<書評>『琉球切手を旅する』 図柄に秘めた美術家の抵抗

 琉球切手とは、沖縄で1948年から72年にかけて発行された259種の郵便切手のことだ。日米間で宙づりとなった戦後の沖縄は切手も自前で調達しなければならなかったが、かえってこの特殊事情(そして独特の意匠や色彩)がコレクターの関心を引き、郵便事業主たる琉球政府の外貨獲得に貢献することとなった。

 本書では、丹念に取材された琉球切手にまつわる数々の挿話が、著者の親族の物語と沖縄の戦後史を重ね合わせる手だれの筆致で繰り広げられる。1958年東京生まれの沖縄2世である著者は、両親のもとに故郷から届く郵便物に貼られた琉球切手に格別な愛着を抱いた。長く帰郷のかなわなかった父が58年発行の守礼門復元記念切手で送られた封筒を大事にとっていたという著者の記憶は、小さな切手が当時の島と人々をつなぐメディアだったことを伝える。それはまた、切手の図案製作者たちが強く意識していたことでもあった。

 出入域もままならぬ閉塞(へいそく)した沖縄でも、郵便物は自由に日本や世界へ旅した。それに同行する切手にどんなビジュアル・メッセージを盛り込むべきか。伊差川新や安谷屋正義、玉那覇正吉、大城皓也、大嶺政寛ほか多くの美術家たちがデザインに情熱を傾け、何人かは琉球政府の切手発行計画や図案を審議する委員に就任して、モチーフにまで介入する米軍の圧力を硬軟両様にかわしつつ新柄の琉球切手を世に送り続けた。本書は琉球切手に秘められた美術家たちの真摯な抵抗の覚書でもある。

 思えば占領期の27年、沖縄人は強大な軍事支配に直面しながらもしたたかに誇りを守ってきたし、どうにか一国並みの政府も運営しおおせた。切手の図柄にさえアイデンティティーを賭した時代とは、暗く悲愴なだけのものではなかった。日本復帰後の系列化の50年を顧みて失ったものの大きさに嘆息するだけでなく、あの時代を生きた沖縄人の気高さを伝える努力が未来のために必要だ。本書はおそらくその一つの試みなのだろう。

(豊見山和美・ポジション・ミン沖縄主宰)
 よなはら・けい 1958年東京都生まれ、ノンフィクション作家。著書に「まれびとたちの沖縄」「赤星鉄馬 消えた富豪」など。

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