江口寿史の野球ギャグ漫画「すすめ!!パイレーツ」には最先端の音楽が続々登場!  YMOやタカナカ、ツイスト、サザンetc. 一癖も二癖もあるキャラクターたちが音楽ネタをギャグにする

「すすめ!!パイレーツ」が投げ込んだパロディという名の魔球

野球世界一決定戦、WBCが今話題の中心だ。投打二刀流、ユニコーンと呼ばれる異次元の選手、大谷サンがいるのだから期待度はMAX。投げれば最速165キロ。速球と変わらないスピードで投げ分けるスライダーと魔球シンカー。打てば本塁打、出塁しただけでも脅威的な走塁を見せる。2021年のMLBア・リーグMVP。2022年はヤンキースで年間62本塁打を放ったアーロン・ジャッジとMVPを争いながら、規定打席・規定投球回数のW規定に到達した。この偉業を目の当たりにした野球解説者が口を揃えて「まるで漫画だ」と言い出すのだから始末におえない。

野球漫画といえば、子供の頃から『巨人の星』『侍ジャイアンツ』『ドカベン』と夢中になったものだ。星飛雄馬の大リーグボール、番場蛮の分身魔球、殿馬一人の秘打・白鳥の湖やG線上のアリア、岩鬼正美の悪球打ちなど、散髪までの時間を待つ間、床屋の本棚を漁って野球漫画に夢中になった。そういえば学校に行くと、少女漫画家・里中満智子さんの名前からとった『ドカベン』の里中智投手の美形っぷりに女の子たちが黄色い声をあげていたっけ。

当時、そんな王道野球漫画を笑い飛ばしながら斜め上から乱入して来たのが、江口寿史先生の『すすめ!!パイレーツ』である。王・長島・江川をいじり倒し、ヤクルトを初優勝させた広岡達郎監督でさえ、達郎つながりで山下達郎の物真似をさせられる。そんなパロディという名の魔球が小学生だった僕たちのハートにズバーンと投げ込まれた。

万年最下位のプロ野球チーム・千葉パイレーツ

1977年9月に連載開始。物語は、助っ人以外千葉県出身の選手だけで構成された万年最下位のプロ野球チーム・千葉パイレーツが巻き起こす大騒動劇である。実在のプロ野球選手や時の首相、芸能界をもキャラクターに取り込んで、読者に強烈なクロスカウンターを放った。エース投手に16歳の熱血少年富士一平、かわいこぶりっこの三塁手・猿山さるぞう、球界の恥と呼ばれるヘンタイ・犬井犬太郎(コーチ兼任捕手)といったメインキャラクターの他、一平のライバル・花形見鶴(巨人の星、花形満のパロディ)などなど… 一癖も二癖もある人物が次々と登場する。

犬井は、首相が始球式で投げた球を容赦なくレフトスタンドへ叩き込み、猿山は犬井と共に他球団の実在プロ野球選手をからかいまくる。パイレーツで唯一まともな一平が犬井と猿山の悪ふざけに毎回振り回されるのはお約束。ヤクザ一家に生まれ、見た目は完全に極道の外野手、粳寅満太郎(うるとらまんたろう)は常に黒いサングラスで目を隠しているが、裸眼は少女マンガのようにキラキラしている。日本を脱出すればMLB傘下マイナーリーグのお荷物球団、選手は全員ゲイというオクラホマ・オカマーズのキミー・ヘンドリックスが登場。打席に立つと瞳のウインクで電流を流し、男を腑抜けにする“キミーの瞳は100万ボルト”というテクニックで試合中に一平を虜にしようとした。(名前はジミ・ヘンドリックスから。当時、堀内孝雄「君のひとみは10000ボルト」がヒットしていた)。

そうだ。美少女キャラも忘れちゃいけない。女の子の体に死んだ兄の霊が宿った二重人格の投手・沢村真が巨人戦で完全試合を達成したり、165キロの速球を投げる投手・梶尾望都もいた。100メートル走9秒フラット、打席に立てばホームラン。彼女は大谷翔平級の投打二刀流、ロングヘアーのお嬢様だった。

とにかくパロディのオンパレード。ウルトラ兄弟や仮面ライダー、鉄人28号、ジャイアントロボ、宇宙戦艦ヤマト。戦国自衛隊や高校大パニックなんかもあったかな。凄かったのはありとあらゆるネタを徹底的に詰め込むルール無用のスタイル。パイレーツの連載とほぼ同時期に少年チャンピオンで鴨川つばめの『マカロニほうれん荘』が始まっていたんだけど、江口先生は鴨川先生のギャグや風俗の取り込み方、漫画のリズムが自分の作品と似ていたためライバル心を燃やしていた。同世代の作家には負けられないと、面白いと思っていることを毎週詰められるだけ詰め込んでいたんだとかーー

野球解説者としてYMOが登場!

中でも二人の作家に共通するのはギャグに最先端の音楽、ミュージシャンをミックスさせたところだろう。

例えば、実況アナと野球解説者としてYMOが出てきたり、パイレーツの面々が突然ディーヴォになって「サティスファクション」を演奏し歌うシーンがあった。扉絵にクラフトワークのジャケ写を引用していたのも当時の漫画としては斬新だ。漫画の登場人物たちがスターになりきる度、僕たちは強烈なシンパシーを感じていた。

特にヤクザの元親分、粳寅満次がサザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」を演奏、熱唱する場面は圧巻だ。およそ4ページにわたって、子分の村田を巻き込んで

「いまなん時」
「そォねだいたいねェェ」
「いまなん時」
「ちょっとまってェてェよォォ」

の掛け合いを思いっ切り引用、ギャグにしている。そういえば、世良正則の「宿無し」の歌詞「オイラは宿無し、オマエなら」を「おいらは~山梨、おまえぇぇ奈良!!」の替え歌で覚えているのもパイレーツの仕業である。

他にも高中正義が石焼き芋屋として登場するシーンなんかもあった。アルバム『TAKANAKA』(1977年)のジャケ写のような蝶ネクタイとスーツ姿で屋台を引っ張っていると、自主トレ中のパイレーツのランニングに巻き込まれる。屋台ごと焼き芋をすべて強奪され道端に呆然とへたり込む高中さんが面白くて、ずっと忘れられない。

ワードセンス、時代を切り取るネタのチョイスと画力。江口先生にしか描けない感覚的なギャグは、そう… 令和の表現でいえばユニコーンだ。王貞治が756号を放って世界のホームラン王になった直後に誕生したギャグ野球漫画。黄金の80年代に向かって膨れ上がっていく熱気が『すすめ!!パイレーツ』には ”わやくちゃ” に詰まっている。

カタリベ: 鎌倉屋 武士

アナタにおすすめのコラム僕たちのロック入門書「すすめ!!パイレーツ」と「マカロニほうれん荘」

▶ 漫画・アニメのコラム一覧はこちら!

80年代の音楽エンターテインメントにまつわるオリジナルコラムを毎日配信! 誰もが無料で参加できるウェブサイト ▶Re:minder はこちらです!

© Reminder LLC