津山恵子のニューヨーク・リポート Vol.10 民主主義の後退が進む? 2024年米大統領選挙で

民主主義の後退が進む? 2024年米大統領選挙で

6月7日、カナダの森林火災による大気汚染で太陽が隠れ、曇ったマンハッタンを見ながらこれを書いている。突然の煙害に襲われるまで、きれいな空気は当たり前だと思っていた。今は、窓を閉め切り、空気清浄機をかけてアパートに閉じこもっている。 「それを失うまで、何を手にしているのかは知らない」―。ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」の主役キャリーの気持ちがよくわかる数日間だと、経済ニュースのメルマガがおどけて書いていた。キャリーは多くのデートの末、最大の憧れであるイケメン男性とはすれ違いばかりという主人公だ。  

きれいな空気、きれいな水、家族、安全など当たり前の存在だと思っていたものが失われる。こうしたことは、現実に起きるのだ。実は、私たちがアメリカや日本で自由に生活していけることを保証する民主主義でさえ、その危機にあるかもしれない。なぜか。  

大気汚染の赤い空に囲まれた6月7日までに、2024年大統領選挙の候補者の顔ぶれがほぼ出揃った。まず、共和党候補からおさらいしよう。  

ドナルド・トランプ前大統領は昨年11月、出馬表明し、歴史上最も早い時期に選挙戦を始めた。24年11月の投開票日まで約2年という長丁場だ。ところが連邦の司法当局と、マンハッタンの地方検察官に起訴された。後に始まる裁判では「被告」となる。有罪になれば、刑務所で服役する可能性もある。  

しかし、起訴されたことでトランプ支持者らは逆に活気付き、選挙陣営には巨額の寄付金が舞い込んでいる。今後もトランプが起訴される可能性がある捜査は全米で少なくとも2件ある。しかし、「犯罪人扱い」されるほど、トランプ陣営は盛り上がるという状況だ。  

トランプに対抗する最有力馬として、フロリダ州知事、ロン・デサンティスも出馬表明した。彼は「トランプ、プラス脳みそ」と呼ばれ、元弁護士で論客である。政策は、トランプよりもさらに極右的とされる。例えば、フロリダ州内の学校で多様性について教えるカリキュラムを禁止し、50以上の教科書出版社が内容を削除するなどの対応に追われた。  

また、トランプ政権のマイク・ペンス副大統領も立候補を発表。かつての右腕で強力な守護神だったにもかかわらず、トランプを攻撃する発言を繰り返している。具体的には、21年1月6日に起きた連邦議会議事堂襲撃事件についてトランプに責任があるという批判だ。ペンスと彼の家族は、襲撃した暴徒に見つかる寸前に議事堂を脱出した。  

22年中間選挙で投票を呼びかける タイムズスクエアのビルボード(Photo: Keiko Tsuyama)

トランプ対抗馬の3人目は、前ニュージャージー州知事のクリス・クリスティー。「反トランプ」としては3人のうち急先鋒で、「孤独で自分勝手な豚(トランプ)は指導者ではない」と出馬表明の際、発言している。  

一方、民主党候補では、バイデン大統領がすでに立候補を明らかにしている。表明では、「民主主義を守るため」と単純だが悲壮な言葉を口にした。なにしろ、対するは、トランプ、デサンティスといった「独裁者」的な候補者らだ。国民の権利が平等に守られる民主主義を打ち出すのも無理はない。  

気になる24年本選挙の大統領候補だが、今のところはバイデン民主党候補とトランプ共和党候補が残るという見方が大勢だ。民主主義が最も活発だと目されてきたアメリカで、80代候補が4年前に続いてまたもや一騎打ちとなる。しかも、民主主義の中での政策争点を競うのではなく、バイデン=民主主義、トランプ=独裁主義の争いというあり得ない選択を迫られる。  

アメリカでは、民主主義が「後退」あるいは「劣化」しているのではないか。そう思う所以だ。きれいな空気と同じく、あらゆる困難のうちに民主主義も失われつつあるのではないか。  

日本では6月8日、入管法改正案をめぐって、自民党が参院法務委員会で強行採決を行い、可決した。野党議員が強硬に反対するにもかかわらず、与野党議員がもみくちゃになる中での採決。以前、台湾議会ではパンチしたり、椅子を投げたり、髪を掴んだりの乱闘があったが、日本も同じようなものである。  

国会議事堂の外では連日、過去にはデモなどしなかった日本人が数千人も集まり廃案を求めている。入管法改正案によって、難民申請中の人が強制送還され、本国で命を落とすかもしれないためだ。デモで涙を流す市民さえいる。  

民主主義の「後退」あるいは「劣化」は、政治家の「劣化」から起きる。日本は世襲議員が多く、自民党一党支配が長く、国民との乖離が進んでいる。一方、米政界では選挙に巨額の金が動く。テレビCMやソーシャルメディアで世論が形成され、政治家の本質が知られにくくなる。それぞれの観点から日本の国会議員の劣化、そして米大統領候補者の劣化を同時に痛感している。

津山恵子 プロフィール

ジャーナリスト。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

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