キノコホテル創業16周年の節目を必ず東京キネマ倶楽部で迎えるのだという自分自身との約束をマリアンヌ東雲が果たした至福の一夜

2023年(令和5年)6月24日(土)、東京キネマ倶楽部(東京都台東区根岸)にて『キノコホテル創業16周年記念大実演会 サロン・ド・キノコ~麗しき進化論』が開催された。 昨年の同日、神田明神ホールで行なわれた『サロン・ド・キノコ〜厄除け総決算 THE FINAL』以来、待ちに待ったキノコホテル1年ぶりの営業再開であり、この日を長く心待ちにしていた胞子(ファン)と共にバンドの創業(結成)16周年を慶ぶ盛大な祝宴だ。 キノコホテルの創業者であり総支配人であるマリアンヌ東雲(歌と電気オルガン担当)以外の従業員が全員退職、新体制で営業再開する旨を発表していたキノコホテルが今後どのような営業展開を見せるのかが遂に明らかとなる、大いなる節目と言うべき実演会。その期待値の高さの表れなのだろう、大挙詰めかけた胞子及び関係者の入場が滞り、17分押しで開演となった。

撮影:大参久人

10日前に発売された、通算9作目となるオリジナル作品『マリアンヌの教典』は安心と信頼のキノコホテル・クオリティを保持しており、バンド内の大変革をものともしないマリアンヌ東雲の作曲家/プロデューサーとしての才能をあらためて実証してみせた格好だったが、その都度パートタイム従業員を雇用して披露されるという実演会の質は果たして保たれるのかどうか。だが、そんな余計な心配は当然の如く杞憂に終わった。 客電が落ち、SEの「マリアンヌの教典」にのせて現れたパートタイム従業員、そしてマリアンヌ東雲に向けて、この日を待ちかねた胞子たちが惜しみない歓声と拍手を送るなか、SEの後半から突如生演奏に切り替わる演出が実に粋で、いやがうえにも期待が高まる。 この1年の沈黙を打ち破った1曲目は、意外にも「有閑スキャンドール」。てっきり『マリアンヌの教典』の1曲目「諦観ダンス」で始まるのかと思いきや、このはずし具合。こう来ると思ったでしょ? そうは行くか! という渾身のあっかんべー。これぞキノコホテルの面目躍如だ。 なお、この日は肋骨やヒゲの未亡人などの活動で知られるALiによるVJも演出として導入され、楽曲のリズムや展開と呼応して、時に色彩豊かに、時に妖しくサイケデリックに、まるで万華鏡のような視覚効果を生んでいた。 2曲目は件の「諦観ダンス」。それ以降、「キネマ・パラノイア」、「アケイロ」、「五次元Surfin'」と『マリアンヌの教典』収録曲を連射していく。妖艶な制服を身に纏ったその佇まいこそ従来のキノコホテルのままだったが、その実、目前で轟音を繰り出す新生キノコホテルの存在感は明らかにその凄みを増し、着実にスケールアップを果たしていた。

撮影:佐藤倫生

キノコホテルの形態がパーマネントのバンドではなくなるという知らせを聞いて一抹の不安を覚えたのは、一蓮托生のバンド特有のアンサンブルとグルーヴが失われてしまうのではないか? ということだった。メンバー各自が一定のリズムを合わせようとしても決してジャストにはならず、微妙なズレがそのバンド独自のグルーヴを生む。摩擦係数の高さが妙味を生じさせるバンド形態はだからこそ面白いわけだが、新章を迎えたキノコホテルの指針はスタジオ・ミュージシャンなどのプロ奏者をその都度揃えるというスティーリー・ダン的手法、あるいはアフリカン・ビートを導入するために黒人ミュージシャンを起用した『REMAIN IN LIGHT』でのトーキング・ヘッズ的方法論とでも言うのか。バンドと言うよりもマリアンヌ東雲によるソロ・ユニットが基本形態となる新生キノコホテルに従来のライブでの一体感やグルーヴを求めるのは酷なことなのだろうか? という憂慮が当日を迎えるまでにあったのだが、それも杞憂に過ぎなかった。 というのは、1年ぶりに体感したキノコホテルが紛うことなきバンドそのものだったからだ。 2021年秋の実演会以降、たびたび臨時従業員を務め上げたドラムス担当のバーバラ関ヶ原(関 優梨子)、数々のレジェンド・バンドに共演を請われる電気ベース担当のアンジェリーナ嶋原(中西智子)、従来のキノコホテルには希薄だったオルタナティブ・ロックの音色と匂いまで傾注する電気ギター担当のジャネット石神井(石井さやか)という百戦錬磨の腕利きミュージシャンに支えられ、マリアンヌ東雲が実に唄いやすそうに見え、また流麗に電気オルガンを弾き倒しているように見えた。それはバーバラ関ヶ原とアンジェリーナ嶋原のリズム・セクションがマリアンヌ東雲に遠慮することなくぐいぐいとバンド全体を牽引していたからであり、その鉄壁のリズムとビートに自然と身を委ねられたからこそ、上物の電気オルガンと電気ギターは自由に跳ね回ることができたのではないか。おそらくは今後パーマネントの編成とはならないであろう、この日限りのキノコホテルが通常のバンド以上にバンドらしかったというパラドックス、ねじれ現象が面白い。 「従業員全員退職、それが何か?」とでも言いたげなマリアンヌ東雲の不適な笑みを思い浮かべずにはいられない音の渦を一身に浴び、さらに強度が増し、逞しくなった「おねだりストレンジ・ラヴ」を聴いてキノコホテルの健在を実感──どころか、この日の実演会のキーワードでもあるバンドの華麗なる進化を痛感せざるを得なかった。

撮影:佐藤倫生

撮影:佐藤倫生

「ただいまー! 貴方たち、(サクラの)バイトじゃないわよね?」とフロア後方までぎっちりと埋まったフロアへ向けておどけて見せた後、「愛はゲバゲバ」、『マリアンヌの教典』屈指の神秘的なバラッド「渚の残像」と続き、同じく『マリアンヌの教典』収録の「青き斜陽」へ。個人的に最新作の中で一番好みの楽曲というのもあるが、この「青き斜陽」を前半のハイライトに位置づけたのが今のキノコホテルを象徴しているように思えてならない。 もう決して若くはない自分、いつのまにか大人になってしまった自分自身を見つめ、互いに違う道を歩むことを選んだかつての仲間へ捧げたと思しき「青き斜陽」で唄われる世界観は珍しく素顔のマリアンヌ東雲に近いものを感じたし、儚く虚しいビターな人生をこうして等身大の歌として昇華できるのであれば、今後のマリアンヌ東雲がソロ名義の作品をつくる必然性もないだろうと思った。「青き斜陽」のような歌、ある種の諦念をも受け入れられる表現を包み隠さずできるという今のキノコホテルにのりしろの広さを以前と変わらず感じられたし、キノコホテルとはマリアンヌ東雲そのものであると純粋に思えたからだ。青春の残影を思わせるそのメランコリックかつノスタルジックな曲のアウトロでマリアンヌ東雲がステージの袖にはける演出もとても美しかった。 インストの「#84」が始まると、サックスの竹内理恵、ダンサーのOdileとEVAが登場。マリアンヌ東雲の不在は、バーバラ関ヶ原がこのバンドのバンマスとして屋台骨を支え、全体を引っ張っていることをより感じさせる。竹内のホーンが合奏に彩りと華やかさを加え、両脇に位置するOdileとEVAのパフォーマンスがフロアの一体感をより強めた功績は大きい。 元は大人の社交場、グランドキャバレーだったという空間に相応しいゴージャスな演目のさなか、早々に着替えを終えて現れたマリアンヌ東雲は全身銀まみれ、歩くミラーボールとでも言うべき派手な出で立ち。華美で煌びやかな作風が特性だった『マリアンヌの奥義』収録の「女と女は回転木馬」のような曲を魅せるには格好の衣装だと言える。 個人的にキノコホテル史上屈指の名曲の一つと信じてやまない「冷たい街」に続き、「莫連注意報」ではマリアンヌ東雲が拡声器と鞭を駆使しながらステージを駆け回り、ボーカルが歪みきった「キノコノトリコ」ではスクリーミングも炸裂披露、一気呵成に畳みかける。『マリアンヌの教典』収録の「夜はおあずけ」はライブだとスカのリズムがより強調された感があり、心地好く踊れる一曲として今後実演会の定番曲となりそうだ。

撮影:大参久人

撮影:佐藤倫生

ここまでの15曲を体感しただけでもよくわかるが、キノコホテルのレパートリーはジャンル的に実に多彩で、普遍性とスタンダード性を兼ね備えたものが多い。自身を除く全従業員が退社する事態となり、そこでバンドの看板をおろすことになればこうした不滅の名曲群が公衆の面前で披露される機会は失われていたはずで、是が非でもキノコホテルの屋号を死守しようとしたマリアンヌ東雲には感謝の念を抱かずにはいられなかった。そればかりではなく、その後の彼女のMCを聞いて畏怖の念を抱いた胞子の皆さんも多かったのではないだろうか。 「呪いの神田明神から1年、早いものね。まさか1年で戻ってこれるとは思わなかったでしょ?」とフロアへ語りかけるマリアンヌ東雲いわく、実は去年の7月の時点ですでにこの日の東京キネマ倶楽部のスケジュールを押さえていたという。曲も何もないところからスタートし、レーベルに新作のリリースを打診、選りすぐりのパートタイム従業員を招集、レコーディングを敢行、アルバム発売に漕ぎ着け、そしてその最新作がディスクユニオンの週間日本のロック・ポップスチャートで見事1位を獲得。そうして迎えた今日この日、ここキネマ倶楽部でキノコホテルの創業16周年を迎えるのは自分自身との約束だった。だから絶対、反故にはできなかったのだと語った。つまりこの創業16周年記念大実演会は、マリアンヌ東雲にとって1年越しの“sweet revenge”、刃を研ぎ続けることを日夜忘れず、用意周到に準備してきた甘美な復讐だったのだ。 「この1年で自分を必死に鼓舞し続けて、またさらに成長できたと思った。やればできると思った。自分を信じて頑張っていれば成し遂げられることもある。自分自身を愛せるようになって、他人も愛せるようになった。この日を待っていてくれて本当にどうもありがとう」 キノコホテルの営業再開を待ち続けてくれた胞子たちへ向けたそんなスピーチの後に「私の讃美歌」がさらっと披露される流れがまたスマートだった。この1年、嵐の中で咲き誇る一輪の薔薇として生き続けたマリアンヌ東雲は、不退転の覚悟でキノコホテルを堅守した。自身を叱咤激励し続け、孤軍奮闘の毎日を過ごしてきた彼女が唄うからこそ胸に響き、心に沁みた「貴方は負けない」というフレーズ。これだけは決して失ってはならないというかけがえのないものを守り抜く気高さ。そんなことを歌の主題とした「私の讃美歌」こそ、この日の実演会全体を象徴した感動的な一曲だった。

撮影:大参久人

湿っぽい雰囲気を乾かすような「悪魔のファズ」でダンサーが再登場、本編最後の「暦日フィナーレ」ではサックスの竹内理恵が再登板し、満を持してのメンバー紹介。妖艶な淑女が7人も並ぶだけで圧巻かつ壮観だ。電気ベース・アンジェリーナ嶋原、電気ギター・ジャネット石神井、ドラムス・バーバラ関ヶ原、サックス・竹内理恵、ダンサー・Odile&EVA、歌と電気オルガン・マリアンヌ東雲の順で紹介され、各自スポットライトを浴びながらソロ回しを見せるのもこれぞ傾(かぶ)きの真骨頂といった感じで身震いする。バンドの代表的なレパートリーを随所にバランス良く織り交ぜながら、本編の最後はあくまで最新作の最新曲で締めるところに、最新形のキノコホテルこそが常に最高なのだというマリアンヌ東雲の気概、揺るぎなき矜持のようなものを感じた。

撮影:大参久人

撮影:佐藤倫生

まだまだ聴き足りない、見足りない胞子たちは当然の如くアンコールを激しく求める。ツアーTシャツに着替えたパートタイム従業員3人が先に現れ、同じくツアーTシャツを制服の中に着込み、「サムライ」のジュリーを彷彿とさせる帽子を被ったマリアンヌ東雲が少し遅れて登場。 深夜の街を彷徨う背後の映像と合わせて披露される「夜の素粒子」は、電子オルガンと波長を合わせるジャネット石神井の幻想的なギター・ソロが情感豊かで素晴らしかった。続く「もえつきたいの」で結成から16年もの歳月を経た時の流れに感慨を覚え、ダンサー2人を交えた「真っ赤なゼリー」、サックスの竹内を交えての大団円「キノコホテル唱歌」と従前の定番曲を決して外さずに披露。前任の電気ギターと電気ベースがやっていた恒例の振り付けがなかったのは若干寂しく感じたが、今日これだけの感動を与えてくれたパート従業員に対して多くを求めるのは失礼だろう(マリアンヌ東雲に「わきまえなさい」と言われるに違いない)。

撮影:佐藤倫生

気づけば本編80分強にアンコール30分弱という大ボリューム。マリアンヌ東雲自身、「もしかしたら今までの人生で一番幸せな日だったかも知れない」と後日SNSに書き記したほどだったのだから、疾風怒濤の大実演会はまさに至福の時間だったと言うほかない。ぼく自身、キノコホテルという音楽至上主義を貫くバンドの復活を心から喜んだし、「キノコホテル唱歌」の最後の最後、サイレンの映像と被さるようにキノコホテルのロゴが背後のスクリーンに大きく映し出され、投げキッスをしながらステージを去りゆくマリアンヌ東雲へ向けて「支配人、おかえりなさい!」と熱く大声で叫ぶ胞子の皆さんの姿を見て思わず涙腺が緩んだ。胞子とはキノコホテルに対して最大限奉仕する存在というだけではなく、キノコホテルが最大級の奉仕をする対象でもあるのではないか。そんな演者と観客の実に理想的な関係性をあらためて感じることができたし、マリアンヌ東雲一人だろうとキノコホテルはキノコホテルであり、バンドの歴史はまだまだ終わらない。「暦日フィナーレ」の「愉しいのはこれから」という歌詞の意味を充分理解しているのは他ならぬ生粋の胞子の皆さんだろう。 この日、東京キネマ倶楽部に集まった胞子の皆さんなら、キノコホテルの、マリアンヌ東雲の底知れぬ魅力を熟知しているはずなのでこれ以上伝えることはないのだが、たとえば「初期のGSの頃は好きだった」と仰るかつての胞子の皆さん、退社した歴代の従業員を推していた方々にも、ぼくはぜひ今現在のキノコホテルを体感してほしいのだ。2023年最新のキノコホテル、ちょっと凄いよ? と言いたいし、知らしめたい。あなたのほうから手を離しただけで、マリアンヌ東雲はコロナ禍も従業員の変遷も意に介さずにキノコホテルの営業をどっこい続けているし、しかも着実に進化を遂げている。キノコホテルの絶え間ない変化、それも自身に課したハードルを超え続ける変化はこれからもずっと続くだろうし、変わり続けることが変わらないというマリアンヌ東雲の流儀は変わらない。そう、それこそがキノコホテル独自の麗しき進化論なのだから。(Photo:大参久人・佐藤倫生 / Text:椎名宗之)

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