【読書亡羊】「東京港は世界で46位」、コンテナ輸送の真実が見える 松田琢磨『コンテナから読む世界経済』 その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!

「水と空気とコンテナ輸送」

「日本の周辺で有事が起き、海上交通網が普段通り働かなくなれば、わずか3日で日本は食糧難に陥る。国民は唯一、自給率の高いコメを食べるより他ない」

台湾有事の可能性が指摘される中、懸念されるのが、シーレーンの問題だ。台湾海峡が海上封鎖されるだけでなく、日本を含む周辺地域にも影響が及ぶのは間違いない。

では現在の海上輸送はどのような状況にあるのか。これを「コンテナ」から見たのが、松田琢磨『コンテナから読む世界経済』(KADOKAWA)だ。

筆者は拓殖大学商学部教授で、海運経済学、物流を専門とする。海上を含む物流網は世界経済に物資をいきわたらせる血管のような役割を果たしており、そのルートを流れる物資=血液の多くはコンテナに収められる。本書の副題が〈経済の血液はこの「箱」が運んでいる!〉なのはそういうわけだ。

サプライチェーンの重要性はコロナ禍以降、一般にも知られるようになった。その「チェーン」の具体例が、海上輸送船であり、コンテナなのである。

そのため、海運会社の関係者の間では「水と空気とコンテナ輸送」という言葉があるほど、生活に必要不可欠な存在。

しかしそうでありながら、一般には「写真やニュース映像でしか見たことがない」「普段、意識することがない」存在でもある。そんなコンテナ(輸送)について、本書は初歩から優しく教えてくれる。そしてコンテナを通して知る世界経済の現状からは、日本が直面している厳しい状況も見えてくるのだ。

日本の港は存在感が低下

コンテナは「同じ規格の金属製の箱」を指し、さまざまな荷物を積み込んで箱単位で運ぶ輸送システムをコンテナ輸送という。

そうしたコンテナ船がやってくる港は中国が取扱量で上位の多くを占め、他にシンガポール、韓国などが続く。日本は46位にようやく東京港が登場。1975年には神戸港が世界第3位にいたことを考えれば隔世の差がある。日本の港湾の存在感は年々小さくなっているようだ。

その理由を、本書は「アジアにおける製造業の生産拠点が日本から中国や東南アジアに移った」からだと説明する。そのうえ、運航にかかる日数やコストの短縮を考えると、日本に寄港する機会を減らすことが、「合理的判断」になってしまっているのだ。

「え、でも日本は食糧の多くを輸入に頼っているのでしょう?」と思うかもしれない。実際、日本の港湾全体で、一年間に2000万個ものコンテナが取り扱われているという。

問題は、日本は多くの物資や物品を輸入している一方、日本から輸出するものが減っていることにありそうだ。

日本を襲うマイナスのスパイラル

第六章で詳述しているが、都市部、地方双方の港湾で、輸入量に比べて輸出量が少なくなっており、そのために日本が輸入に使ったコンテナのうち、実に30%が空コンテナとして返送されるのだという。

海運におけるコスト計算は、往路と復路、双方を合わせて計算されるのが通常。海運会社としては、なるべくなら行きも帰りもうまく物資を積み込み、利益を上げたい。

ところが日本から輸出するものがなければ積み込むものがなく、空コンテナの回送コストを誰かが払わなければならない。

海運会社が負担する際には、「積み込むものがない」港への寄港を避けるようになるし、荷主が負担するとなれば物価に転嫁することもあるかもしれない。

さらには中世の「津料(港や津の関所で船舶から徴収する税)」を持ち出すまでもなく、港湾に多く船がやってくれば港湾料金を徴収することができる。寄港が減れば、当然港湾量の収入も減る。日本の港湾事業は、マイナスのスパイラルに陥っているのではないか。

当然、日本政府も国際競争力を強化し、「港湾地位向上」を果たすための施策を打ってはいる(第二章)。だが順位上昇などの目に見える結果は出ていないようだ。結局のところ、「輸出の促進」を図る以外に有効な手はないのだろう。

これは港湾行政にとどまる話ではない。都市部・地方共に、「海外が欲しがる輸出品」を作り出す必要があるのだ。

「チャイナプラスワン」を模索

もはや取扱量では日本がライバル視する意味すらなくなっているほど突出しているのが中国だが、だからこそ、その動向は追っておく必要があろう。

コンテナ輸送の動向は「貿易に関する各国の政策にも影響を受ける」と本書が指摘する通り、2016年からクローズアップされるようになった米中貿易摩擦は荷動きにも影響したようだ。中国からアメリカに向けて積まれる荷動きが減った分、東南アジア・南アジアで積む分が増えたのだという。

コロナ禍を経た今も、荷主は「チャイナプラスワン(中国以外の生産拠点)」の模索が続いているという。日本にとってはこれはチャンスのようで、実はそうでもない。第五章にあるように、中国の代替地となった東南アジアの国々から、アメリカや欧州へ船が向かう場合、今まで以上に日本を経由する船が減る要因になり得るというのだ。

「選ぶ」ではなく「選ばれる」ための努力を

本書の序章では、大豆の輸入を例にコンテナ輸送の基礎を解いている。和食の根幹、日本の味を代表する味噌や醤油、納豆の原料になる大豆すら、そのほとんどを輸入に頼っている日本。

しかもかつてのように「日本製家電が海外で求められる」という輸出神話も過去になってしまった今、コンテナ輸送の実態から見える日本の現状は、やはりかなり厳しいと言わざるを得ない。

筆者の松田氏は第六章の最後で〈今後の日本の国際物流や貿易に関して、日本の人々が立たなければならない前提が変わっている〉ことについて述べている。すでに日本は「選ぶ」立場にはなく、「選ばれる」ための努力をしなければならない状況にあるのだ。

門外漢にも一から分かる丁寧な筆致で、楽しくコンテナ輸送の実態を教えてくれる良書。だが突きつけられた問題は極めて重い。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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