学生が社会人との気軽な会話を通して“働く”を考える。「大しごとーくin信州2022」開催レポート

2022年11月12日、信州大学松本キャンパスで「大しごとーくin信州2022(以下:大しごとーく)」が開催された。大しごとーくは、学生たちが“働くこと”について県内企業と気軽に対話し、仕事に対する自分なりの価値観や将来のビジョンを明確にすることを目指して2018年から毎年開催されているキャリアトークイベントだ。5回目の開催となった今回は、対面会場とオンラインでのハイブリッド形式で実施され、過去最多の363人の学生と83社の企業が参加した。

テーマは“ミチ”。学生が新しい一歩を踏み出すきっかけに

大しごとーくの開催目的は次の3つだ。

(1)学生が低年次から県内企業の強みや良さを様々な視点から具体的に知る機会をつくる。

(2)学生と社会人が気軽な対話の中で「働く」ことについて考えるきっかけの場としてもらうこと。

(3)就職活動に対して感じている不安や迷いを整理し、将来のビジョンを明確にしてもらうこと。

これらの目的からもわかる通り、大しごとーくのメインターゲットは就職活動前の1〜2年生だ。通常、多くの学生が3年生から一斉に就職活動を開始するが、初めてのことだらけで戸惑う学生や、限られた時間の中で自分に合った企業を見つけることに苦労する学生も多い。そこで、就職活動に対して漠然と抱いている不安を解消しながら、企業との対話を通じて学生が自分自身の将来や働くことについて考えるきっかけを提供するのが大しごとーくの狙いだ。

大しごとーくには、企画や運営を学生自身が行うという特徴もある。信州大学の全学横断特別教育プログラム内の2つのコースに所属する学生が、事前準備から当日の運営までを担当する。そんな学生運営メンバーが設定した2022年のテーマが「ミチ〜踏み出す一歩?、踏み出さない一歩?〜」だ。自分たちと同年代の学生が就職活動や働くことに対して抱いている“未知”という感覚を、このイベントを通して1本の“道”に変え、自信に“満ち”た自分を想像するきっかけにして欲しいという思いが込められている。

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363人×83社が生み出す、それぞれの生き方と働き方

大しごとーくは、実行委員長である木口屋さん(人文学部2年)の「今は“未知”である就活が一本の“道”としてイメージできるようになることを願っています」という挨拶から始まった。イベント内で実施されるプログラムは大きく2つ。メインとなるのが体育館で開催される「ミチしるべ」だ。ミチしるべでは、参加学生が実際に企業のブースに訪れ、企業側の担当者と20分間の対話を行う。形式的には就職活動の中で行われる合同企業説明会に近いが、対話の中で話される内容は合説とは大きく異なっていた。

まず、企業側から自社の事業内容が説明され、続いて「自社の社員が仕事のどんなところにやりがいを感じているか」と、「社員が安心して働ける職場環境や制度」の2つについて紹介があった。続いて学生から様々な質問が飛ぶ。その会社の制度に対する質問もあれば、「学生時代にやっておいた方が良いこと」や「企業選びの基準について」など内容は様々だ。お互いに採用する/されるの関係にないため、対等に話が繰り広げられていくのが新鮮だった。

学生は1人あたり3回のミチしるべに参加することができるが、中には「どんな企業があるのかわからない」「自分の興味がわからない」という学生も多い。そのため、1回目と2回目のミチしるべでは、あらかじめランダムに割り振られた企業を訪れ、フラットな状態で対話ができるようになっていた。このあたりも、「ミチ」というテーマを設定した運営メンバーならではの工夫だ。反対に、3回目のミチしるべでは自分の好きな企業と対話することが可能で、もともと興味のあった企業を選ぶ学生や、1・2回目のミチしるべで聞いた話を参考に選ぶ学生もいた。

来場した学生たちは、受付で受け取った「ミチしるべワークシート」に企業との対話で知ったことや感じたことを書き込み、その企業のやりがいや職場環境の良し悪しを自分の中で評価できるようになっていた。また、現時点で就職先をどのような観点で決めたいと考えているかという事前チェック欄もあり、大しごとーく参加の前と後で、その基準がどのように変化したかも比較できるように工夫されていた。

もう1つのプログラムが、オンライン会場で開催された「ミチのり」だ。ミチのりには3つの企業と148人の学生が参加し、次の3つのテーマについてトークセッション形式で対話を行った。

(1)社会人の『責任』との向き合い方とは?

(2)院進か?就職か?その先に将来の自分像は描かれているか?

(3)社会に通用するコミュニケーションとは?

それぞれのテーマにはあらかじめ学べる内容(ミチのさき)が設定され、学生は自分が興味を持ったセッションに参加する形になっていた。例えば(1)のテーマでは、「学生においての責任と社会人においての責任の重さの違い」や「責任を負うことでかかるプレッシャーに耐える心の持ち方」などについて、企業側からリアリティのあるトークが繰り広げられた。

参加した学生からは、「仕事をする上での責任は、実際に仕事で失敗を積み重ねていきながら身につけていくことができると学んだ」や「これまでは責任から逃げることばかり考えていたけれど、若手のうちに失敗を経験しておくことで徐々に責任と向き合えるようになってくるとお聞きし、恐れずに様々なことにチャレンジしていくことが大事だと思えるようになった」といった感想が聞かれた。

画面越しの対話ではあったものの、1つのセッションに多くの学生が参加できたことで、対面会場とは違った盛り上がりを見せていた。

→参加学生が見つけた自分の軸と、運営メンバーが得た大きな経験

参加学生が見つけた自分の軸と、運営メンバーが得た大きな経験

参加学生に行ったアンケート調査では、8割を超える学生が就活や働くことに対するイメージが変わったと回答した。その理由としては、企業との対話の中で自分なりの基準を感じ取れたことが大きいようだ。

ある学生はアンケートで、「自分の学部とはあまり関係ないかもと思っていたが、生活の色々な場面で関わりのある企業で、とても興味を持って話を聞けた」と回答している。また別の学生は、「地元の企業でも強みがあることを知れたので、地元就職も考えたいと思った」と回答した。どちらも、それまで自分の中にあったものとは異なる基準や価値観を見つけた例だ。

他にも、「根本的に働くということに対する考え方を見直して、自分以外の利益を考えられるように就職活動に取り組みたい」など、仕事のやりがいに対しての気づきを得た学生の声も多くあった。通常、こうした気づきは就職活動が始まってから得るケースがほとんどだ。その点から見ても、大しごとーくの開催意義は大きいと言えるだろう。

また、運営メンバーの学生たちにとっても大きな経験となったようだ。企画運営チームの氏家さん(工学部2年)は「学生の皆さんと企業の皆さんを繋ぐミチを作る一員になれたと思う一方、私自身も楽しんで参加できました」と感想を述べた。広報戦略チームの浅田さん(農学部2年)は「初めて一つの大きなプロジェクトに取り組んだ。上手くいかなかったり、無力な自分を責めたりすることもあったが、運営メンバーが支えてくれた。逆に自らの長所を生かし、伸ばすこともできた。大変貴重な経験だったと思う」と振り返った。

大しごとーくはもともと、信州大学、富山大学、金沢大学の3つの大学が連携して行う次世代人材育成プログラム「ENGINE」内の取り組みの1つだ。その中では、「主体性を持った突破力のある人材の育成」が掲げられているが、この大しごとーくの運営に関わったメンバーたちは、まさにそうした人材へと成長していくのだろう。

大しごとーくに関わった学生たちの未来に期待を

売り手市場の今、学生は企業を選べる立場にある。あるいは、就職以外の道を選ぶことも珍しくない時代だ。しかし、自分の中の基準が定まっていなければ、せっかくのチャンスを棒に振ることになりかねない。そして、その基準は一朝一夕にできるものではなく、学生時代にどれだけ将来について考えたか、どれだけ企業や社会で働く大人たちに出会ったか、そういった様々な経験から生まれるものだ。

改めてイベントを振り返ると、363人もの学生たちが様々な企業に出会い、そこで働く人たちから様々な話を聞いた。そしてその裏には、このイベントを作り上げた学生メンバーたちがいた。彼らがこのイベントで得た気づきを今後どのように生かし、これからの学生生活や就職活動、さらにその先にある未来に繋げていくのか、大いに期待をしたいところだ。それと同時に、今後も続くこの大しごとーくがこの先どのような形になっていくのか、興味は尽きない。

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