セファイド変光星で求めたハッブル定数の値を0.9%の精度でチェック

私たちの宇宙は膨張していることが知られています。1929年に宇宙の膨張を発見したエドウィン・ハッブルに因み、宇宙の膨張速度は「ハッブル定数」と呼ばれています。

実は、ハッブル定数の正確な値を巡って、世界中の天文学者や物理学者は頭を悩ませています。なぜかといえば、ハッブル定数には測定方法によって異なる値が導き出されるという問題があるためです。この大きな違いは「ハッブル緊張(Hubble tension)」と呼ばれています。

【▲ 図1: 様々な時代と方法におけるハッブル定数の推移。セファイド変光星による測定法 (青色) と宇宙マイクロ波背景放射による測定法 (赤色) は本来一致するはずだが、近年では一致しなくなっている。このギャップがハッブル緊張である(Credit: Ezquiaga & Zumalacárregui)】

スイス連邦工科大学ローザンヌ校のMauricio Cruz Reyes氏とRichard I. Anderson氏は、ハッブル定数を測定する方法の1つとして知られている「セファイド(ケフェイド)変光星」の観測データの分析を行いました。

セファイド変光星は非常に明るく、変光周期が長いものほど恒星そのものの明るさが明るいという性質があります。つまり、変光周期は同じでも見た目の明るさが異なるセファイド変光星を観測した場合、明るく見えるものよりも暗く見えるもののほうが遠くに存在することになります。こうした見た目の明るさの違いをもとに算出した恒星までの距離をもとに、ハッブル定数を測定することができます。

【▲ 図2: セファイド変光星の典型例である「とも座RS星」の画像(Credit: Hubble Legacy Archive, NASA, ESA)】

Reyes氏とAnderson氏は、欧州宇宙機関 (ESA) の宇宙望遠鏡「ガイア」のデータを利用しました。ガイアの観測データには約15万個のセファイド変光星が含まれていますが、特に重要なのは年周視差による恒星までの距離のデータが存在することです。

セファイド変光星の明るさと距離の関係については、恒星の金属量や宇宙空間に存在する塵などの阻害要因によって不正確になることが指摘されています。いっぽう、年周視差による距離測定はセファイド変光星自身の性質には依存しないため、セファイド変光星までの距離を別の方法で担保できるという利点があります。

Reyes氏とAnderson氏は、28個の散開星団に属する34個のセファイド変光星のデータを最も良いサンプルと位置づけて距離の測定を行いました。そして、天体物理学者のAdam G. Riess氏 (2011年にノーベル物理学賞を受賞) が率いる別の研究チーム「SH0ES」が2022年に発表した研究成果との比較を行いました。SH0ESも今回と同じセファイド変光星による距離測定を利用しています。

その結果、2つの研究チームによるセファイド変光星の距離の推定値は、お互いに±0.9%という極めて高い精度で一致しました。2つの研究は独立した方法で距離を推定しているため、これらが一致するということは、Reyes氏とAnderson氏はSH0ESの結果を独立して裏付けたことになります。

今回の研究により、セファイド変光星を利用して求めたハッブル定数の値はH0=73.04±1.04km/s/Mpcであるという結論が裏打ちされました。一方でこの値は、宇宙マイクロ波背景放射 (宇宙最初の光) から測定されたハッブル定数であるH0=67.4±0.5km/s/Mpcとは5.6もの差があります。

ハッブル緊張が何を意味しているのかは未だに謎です。それぞれの測定法に致命的な誤りは見つかっていないので、緊張状態を解消するためには別の理由を探す必要があります。

例えば、暗黒エネルギーや重力の正確な性質や、宇宙の時空間の形や連続性に関する正確な理解は、ハッブル緊張の解決だけでなく、宇宙そのものの正確な理解に繋がる可能性もあります。また、今回の距離測定法を利用すれば、個々の星団や銀河の距離をより正確に測るなど、他の研究にも応用できることが期待されます。

Source

  • Mauricio Cruz Reyes & Richard I. Anderson. “A 0.9% calibration of the Galactic Cepheid luminosity scale based on Gaia DR3 data of open clusters and Cepheids”. (Astronomy & Astrophysics)
  • Sarah Perrin. “A new measurement could change our understanding of the Universe”. (École polytechnique fédérale de Lausanne)
  • Adam G. Riess, et.al. “A Comprehensive Measurement of the Local Value of the Hubble Constant with 1 km s−1 Mpc−1 Uncertainty from the Hubble Space Telescope and the SH0ES Team”. (The Astrophysical Journal Letters)
  • Planck Collaboration. “Planck 2018 results; VI. Cosmological parameters”. (Astronomy & Astrophysics)
  • Jose María Ezquiaga & Miguel Zumalacárregui. “Dark Energy in Light of Multi-Messenger Gravitational-Wave Astronomy”. (Frontiers)

文/彩恵りり

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