「豊かな生き方」を守るために、コスタリカが目指す周到な脱炭素社会

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気候変動で大きな影響を被る「ホットスポット」とされるコスタリカ。中米の自然豊かなこの国では、気候変動による変化に適応し、温室効果ガスの排出量を削減するための「静かな革命」が起きている――。

コスタリカには「Pura Vida(プーラ ビーダ)」という言葉がある。直訳すると「純粋な人生(英語ではPure Life)」だが、それ以上に深い意味を持つ。例えば、人生のささいな喜びを愛おしく思う気持ち、家族と過ごす時間、ゆっくりとリラックスして良い人生を楽しむことなどを説明するときにも「Pura Vida」が使われる。コスタリカ人の理想とする生き方を表す言葉だ。

しかし、コスタリカではその「Pura Vida」が脅かされている。

ビーチや火山、豊かな生物多様性で知られるコスタリカは、今後50年以内に気候変動によって大きな影響を受けるとされる世界のホットスポットの一つだ。各国の気候変動への適応力を評価した「ノートルダム世界適応力指数(ND-GAIN Index)」によると、コスタリカは182カ国中61位(日本は19位)。高い気候変動リスクにさらされている。

同国の財務大臣であるノギ・アコスタ・ハエン氏によると、「国家計画・経済政策担当省の推定では、過去30年間の気候変動災害への対応費用は年間GDPの約半分に達し、主にインフラに充てられている」という。

温室効果ガスの排出量は世界の0.02%でも、2070年までに最大6度上昇

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コスタリカの温室効果ガスの排出量は世界のわずか0.02%。しかし、同国の平均気温は2070年までに1960〜90年代の平均気温から最大6度上昇すると予想される。国立気象研究所は、コスタリカはエルニーニョ現象によってより深刻な異常気象の被害を受けることになるとみている。

予測不可能な降雨パターンが増えるほど、作物の収量や質に影響がおよび、気温の変化によって新たな寄生虫や害虫が出現するなど農家のリスクが高まる。さらに気温上昇によって、働く人の生産性の低下、熱帯病の拡大、多くの動物種の消滅が起きる懸念もある。豪雨の増加によって、地域の人や社会は地滑りによる壊滅的被害を受けやすくなってしまう。

しかし、前大統領であるカルロス・アルバラード氏の指導の下、コスタリカは将来的な変化に適応し、温室効果ガスの排出量を削減するために「静かな改革」を起こしてきた。米マサチューセッツ工科大学(MIT)のグリーン・フューチャー・インデックスの最新版によると、コスタリカは気候変動に見舞われる未来に備えるために努力を続ける「グリーンリーダー」に選ばれている。(低炭素な未来を実現するために大きな前進をみせ、掲げた目標に積極的に取り組む「グリーンリーダー」には20カ国が選ばれており、19位の日本に次いで20位にコスタリカが入っている)

コスタリカは過去10年間に重要な気候変動緩和目標を掲げ、今ではその大きな目標に則って政策を立てている。元々の国家目標では、2085年までにカーボンニュートラルを達成することを目指していたが、2019年に新たに公表した計画で2050年までにネットゼロを目指す方針を掲げた。これは目標達成を35年前倒しし、パリ協定が定める1.5度目標の達成を目指そうとするものだ。世界には1.5度目標に沿った計画を掲げていない国もある中、アルバラード前大統領が示した、行動を起こす小国の力に世界から称賛が集まった。

では、コスタリカはどんな約束をし、どのように達成しようとしているのだろうか。無論、これは昨年5月に就任したばかりのロドリゴ・チャベス大統領が、アルバラード前大統領の路線を継承するかどうかに大きく左右される問題だ。前財務大臣だったチャベス氏は、化石燃料を採掘することを称賛し、環境活動家の神経を逆なでした経験がある。

選挙期間中、天然ガスについて話す中で「コスタリカ人に神が与えてくれた資源を利用し、そこから利益を得ることを認めるなというのは狂信的」と嘆くこともあった。新しい化石燃料プラントが建設されるとなると、ほぼ間違いなくコスタリカの脱炭素目標の達成は妨げられる。このことは、GDPのおよそ3%を占め、成長著しい同国のエコツーリズム産業のイメージや人気にも損害をもたらすだろう。

コスタリカに生息するサンショクキムネオオハシ  Photo by Zdeněk Macháček on Unsplash

しかし、電力供給のほぼ100%がクリーンエネルギーであり、森林破壊の防止においても成果を挙げるコスタリカは、環境サステナビリティのリーダーとなり、最初に脱炭素を達成する国の一つになる準備ができている。

コスタリカでは1987年までに森林の約半分が失われたが、政府が貴重な生態系を保全するために地域や農家に資金提供を行い、実質的に森林破壊はなくなり、逆に再生に転じている。同国の森林再生の取り組みは、英ウィリアム王子が創設した「アースショット賞」も受賞した。

コスタリカの都市部では、2035年までにバスやタクシーの70%を完全に電動化する計画だ。さらに2050年までに、交通機関のみならず住宅や商業、産業部門の主要エネルギー源を電力にする措置を講じると宣言している。

当然ながら、野心的な気候変動目標を達成したいと考えるすべての国にとって非常に重要なのが財源だ。コスタリカは、変革を進めるためにIMF(国際通貨基金)が支援金を提供する「強靭性と持続可能性を育むためのファシリティ(RSF)」の恩恵を受けた最初の国だ。RSFは、低所得国が異常気象やパンデミックによる被害などの外部ショックに対する強靭性を高めるために設けられた新たな融資策。気候変動の影響に脆弱であり、意欲的な気候変動の改革政策を掲げるコスタリカはRSFに最も適した国と言える。

アルバラード前大統領は2月、米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院で開かれた気候変動関連のイベントで、就任当時を振り返り、気候変動対策を加速させるために各国が協働する必要があると語った。同氏は、気候変動などに取り組む勇敢なリーダーは共感力があり、二極化に陥るような考え方はとらないとし、「共感には力がある。力そのものを手にしようとするのではなく、より大きな目的のために、他者に手を差し伸べなければならない。今の時代は、『私たちと彼らは違う』という二極化構造が多く存在する。共感する立場に身を置くということは、権力を放棄することでもある。二極化は非常に危険なことだ」と締めくくった。

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