主語は「佐々木」

 「うーん、少し苦しいんですかねえ…。下を向いてる時間が多くなってる気がします」「迫れる手がうまく見つけられるかどうか。ここは、うーん、そうか…。何とかくっついていればチャンスがありますか…」▲初めてタイトル戦の晴れ舞台で戦う弟子を師匠が見守る。カメラの存在を忘れてしまったわけではないだろうが、語り口からは“主語”が徹底して省略されていた。成長過程をずっと見てきたのだ、心配にだって歴史の蓄積がある▲将棋の藤井聡太七冠=竜王・名人・王位・叡王・棋王・王将・棋聖=に、対馬市出身の佐々木大地七段が挑む棋聖戦の五番勝負。ベトナムで5日に指された第1局は藤井さんが勝利を収めた。佐々木さんの師匠、深浦康市九段=佐世保市出身=は解説役でインターネットテレビ局の中継に▲佐々木推しの私たちには残念な結果となった。だが、藤井さんの得意な「角換わり」の戦型を後手番で受けて立ち、感想戦では藤井さんにも発見できなかった妙手を佐々木さんが指摘する場面もあった。勝負はこれからだ▲ところでこの将棋、翌日の各紙には「藤井好発進」の見出しが並んだが、もちろん本紙は「佐々木黒星」▲勝っても負けても主語が「藤井」になる今の将棋界だ。別の主語で語れる地元の幸運をしみじみと思う。(智)

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