人的資本情報開示義務化「男性が育休を取りやすく、中身の濃い制度にするには」――2年で取得率躍進、大王製紙の実践例

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新年度に入り、上場企業は有価証券報告書に人的資本に関する情報の記載が義務付けられるなど、日本でも企業に非財務情報の開示を求める動きが本格化している。その中でも働きやすさやウェルビーイングにつながる重要な指標が、男性の育児休業の取得率だ。政府は少子化対策の観点から取得率アップに力を入れ、現状の13.97%を「2025年度に50%、2030年度に85%に引き上げる」とするが、単なる数値目標の達成にとどまらず、女性に偏りがちな育児や家事を、男女がともに行うのが当たり前な社会にしていけるかどうか、が問われる。男性が育休を取りやすい職場環境を醸成し、かつ、中身の濃い育児休業にしていくために、企業はどう取り組めばいいのか。2022年度までわずか2年の間に男性の育児休業取得率が躍進した大王製紙の実践例を紹介する。(廣末智子)

もし昔に戻って育休をとれたなら…

〈もし昔に戻って育休をとれたなら、どんなことがしたかったですか?〉
画面に映し出されるそんな質問に、60代と思しき男性たちが「仕事を休んだのは2人の子どもとも出産当日だけ。今にして思えば妻に悪いことをしたなと思います」「子どもが生まれたのは30過ぎのころ。当時は毎日毎晩、仕事、仕事で家庭を顧みる時間もなく、子どもの1歳、2歳時の顔が思い浮かばない。一緒にお風呂入ったかもしれないけれど…」と次々に記憶の糸を手繰り寄せながら答える。『エリエール』のブランド名でも有名な大王製紙が2022年8月、約1万3000人のグループ社員向けに配信したビデオだ。

厚生労働省のガイドブックを大王製紙版にアレンジした「父親の仕事と育児両立読本(パパ読本)」を開きながら、役員が自身の子育てを振り返るメッセージに耳を傾ける社員(大王製紙提供)

“出演者”は、若林賴房社長をはじめとする同社の役員たち。それぞれが、仕事人生の片方で、我が子との時間がおろそかになったことへの後悔を自分の言葉でフランクに語り、「しかし、時代は変わった」と続ける。その上で、男性社員に向け「ちゃんと育休をとって、自分の子どもの成長を見守って」「親になることが自分の人生を豊かにする。大変と言わずにポジティブに捉え、手伝うというより、着実に一つの役目をこなして」などと呼びかけた。若林社長は同じ言葉を社内SNSでも発信し、多くのリアクションがあったという。

2020年度まで一桁台が2022年度は83%に 育休推進企業の中でも伸び率トップ

実は同社の男性の育児休業取得率は2018年度5%、19年度4%、20年度6%と一桁台で推移し、取得者数も年に3、4人程度に過ぎなかった。それが21年度には29%、22年度は83%、43人と大きく増えた。これは厚労省が男性の育児参加を推進する目的で組織した「イクメンプロジェクト」と民間コンサルタントの「ワーク・ライフバランス」などが男性育休を推進する企業、141社を対象に調査した中でもナンバーワンの伸び率だ。

前提としてはもちろん、2022年4月から改正育児・介護休業法が段階的に施行され、男女ともに育児休業を取得しやすい雇用環境の整備が迫られたということがある。だが、それはどこの企業も同じであるなか、なぜ、同社の男性の育児休暇取得率は短期間でここまで伸びたのか。

「育休・介護問題を自分事に」きっかけはトップダウン

その理由の一つを、コーポレート部門総務人事本部の田邊典代・ダイバーシティ推進部部長は経営陣の意識改革がきっかけと説明する。2021年4月に若林社長による新体制が発足し、「子ども用から高齢者用まで、おむつを扱うメーカーとしても、育休問題・介護問題を他人事でなく自分事として考えなければならない」といった考えのもとにトップダウンで働き方改革を進め、その中心施策として男性の育休推進へと舵を切ったことが大きいというのだ。

同年5月には若林社長が男性育休を推進する組織の代表が行う「男性育休100%宣言」への賛同を表明した。ただ、同社は男性の育休推進の先進的な企業だったわけでは決してない。しかしそこからの動きは早く、2022年には育休に限らず情報を共有する社内SNSを立ち上げ、8月8日(パパの日)や11月22日(いい夫婦の日)にはオンラインで男性の育休取得を応援する企画を行ったことなどで、それまでの「どちらかというと硬いイメージの会社から時代に合わせて変わっていこう」とする機運が一気に高まった。記事冒頭で紹介した役員によるリレーメッセージも、社員にとって育休を身近に感じさせるものになったようだ。

「3カ月前ルール」で職場体制の調整が可能に

ダイバーシティ推進部部長の田邊氏

もちろん、雰囲気作りだけでは取得率は伸びない。同社は東京本社と愛媛・岐阜の工場からなり、グループ会社は全国に広がる。職場も営業部門と工場部門に分かれ、社員の年齢構成や人員体制も大きく異なるため、各職場で育休を取る社員の業務をいかに他の社員で吸収するかが大きな課題であり、一つの手立てとして制定したのが、出産予定日の3カ月前には職場に報告する、同社独自の「3カ月前ルール」だという。

出産予定日を3カ月前に知ることで、原則1カ月前までに行えばよいとされる育休取得の意向確認を早めに行うことができ(22年4月の法改正で、企業から当事者へ、育休取得の意向確認を行うことが義務付けられ、当事者が「男性育休の取得を申し出ること」のハードルはなくなった)、各職場ともスケジュールが組みやすい。2021〜2022年といえば、コロナ禍で突然、濃厚接触者になった人が出勤できなくなるなど、各職場とも人員のやり繰りに苦労していたこともあり、田邊氏は「このルールがなければ、現に職場が大変で、本人も育休を取りたいとは言い難く、ここまで取得率が伸びていなかったと思う」と振り返る。

最低でも14日以上の取得を呼びかけ

また男性の育休取得を考えるとき、何より大事なのは量よりも質だ。2022年10月からは法律で『産後パパ育休』と呼ばれる男性を対象とする出生時育児休業が創設されたのに加え、子どもが1歳になるまでの間に男女とも2回に分割して育休を取得することができるようになったこともあり、夫婦が育休を交代するなど、より柔軟で自由度の高い取得の仕方を選択することも可能になった。

これを踏まえ、同社は男性社員に、育休の期間を「最低でも14日以上は取ってほしい」と呼びかけている。「いくら取得率が上がっても、蓋を開ければ平均3日とかでは内容がどうか」(田邊氏)と考えるからだ。その結果、男性の育休取得率が83%となった2022年度は、半年や1年の育休を取った人もおり、平均取得日数も32日に達したという。

男性社員の体験談も紹介しよう。2022年6月に第2子が誕生し、2回に分けて計40日の育休を取ったというダイバーシティ推進部ダイバーシティ推進課の濱田翔主任は、「妻が平日に美容院に行けたり、自分が4歳の長女をいくらでも外に連れ出すこともでき、かけがえのない時間を過ごせた」と話す。実際、長女が生まれた時には会社に男性が育休を取る雰囲気はなく、この間、男性の育休を取り巻く社内の環境が大きく変わっているのを実感しているようだ。

2030年時点で女性管理職比率10.0%、男性の育児休業取得100%の達成目指す

同社では2020年4月に策定した、20〜24年度までの「女性活躍推進法に基づく行動計画」の中で「男性社員の育児休業取得率を20%以上にする」ことを掲げていた。これに関しては22年度に達成したわけだが、一方で、「女性管理職率5%以上」の項目については22年度時点で2.7%にとどまっているのが現状で、「やはり女性が仕事を続けて行く上で、仕事と家庭の両立の難しさが大きくのしかかっている」(田邊氏)という。

その壁を打破し、「女性も男性も子育てや介護、治療をしながらでも仕事が両立でき、さらに管理職が務まるような企業風土、組織風土をつくっていくためにも、男性が育休を当たり前に取得できる職場環境と体制づくりを地道に積み上げていく」方針で、2030年度時点のKPIである、女性管理職比率10.0%、男性の育児休業取得率100%をともに達成することを目指す。

政府は2030年度に85%目標を表明も…「取得率だけでなく、取得日数の向上が不可欠」

厚労省の調べによると、育児休業の取得率は、女性は8割台で推移しているが、男性は上昇傾向にあるものの、低水準にとどまっている。政府は先月、男性の育休取得率の目標を大幅に引き上げ、2025年度に50%、2030年度に85%とすることを表明。岸田総理は、産後の一定期間に「男女で育休を取得した場合の給付率を“手取り10割”に引き上げる」と表明するなど、『異次元の少子化対策』の一環としても力を入れるが、狙い通りに進むかどうか、鍵を握るのはやはりそれぞれの職場環境だ。

前述の、男性育休を推進する企業141社を対象にした調査では、「職場全体で働き方改革を実施している」企業の男性の育休取得日数は、そうでない企業の約2倍という結果も出ている。また、当事者以外への情報提供の有無と取得日数は相関関係にあり、育休取得への職場の理解や風土醸成が取得日数増加につながっていることが読み取れる。

こうした結果を受け、調査を行った「イクメンプロジェクト」は「本当に社内で男性育休が定着しているかを見極めるには、取得率が増えても、『取るだけ育休』になっていないか、当事者が希望する期間の取得ができたのか、といった点を精査する必要がある。産後うつの予防の観点からも、産後2週間から2カ月の時期に男性が育休を取得することは重要であり、職場全体での働き方改革と当事者以外への情報提供を徹底することで、取得率の向上だけでなく、取得日数を向上させることが不可欠だ」と提言している。

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