月面着陸に至らなかった原因はソフトウェアにあり 民間月探査「HAKUTO-R」続報

株式会社ispaceは5月26日、同社の月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1について、2023年4月に実施された同ミッションのランダー(無人月着陸船)による着陸シーケンスのフライトデータ解析結果を発表しました。それによると、ランダーは特に着陸直前の段階におけるソフトウェアの動作が原因となって推定高度に誤差が生じ、月面に自由落下したものとみられており、着陸後の運用は不可能であると最終的な判断が下されています。【2023年5月26日17時】

【▲ 月面へと降下するランダーの想像図。ispaceが公開している動画より(Credit: ispace)】

ispaceのHAKUTO-Rミッション1は「ランダーの設計及び技術の検証」と「月面輸送サービスと月面データサービスの提供という事業モデルの検証及び強化」を目的としており、ランダーは「氷の海」の南東に位置するアトラス・クレーターに着陸する予定でした。成功すれば民間企業としては初の月面着陸でした。

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2022年12月11日(日本時間・以下同様)に米国フロリダ州のケープカナベラル宇宙軍基地からスペースXの「ファルコン9」ロケットで打ち上げられたHAKUTO-Rミッション1のランダーは、2023年3月21日に月を周回する軌道へ到達することに成功。2023年4月26日0時40分に高度約100kmの月周回軌道を離脱して着陸シーケンスに従い降下を開始し、1時間後の同日1時40分に着陸する予定でしたが、着陸予定時刻頃にミッションコントロールセンター(管制室)との通信が途切れた後、ランダーとの通信が再確立されることはありませんでした。

【▲ HAKUTO-Rミッション1の着陸シーケンスを示した図(Credit: ispace)】

ispaceによると、フライトデータを解析した結果、ランダーは着陸シーケンスにおけるすべての減速運用を完了して秒速約1mという計画通りの降下速度かつ垂直の姿勢で月面に接近していたものの、ランダーが推定高度ゼロ(=月面に到達)と判断した時点での実際の高度はまだ約5kmだったことが明らかになりました。高度ゼロと判断した後もランダーは接地するまで低速で降下し続けたものの、途中で推進剤が尽きたために自由落下し、月面に衝突したものとみられています。

着陸運用実施後の4月26日午前にispaceが開いた会見では、データ上の推定高度と実際の高度に誤差が生じることはあらかじめ予想されており、データ上の高度がゼロになっても月面に接地するまでは主推進系を噴射して降下し続けることになっていたものの、機体の実際の高度が高すぎたために、降下を続ける途中で主推進系の推進剤が尽きてしまった可能性が言及されていました。今回の解析ではこの予測が裏付けられたことになります。

なお、5月23日にはアメリカ航空宇宙局(NASA)の月周回衛星「ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)」で撮影されたHAKUTO-Rミッション1ランダーの着陸予定地点付近の画像が公開されており、ランダーの破片の可能性もある何らかの物体が散乱している様子を確認できます。

【▲ NASAの月周回衛星ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)で撮影されたHAKUTO-Rミッション1ランダー着陸予定地点の拡大画像を着陸運用前の画像と比較したアニメーション。矢印の先に何らかの目立つ物体が写っている(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Arizona State University)】

関連:月探査機で撮影したランダー着陸予定地点付近の画像をNASAが公開 民間月探査「HAKUTO-R」続報(2023年5月24日)

また、ispaceによれば、高さ約3kmの崖のような地形になっているクレーターの縁(外輪山)をランダーが通過した時、センサーで測定された高度が急激に上昇していたこともフライトデータの解析で確認されました。

高度の変化はクレーターの外部から飛来したランダーが縁を通過しつつクレーターの内部(底)の上空へとさしかかる過程で生じたとみられますが、事前に設定されていた推定高度の値と想定以上の乖離が生じたことでランダーのソフトウェアがセンサー側の異常値であるという判断を下し、それ以降のセンサーによる測定高度の情報を遮断したことが、高度測定の誤りにつながったとみられています。

推定高度から著しく乖離した測定高度のデータを用いないようにする機能は、センサーに不具合などが発生した場合でもランダーの安定運用を維持するために設計されたものだとされていますが、結果的に約5kmという高度の誤差が生じることになりました。その背景事情の一つとして、ispaceは着陸地点の変更にともなう影響を十分に検証できなかった点に言及しています。

【▲ NASAの月周回衛星ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)で撮影されたアトラス・クレーター内部の様子。クレーターの北東側40×45kmの範囲が捉えられており、画像上部にはクレーターの縁(外輪山)の一部も写っている(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Arizona State University)】

同社によると、HAKUTO-Rミッション1の詳細設計審査(CDR)は2021年2月に最終完了したものの、その後にランダーの着陸地点がアトラス・クレーターに変更されました。同社は着陸地点の変更が及ぼす影響を考慮して可能な限りの検証を行ったものの、飛行ルート上で想定される月面の環境がソフトウェアに及ぼす影響の範囲を適切に認識し、設計へ十分に織り込むことができなかったと述べています。

いっぽう、ランダーのハードウェアについては大きな改修などは不要であり、ミッション1と同じ設計(シリーズ1)のランダーを用いる「ミッション2」(2024年実施予定)では打ち上げから月周回軌道投入までの各段階での成功を踏まえてより効率的な運用を実現可能だとispaceは述べています。

同社はソフトウェアの改修と事前のシミュレーションの範囲拡大を通してミッションの精度向上を目指し、ミッション2および新設計のランダー(シリーズ2)を用いる「ミッション3」(2025年実施予定)の打ち上げ時期に特段の変更はないとしています。

Source

  • Image Credit: ispace, NASA’s Goddard Space Flight Center/Arizona State University
  • ispace \- ispace、民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1 成果報告を発表

文/sorae編集部

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