であることから余り研究は進んでいません。今回の論文はロケットの発射音に関する初期段階の分析であり、まだ多くの謎が残っているとも言えます。録音された音のさらなる分析や、次回以降のSLS発射時に得られる追加データは、将来のロケット開発にも一定の影響を及ぼす可能性があります。

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文/彩恵りり

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