とどまることを知らない佐野元春がわずかに立ち止まった「グッドバイからはじめよう」  ニューヨークへ旅立とうとする若き日の元春に見た “Early Days”

佐野元春のEarly Daysはいつまでか?

2022年、アルバム『SOMEDAY』40周年のアニバーサリーで佐野元春にインタビューした際、取材が始まる間際、「僕のEarly Daysはいつまでだと思う?」と訊かれた。

40年を越える活動歴の中でデビューからアルバム『SOMEDAY』までの2年間はあまりに短い。アーティストの黎明期というのは、試行錯誤しながら、長きにわたる活動の礎となる自身のフォーマットが固まる時期を示すのではないか…。短い時間の中で、そんな考えが頭を巡ったが、結局答えることが出来なかった。

『SOMEDAY』は確かに転換期にあったアルバムだと思うが、元春はこのアルバムを踏襲してアルバムを量産したアーティストではない。傑作アルバムでありながら、ここで築いたフォーマットを安住の地とはしなかった。

ファーストアルバムとセカンドアルバムでは収まりきれないダイレクトなロックンロールの衝動を極めてソフィスティケートされたサウンドに包んだアルバムが『SOMEDAY』だ。

ーーしかしそれは、癒しでもなく、たとえば、食後の1時間だけリラックスするために聴くようななまやさしい音楽でもなかった。十代の少年が初めて人生の岐路に立った時、一歩前に踏み込む力強さと覚悟が漲り、幾許かの余韻が新しい景色を見せてくれる曲が溢れているアルバムだった。

その時のインタビューで元春は次のようなコメントを残した。

『SOMEDAY』はシャレた曲じゃない。街で育ったすれっからしの少年の唄だ。

―― と。

この言葉の意味は痛いほど知っている。当時14歳だった僕はそんなリアリティがあったからこそ、元春の音楽に夢中になれた。

終わりは はじまりーー「グッドバイからはじめよう」

そして、元春は颯爽とニューヨークへ渡り、翌年、ヒップホップカルチャーと、その時代の最前衛をスケッチしたようなリリックを溶け合わせた『VISITORS』を完成させる。その後もUKソウルと接近しながら知的な気づきを促す『Cafe Bohemia』をリリース。

傑作アルバム『SWEET16』では、前のめりな衝動とセンチメンタルな情景を内包させながらも、いくつもの時代の先を見据え、その向こうへ突き抜けるような圧倒的な疾走感を感じさせてくれた。デビューから10年間の活動だけを振り返ってみても、元春に安住の地などなく、確立させたフォーマットをあっさりと捨て、自身の音楽を模索し、未開の地の開拓を続けている。

そんな元春が、ただ一度だけ、ほんのわずかの間、立ち止まったとしたら、それは、1983年の春先にリリースされたシングル「グッドバイからはじめよう」ではないだろうか。

同じく、1983年3月18日、中野サンプラザホールにおける『ロックンロールナイト・ツアー』最終日のアンコールで奏でられたのが、この曲だった。「ニューヨークへ行くんだ」という情感ほとばしる言葉と共に奏でられた美しい旋律。自身が高校生の時に書かれたというリリックには「終わりは はじまり」というシンプルな言葉が繰り返される。

この日歌われた「アンジェリーナ」の、(望みを失くした)ポップコーンガールや、「ガラスのジェネレーション」の中に生きる(この街のクレイジー)プリティ・フラミンゴなど、元春自身がストーリーテラーとなり、登場人物たちはリリックから独り歩きを始める。そして彼らは、リスナーひとりひとりの心の中で自身を投影する世界観を作り上げていた。この心象風景が圧倒的な熱量で再現された『ロックンロールナイト・ツアー』の中で「グッドバイからはじめよう」はそんな物語の中とは違った、元春の心の奥を垣間見られたような瞬間だった。

 ちょうど波のように
 さよならがきました
 あなたはよくこう言っていた
 終わりは はじまり
 終わりは はじまり

ニューヨークへ行くという決断、アルバム『SOMEDAY』で多くの人にコミットしながらも、より革新的に、しなやかに次のステージへと進む元春がほんの一瞬だけ見せた感傷のようでもあり、極めてシンプルでありながら、人生の真理とも取れる「終わりは はじまり」というフレーズは、自分に言い聞かせていたのではないかと、今となっては思う。

ちょうど40年前の中野サンプラザのステージに思いを馳せる

そして、翌年、1984年4月21日、ニューヨークでの生活を経て、「グッドバイからはじめよう」に続く、11枚目のシングル「TONIGHT」をリリースする。

「SOMEDAY」(いつか)が今夜となっても元春はその場所に留まることなく、音楽の旅を続け現在に至る。

そう考えてみると、あの『ロックンロールナイト・ツアー』の最終日、「ニューヨークへ行くんだ」という言葉と共に奏でられた「グッドバイからはじめよう」の演奏が終わった瞬間までが “元春のEarly Days” ではないか―― と僕は思えるようになった。

中野サンプラザの暗闇の向こう、スポットライトが当たる元春、あの決意表明とも言えるMCの後、ほんのわずか、場内が静まり返った瞬間は、今も僕の中で忘れられない人生の一場面として脳裏に残っている。

記憶の中で熟成されるそのワンシーンには、逡巡を振り切りニューヨークへ旅立とうとする若き日の元春が、あの日のままに存在している。そんなことを考えながら、ちょうど40年前の中野サンプラザのステージに思いを馳せてみた。

カタリベ: 本田隆

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