今年初め、ブラジルで大統領選挙の結果を不服とする市民が、同国の最高裁判所などを襲撃した事件が発生しました。選挙後の暴動は2020年のアメリカ大統領選後に起きた事件に続く形で起きました。なぜ暴動にまで発展したのか、その背景には何があるのか、アメリカの政治制度などに詳しい成蹊大学法学部の西山隆行教授にお話を伺いました。4月9日と4月23日に全国で一斉に自治体の首長と議員の選挙を行う「統一地方選挙」の投票日を迎える中、海外事例をもとに選挙について考えてみませんか。
選挙不正を訴えていた候補の支持者が暴挙に出た
選挙ドットコム編集部(以下、編集部):
なぜ、アメリカとブラジルで暴動に発展したのでしょうか。
西山隆行教授(以下、西山教授):
暴動の中心になったのは、大統領選挙に敗北したアメリカのトランプ前大統領、ブラジルのボルソナロ前大統領の支持者でした。
トランプ氏とボルソナロ氏はともに、自国の選挙制度が不正の温床になっていると訴え、フェイクニュースを利用しながら支持を広げていました。選挙に対する不満が広がりやすい状況が作られた中で、両氏が選挙に負けたことで彼らの熱烈な支持者に動員がかかり、暴動に発展したと考えられます。
編集部:
不正はあったのでしょうか。
西山教授:
投票の結果に異議がある場合は最高裁判所に訴訟を提起することができます。アメリカでは郵便投票、ブラジルでは電子投票が批判の的になっています。結果の無効化を求める訴えがありましたが、いずれも裁判所から退けられています。選挙に不正が入り込む余地があることは否定できないものの、不正の根拠が明確に示されている状態ではありません。
編集部:
暴動を起こせば選挙結果は覆るのでしょうか。
西山教授:
そんなことはありません。選挙不正など合理的な理由があるかは裁判所が判断します。主張する根拠が客観的に認められなければ再選挙にはなりません。
投票結果を尊重し、いかなる結果になっても受け入れる合意が民主主義の基本原則です。今回の暴動は民主政治の根幹を否定するもので許される行為ではありません。
日本、ブラジル、アメリカ選挙制度の違い
編集部:
ブラジルとアメリカ、それぞれの国の投票制度は日本とどのように違いますか。
西山教授:
日本では投票は「権利」ですが、ブラジルでは義務化されている点は大きな違いです。
ブラジルでは18~69歳までは義務とされており、16、17歳と70歳以上、非識字者の投票は任意とされていいます。入院など正当な理由で手続きすれば棄権することはできる一方で、投票しなかった人に対しては罰金や、パスポートの申請が認められなかったり、公務員であれば給与がもらえなくなるなどの厳しいペナルティが課されます。
ブラジルは以前、軍事政権下で投票を含む市民権が制限されてたことがあったので、民主化後に投票を義務化することで、国民が政治を考える機会を与えようとする狙いもあるようです。
編集部:
アメリカと日本の違いはありますか?
西山教授:
アメリカでは有権者登録を自らする必要があります。
日本は住民票による住民登録をそのまま選挙人名簿に使いますが、アメリカには日本のような住民票がありませんので。ただ中には、登録すると陪審員制度の名簿にも登録されることになり、陪審員に選ばれたくないために有権者登録もしないという人もいるようです。
また、軍人の市民が派兵中にも投票する機会を確保するために、郵便投票が盛んなのも特徴ですね。トランプ氏が不正の温床と指摘したのが、まさにこの郵便投票でしたが。
編集部:
それぞれの国の歴史を踏まえて発展してきているのですね。他に違いはありますか。
西山教授:
日本では紙の投票用紙に直接書き込む方式ですが、アメリカとブラジルではボタンを押して投票する「電子投票」が採用されています。
ちなみに、日本のように用紙に文字を書く方式は、アメリカでは公民権法違反になります。奴隷解放後に南部諸州が、黒人の投票権を実質的に剥奪するために、識字能力を投票のための条件にしていたことへの反省からです。
問い直すべきは市民と政治の関わり方
編集部:
日本にも首長のリコール(解職請求)や議会解散など、選挙で選ばれた公人に辞職を求められる制度はあります。しかし、選挙結果を受けた暴動は衝撃的でした。今回の暴動で学ぶべきこととは何でしょうか。
西山教授:
暴動の中心となったトランプ・ボルソナロ両氏の支援者には、これまでの政治の在り方に対する不満を鬱積した人たちがたくさんいました。共和党のトランプ氏を支持した勢力の中心となった白人の労働者層は、従来であれば対立する民主党への投票が想定されていた層ですが、民主党の政策が自分たちよりも黒人や移民、性的少数者向けの政策に偏りつつあるとの不満をため込んでいました。
こうした既存政治への不満に火をつけたのがトランプ氏であり、ボルソナロ氏でした。選挙だけでは自分たちの声が十分に政治家やメディアに伝わっていないと考えた人の不満が表に出たというのが、今回の暴動に背景にあると考えられます。
編集部:
選挙結果だけではない、その以前からの不満がたまっていたことが背景にあるのですね。
西山教授:
例えば、アメリカの下院議員選挙では現職の再選率が95%を超えています。上院議員選挙でも、多くの州でどちらが勝つかはほぼ明らかです。
民主政治で投票が重要だと思ってはいるけれども、自分が投票したところで政治が変わらないことが、アメリカでは残念ながら明らかになってしまっているとも言えるのです。投票だけでは物足りなさを感じている人が潜在していると思われます。
昨年、アメリカの民間調査が実施している調査で、二大政党以外の「第三の政党」が必要だという人の割合が過去最多に上りました。
編集部:
このタイミングで爆発したのはどんなことが考えられるのでしょうか。
西山教授:
政治家の見せ方ややり方が下手になったとも考えられます。国民の意見は多様ですが、政治の場での決定とは「1つに決める」ことです。逆に言うと、残りの手法や考え方は却下されている。つまり、大半の意見は実現しないのです。
しかし、こうした中でも国民が「自分の意見は無視されていない」「ある程度は政治に反映されている」と思われる状況を作るのが政治家の義務です。それが健全な民主政治、民主政治を円滑に運営するための非常に重要な要素になっています。
編集部:
日本では投票率を高くしようと行政も頑張っていますが、ただ単に率を上げるだけでは物足りないのですね。
西山教授:
一般市民にとって、最も容易でコストのかからない政治参加の方法が投票です。ただし、どの国にも共通して言えることだと思いますが、投票していれば良いのではなく、それ以外の政治参加の在り方も考えるべきではないでしょうか。
例えば、アメリカでは民間人が議員に政策を要望する公聴会が盛んです。市民の意見が法律にダイレクトに反映されたりします。
日本はどうかというと、自分たちの想いが政治によって実現されていると捉える人がどれだけいるでしょうか。政治に要望を出しても実現してもらえないと考える人が多い悲惨な状態にあるように感じ取られます。
有権者の政治に対するコミットを考えると、暴動が起きたアメリカやブラジルよりも日本の方が良い状態にあると言い切れるのか。有権者にはぜひ考えていただきたいです。
編集部:
ありがとうございました!
西山 隆行 氏
成蹊大学法学部教授。1975年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。専門は比較政治・アメリカ政治。著書に、「〈犯罪大国アメリカ〉のいま-分断する社会と銃・薬物・移民」(2021年、弘文堂)、「格差と分断のアメリカ」(2020年、東京堂出版)など。