企業との価値観の違いを理由に退職する人が増える時代に ユニリーバ前CEO ポール・ポールマン氏が英米2カ国で調査

「2023 Net Positive Employee Barometer」 表紙

最低限の仕事はするが、気持ちの上では退職したかのように働く「静かな退職」の時代から「意志ある退職」の時代へと突入しようとしている。ユニリーバ前CEOのポール・ポールマン氏が率いるチームは1月、英米にある従業員数250人以上の民間企業で働く4000人を対象に調査「2023 Net Positive Employee Barometer」を実施した。調査によると、景気が不安定な状態にも関わらず、回答者のおよそ半数(英:45%、米:51%)が、雇用主と自分の価値観が合わない場合には退職を検討するだろうと答えた。また、どの会社で働くかを決める重要な基準としては、「給与」(英:86%、米:93%)や「福利厚生」(英:87%、米:93%)のほかに、「雇用主の価値観」(英:80%、米:88%)、「環境への取り組み」(英:76%、米:73%)、「社会的平等への取り組み」(英米:75%)が挙がった。

調査によると、英国では41%、米国では36%が今月の支払いを心配していると回答した。さらに、地球や社会の将来を心配していると回答した割合は英国で68%、米国で61%だった。とりわけ、環境や経済、健康に関する衝撃的な出来事に相次いで直面してきた「パーマクライシス(長期化する不安的な状況)」時代に社会人となったZ世代・ミレニアル世代ではその割合が英国で70%、米国で71%に達した。

英国のZ世代の気候変動活動家でForce of Natureの創設者であるクローバー・ホーガン氏はこう話す。

「私の世代で不安が増えつつあります。私たちは気候危機、壊れた政治システム、分極化が進む社会を受け継いでいます。グリーンウォッシュや口先だけの約束に疲れているのです。Z世代に抱くイメージとは逆で、私たちはビーズクッションや卓球台をオフィスに置いて欲しいとは思っていません。私たちの価値観を反映した組織で働きたいのです。それが見えておらず、行動に移さないCEOは取り残されるでしょう」

調査で説明されているように、昨年はインフレが進み、成長が鈍化したことから、多くの人が「大退職時代」は消え去ると考えていた。しかし、経済の不透明さにも関わらず、従業員の退職は後を断たない。2022年11月には、米国の労働者の2.7%にあたる約420万人が仕事を辞めており、2021年同月に記録した3%と比べてもわずかしか減っていない。

調査は、こうした退職を促す要因として、雇用主と従業員の価値観のずれを指摘する。人材の維持に努めたいCEOは、仕事のやりがいと企業の社会・環境的インパクトには極めて重要な関連性があることを認識しなければならない。

ポールマン氏とアンドリュー・ウィンストン氏の共著『Net Positive ネットポジティブ「与える>奪う」で地球に貢献する会社』では、企業が、差し迫った多くの問題はビジネスモデルを変革することでレジリエンスを高める手段へと変えられると確信していることが書かれている。

「静かな退職」から「意志ある退職」へ

今回の報告書の序文で、ポールマン氏は「CEOは自身が置かれている新たな現実に目覚めなければならない」と述べている。それはつまり、従業員が仕事の優先事項や中心に、パーパスやより良い影響を与えることを求めており、静かな退職(Quiet Quitting)、そして今では意思ある退職(Conscious Quitting)に象徴される大退職時代(Great Resignation)時代にいるということだ。

序文を以下に抜粋する。

急速に変化する労働市場では、従業員の力がこれまで以上に強くなっているように思える。経営幹部には、いかにして最良の人材を雇用・維持するかというアドバイスが数多く寄せられている。誤解をしないでほしいが、従業員がより良い給料を求め、より柔軟に働き、ウェルビーイングを高めたいと思っていることを示す数々の研究は間違いなく正しい。

しかし、これらは間違っているわけではないが、従業員が求めているものの一部に過ぎず、それだけに頼るのは危険だ。

こうした分析は、従業員をただ単に狭い意味での労働者としか見ていない傾向にある。多くの従業員は、お金や柔軟性に加えて意義や充足感を強く求めている。

経済が転換点にあり、多くの人の仕事に対する考え方が多様化する中、私たちは、こうした課題に対してより人間的な視点を取り入れるために調査を行った。調査では、目を見張る発見があった。多くの人は、経済的なニーズや個人のウェルビーイングについて考えるだけでなく、自らの価値観を共有でき、人類が直面している最大の課題、特に気候変動と経済の不平等に取り組んでいる企業で働きたいと考えていることが明白になった。

回答者の多くは、雇用主が悪い影響を減らそうと取り組んでいることを理解しているが、それではまだ十分ではないと考えている。企業が自社の価値を守ろうとしない場合、従業員の多くは退職する心構えができているという。給与を少し増やし、在宅勤務も増やし、ジムの会員証を渡すことで、人材獲得戦争に勝とうと考えているCEOは失望することになるだろう。意志ある退職(conscious quitting)の時代が来ようとしているのだ。

――ポール・ポールマン

調査報告書のポイント

回答者らは未来に不安を感じており、それに対して何らかの取り組みを行っている企業で働きたいと考えている。

・回答者の3人に2人は、地球や社会の将来に不安を抱いている。 (英:69%、米:66%)

・大多数の回答者は、世界に良い影響をもたらそうと取り組む企業で働きたいと考えている。(英:66%、米:76%)

企業の取り組みは多少、進歩しているにも関わらず、回答者らは十分でないと考えている。

・経営陣と社員の熱意にはギャップがある。多くの回答者は、企業が環境や社会の課題に取り組んでいると認識しているにも関わらず、両国の3人に2人は企業の現在の取り組みが十分ではないと答えた。(英:68%、米:62%)

・多くの回答者は、CEOや経営幹部がこうした問題に関心がないとみている。英国の回答者の45%、米国の回答者の39%が、経営陣は会社の利益だけを考えていると答えた。

・4分の3の回答者が、企業は、従業員やステークホルダーのみならず、より広い世界に対して自社がもたらす影響に責任を持つべきだと回答した。(英:77%、米:78%)

ビジネスは知らぬ間に「意志ある退職」の時代に突入しようとしている。

・半数近くの回答者が、企業の価値観が自身の価値観と合致しなければ退職を考えるだろうと答えた。(英:45%、米:51%)

・実際、3分の1(英米ともに35%)の回答者は今シーズンに退職したと答えた。とりわけ、この傾向はZ・ミレニアル世代で高かった。(英:48%、米:44%)

・Z世代とミレニアル世代の半数近くが、自身の価値観を共有する企業で働くために給与の減少を受け入れることを検討するだろうと答えた。(英:48%、米:44%)

ポールマン氏は「こうした傾向を無視する経営幹部が背負うリスクは明らかだ。現在、そして未来の従業員の期待やニーズにそぐわないことをし続けていたら、企業は魅力を失い、生産性は下がり、成功することも難しくなるだろう」と述べている。

「裏を返せば、進歩する企業はモチベーションやイノベーション、忠誠を引き出すことができる。さらに、より持続可能で責任感があり、利益を上げる事業を生み出す取り組みを加速させることが可能になる。そういう企業を私たちは『ネット・ポジティブ』な企業と呼ぶ。ネット・ポジティブな企業とは、地球・社会に与える悪影響を上回る良い影響を創出することで、繁栄し、長期的な価値を提供する企業のことだ」

ネット・ポジティブな時代に経営幹部への3つのアドバイス

・自社の価値と影響力に関して高い志を示す
高い志とは、世界が求める目標を設定することで、簡単に実現できる目標を設定することではない。さらに、社会システムの変化を起こすために同業者や政府などと連携することだ。

・自社の志を伝えるより良いコミュニケーションが求められている
回答者の3人に2人(英:67%、米:66%)が自社に対し、深刻な環境・社会課題への取り組みに関してさらにコミュニケーションをとってほしいと答えている。オープンで意義のある双方向の対話こそが、自社がとるべき行動をとっていると従業員に確信させる唯一の方法だ。

・自社の助けになってもらうためにも、従業員に権限を与える
多くの回答者が自社に社会・環境課題に取り組んでもらいたいと考えているだけでなく、自らも貢献したいと考えている。英米の回答者の半数以上(英:53%、米:60%)は、企業のより良い変化に貢献する大きな役割を果たしたいと回答。この割合はZ世代やミレニアル世代で高かった。(英:64%、米:66%)

報告書は、行動に移さないCEOは今後数年間に、人材を失い、エンゲージメントや生産性が低下し、事業の成功が難しくなるリスクがあると結論づけている。前進することを選ぶCEOには、より責任感のあるサステナブルで利益を上げる企業になるために、最高幹部とともに取り組みを加速させてくれる、やる気があり、イノベイティブで、忠誠のある従業員が力になってくれるだろう。

米ヨーグルト製造大手チョバーニのCEOであるハムディ・ウルカヤ氏は「世界に良い影響をもたらすことはもはや良いビジネスの副次的効果ではなく、私たちが存在する理由そのものだ。今のような激動の時代に、従業員が大きな社会・環境課題の解決に努める企業で働きたいと望むのは驚くことではない。私たちは、そうなるための道のりの一歩一歩をともに歩んでいく」と語っている。

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