横浜博覧会で伊藤銀次がプロデュースした “それぞれのビートルズ” ともいえるイベント  生涯忘れない! 感動的だった「Maxwell’s Silver Hammer」の演奏

1989年横浜博で開かれた銀次プロデュースの「ビートルズ・イベント」

バブル全盛期の1980年代の日本は、ジャズやフュージョンのビッグアーティストが大挙出演する『ライブ・アンダー・ザ・スカイ』などに代表される、今では考えられないような、お金のかかったすごいイベントが数多く開かれたものだった。

1989年というと、そのバブルが崩壊するまさに直前だったのだけど、こういったイベントはまだ健在で、以前、『第1回:伊藤銀次のプロデュースイベント「BRITISH COVER NIGHT」汐留PITで開催!』でご紹介した1989年4月に開かれた『BRITISH COVER NIGHT』など、いくつか僕にもイベントのプロデュースの依頼が来たものだった。

その中で一番印象に残っているのが、おなじく1989年の8月5日に横浜博覧会の東芝館で開かれた、銀次プロデュースの「ビートルズ・イベント」だった。

この話が僕に来たのは、この頃、僕が東芝EMIのアーティストで、ビートルズに影響を多大に受けていたことが大きいと思う。もちろん快く引き受けたのだけれど一つ大きな問題点があった。

「なにかビートルズをテーマにお願いします」という嬉しい依頼だったが、『BRITISH COVER NIGHT』と違い、このイベントは当日横浜博に来ているお客さんが無料で入場できるという。なのであまりマニアックな内容にはできないのだった。

そこで知恵をしぼって、敢えて、ある程度一般の方にも認知度のある出演者を選び、それぞれの思い出や思い入れのあるビートルズの曲を選んでいただき、ステージ上にソファをおいて、そこで「徹子の部屋」のように出演者の方とお話をしたのちに歌い演奏していただくトーク&ライヴという構想を立てた。

生涯忘れられない感動的な演奏、坂田明が歌う「Maxwell’s Silver Hammer」

出演をお願いしたのは、早見優さん、石川優子さん、「桃色吐息」の作曲者としてお馴染みのシンガーソングライターの佐藤隆さん、ジャズミュージシャンの坂田明さん、そして、当時大好きだったお笑いのちびっこギャング。

各アーティストとの打ち合わせが始まると、いやはや各人全く異なるおもしろい思い出ばかりで、あらためてビートルズの裾野の広さに感銘した。それと共に、これは1ミリもマニアックではない、いい感じのイベントになる予感がしてきたものだった。

手元にセットリストを取っておかなかったので、選曲に関して、早見優さんが「I Saw Her Standing There」、佐藤隆さんが「Rock And Roll Music」を歌ってくれたくらいしか記憶にないのだが、そのなかでも坂田明さんの「Maxwell’s Silver Hammer」は生涯忘れられない感動的な演奏になったのだった。

坂田さんがこの曲を選んだのには理由があった。かって小学校の音楽の先生だった坂田さんの奥さんが、生徒たちにリコーダーやアコーディオンやハーモニカで演奏させ、それに加えて曲中の ♪バンバン―― というくだりで、お手製の小さなハンマーを持った子供たちにパイプを叩かせてこの曲を演奏させようとしたら、学校側から "ビートルズはロックだからダメだ" と止められたというのだ。

ビートルズに武道館を使わせるのはイカンというのと同じ、前近代的な日本を感じさせるエピソードだが、坂田さんはこのときの奥さんの悔しさを今回晴らしたいという。もちろん僕はそこで大いに意気に感じたのだが、さてそれではいっしょに演奏してくれる小学生たちをなんとかしなければならなくなった。

小学生たち、ありがとう!! 大成功に終わった横浜博のイベント

―― と、そこでハタと閃いたのが、かつて僕が坪田直子さんのバックバンドをやってたときのキーボード奏者、伊原福富君の存在だった。彼はその後、小学校の音楽教師となり、なんと70年代に荒川区立赤土小学校にリー・オスカーのウォーを呼び、小学生たちに聴かせたというとんでもない男(これは当時のジャズ雑誌でも超話題になっていた)。

「そうだ、彼ならこの話をなんとかしてくれるのでは!」と連絡してみたら、さっそくその時彼が赴任していた板橋区立高島第五小学校と掛け合ってくれて、嬉しいことにOKが出た。

あらかじめ送っておいた音資料を伊原先生が彼等用に編曲、坂田さんと彼らの初の音合わせのために小学校まで出向いて、20人ほどの子供たちからなる音楽隊を目にしたときは、それまで体験したことのないワクワク感でいっぱいになったね。

坂田さんのサックス、リコーダーやハーモニカ、アコーディオン、♪バン! バン! というフレーズに合わせて、銀紙をはりつけたハンマーでパイプを叩く音が聴こえてきた時、なんとも言えない至福感に満たされたものだった。

いよいよ当日、坂田さんのお話が終わってこの曲が始まると会場は大盛り上がり、演奏が終わっても拍手はなかなか鳴り止まなかった。おかげで「それぞれのビートルズ」とも言える横浜館のイベントは大成功に終わり、僕は大任を果たすことができたのでした。

あらためて坂田さん、伊原先生、そして小学生たち、ありがとう!! 普段接することのできなかった音楽のすばらしい一面を知ることのできた貴重な体験でした!!

カタリベ: 伊藤銀次

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