歌姫 ホイットニー・ヒューストンを大歌手に導いた《裏の立役者》って誰?  「I Go to the Rock」で歌うゴスペルは原点のひとつ

アメリカを代表する不世出の女性シンガー、ホイットニー・ヒューストン

昨年2022年から今年2023年にかけて公開されていたホイットニー・ヒューストンの伝記映画『ホイットニー~I Wanna Dance With Somebody』はご覧になっただろうか。アメリカを代表する不世出の女性シンガー、ホイットニー・ヒューストンの短い人生を描いた作品だったが、知られざるエピソードが随所に盛り込まれた、実に興味深い作品だった。全世界の多くの人々の心を揺さぶる歌声をもってして、一時代を築いたまさしくスーパースターの歩んだ軌跡は、印象的なエピソードが積み重なっていたということがわかる。

中でも最も感銘を受けたというか、最も “さもありなん” と再認識させてくれたのが、プロの歌手として世に出る前に、母親シシー・ヒューストンと交わされたやり取りだ。既にプロの歌手としてプライドを持って活動していた母シシーが、十代の娘ホイットニーにシンガーとしての心得や臨み方を連日しつこいほどにレクチャーする場面。

サンタナやバリー・マニロウ等をスターダムに送り出したアリスタのカリスマ社長クライヴ・ディヴィスのお墨付きだったホイットニーといえども、プロデビューに際しては母親の厳しい教育が施されていたことに、アメリカのショウビズ界というか、アフロアメリカンによるR&B / ソウルミュージック界の力強い誇りや層の厚さみたいなものをあらためて感じざるをえなかった。同時に感じたことが、20世紀のアフロアメリカンの家庭では、大なり小なりこういった場面が繰り広げられていたに違いない、ということだ。

教会で喉を鍛えられたソウルシンガーたち

昨今は宗教離れが進んでいると言われているが、20世紀のアメリカ国内におけるアフロアメリカンは敬虔なキリスト教信者で占められていた。ほぼすべてのアフロアメリカンは、幼少のころから教会に出入りし、牧師による説教(Preach)を受け、福音や神への感謝を含む黒人霊歌(Gospel)を歌う。アフロアメリカンにとって教会、そしてゴスペルは生活の一部だったのだ。無宗教者が大半を占める島国日本にいると、この文化はなかなか伝わりにくいところがあるかもしれないが、これは厳然たる事実である。

ソウルミュージックの確立に奮闘したサム・クック以降に出現した(1960年代以降)アフロアメリカンシンガーたちは、ほぼすべてが教会で喉を鍛えられたのを経て、世に出てきている。シシー・ヒューストンは教会出身のゴスペル / ソウルシンガーだったということもあるが、ホイットニーももちろん例外ではなかったということだ。

プロデビューにあたって歌唱技量・スキルに関すること以上に、ゴスペル出自の “シンガー” としての矜持や臨み方みたいなものを切々と説くシシー。敬虔なゴスペルとロックンロール誕生以降の世俗音楽(Secular Music)を両方経験してきたシシーだったからこその説得力があっただろうし、若きホイットニーもそれは母の歌声をもってして肌と耳で感じ取っていたに違いない。

ホイットニーが米国を代表する大歌手として大成した裏の立役者は、クライヴ・ディヴィス以上にシシー・ヒューストンだったのは間違いないだろう。

ホイットニーが、原点のひとつでもあるゴスペルを歌う

ソウルミュージックが誕生して20数年後の1980年代半ばに颯爽とデビューしたホイットニー・ヒューストンだったが、おそらく常に歌手としてのマインドの根底にゴスペルを意識していたことは想像に難くない。それは母シシーの教えが大きく作用していたのかもしれない。

ソウル / R&Bシンガーがある程度ステイタスを築くと、ゴスペルの原点に戻るかのようにクリスマスアルバム(あるいは場合によってはゴスペルそのもの)をリリースすることがあるが、ホイットニーにも生前そんな時期があった。明らかにゴスペルを意識した主演映画サントラ『プリーチャーズ・ワイフ』(1996年)、そしてクリスマスアルバム『ワン・ウィッシュ〜ザ・ホリデー・アルバム』(2007年)だ。90年代半ば以降、キャリアに翳りを落とすような激動の時期になるころ、何を思ってこれらの楽曲を歌っていたのだろうか。

ホイットニーが48歳の若さでこの世を去ってから11年という歳月が流れた。もし生きていたらこういうアルバムを作っていたであろうという作品がリリース・配信された。ゴスペル基盤の既発曲と未発表音源6曲を編纂したアルバム『ゴスペル・オブ・ホイットニー・ヒューストン(I Go to the Rock-The Gospel Music of Whitney Houston)』だ。

God・Good(神・良い)とSpel(伝える・知らせ)が合わさってGospel。現在のゴスペル音楽の原型が教会で誕生してからおよそ100年といわれている。ソウルミュージック〜現在の大衆音楽の代表的歌手となったホイットニーが、ソウル/R&Bの原点のひとつでもあるゴスペルを歌う…… 我々アフロアメリカン以外の人々は、黙って正座してその歌声を享受するだけだ。

カタリベ: KARL南澤

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