倉敷市立自然史博物館 ~ 1983年の開館から40年。昆虫・植物などの資料を100万点以上収蔵する博物館

倉敷市立自然史博物館は、中央図書館や美術館などがある中心市街地にあり、昆虫や植物・動物・地学などの分野に関する展示資料は、常に11,000点を超えています。

1983年に開館2023年には40周年を迎え、収蔵資料は104万点を超えました。

行政主導ではなく、自然を愛する市民から始まった倉敷市立自然史博物館。

常設展示室に加えて、普段入ることのできない収蔵庫収蔵資料なども紹介します。

倉敷市立自然史博物館とは

筆者は倉敷市立自然史博物館と聞くと、まず1階エントランスホールで迎えてくれるナウマンゾウの親子を思い浮かべます。

▼左が自然史博物館のアイドル「パオちゃん」、右がパオちゃんのお母さん「ナウママ」です。

左:パオちゃん、右:ナウママ

名前を知ると、より愛着が湧きませんか?

鼻を動かして鳴くリアルな存在感に圧倒されます。

▼倉敷市立自然史博物館の簡単な位置はこちら。

大原美術館などがある美観地区の西側です。

倉敷市立美術館や倉敷市立中央図書館に隣接する北側にあります。

倉敷市のなかでも、市街地の中心の文化的な施設が集まる一角に位置しているのですね。

▼こちらの入口を入って左側が倉敷市立自然史博物館で、倉敷市の観光休憩所と同じ建物内にあります。

入るとすぐに、先ほど紹介したパオちゃんとナウママがお出迎えしてくれます。

入口左手にある幾何学模様の装飾。「昆虫・植物・動物」を模した「トンボ・植物の葉・カタツムリ」でしょうか。

展示物を紹介

倉敷市立自然史博物館では、おもに常設展示期間限定特別展示を見られます。

1階のエントランスホールから、2階、3階へと見学する順番で紹介しましょう。

エントランスホール

エントランスホールには紹介したナウマンゾウの親子の他にも、「ホッキョクグマの剥製(はくせい)」と「トリケラトプスの頭蓋骨模型」も出迎えてくれます。

ホッキョクグマの剥製は以前、とあるボウリング場で展示されていたものだそうですが、その後の所有者から倉敷市立自然史博物館に寄贈されています。

今にも動き出しそうな迫力があり、保存状態の良い立派なホッキョクグマです。

トリケラトプスの頭蓋骨模型」は、小学生以下の子どもが乗れます。

筆者の娘も喜んでまたがっていたのを思い出しました。

実は、倉敷市立自然史博物館の学芸員による手作り

発泡ウレタンや石こうで製作したそうですが、その発想力と実行力に驚きです。

2階 岡山県のなりたち(第1展示室)

第1展示室では、倉敷市児島下津井の郷土史家でもあった山本慶一(やまもと けいいち)さんによる化石のコレクションを紹介しています。

山本さんは、1950年頃から下津井の漁師網にかかった化石を収集。

のちに、1,000点を超えるコレクションを倉敷市立自然史博物館に寄贈しています。

山本さんがこれらの化石収集を始める前までは、化石が網にかかると破れるため漁師にとっては迷惑でしかなく、「そのまま海に返していた」と聞いたことがあります。

海底から引き揚げられたという、ナウマンゾウの化石の数や大きさに驚きです。

▼こちらは、生命の歴史を地球規模で学べる化石の展示室。

保存状態が良い、美しい輝きのある化石を間近に触って見てください。

虫眼鏡も準備されていますよ。

2階 岡山県のいきもの(第2展示室)

第2展示室では、さまざまな鳥、ヌートリアなどの動物の剥製が充実。

ヌートリアや展示されているイノシシ・ニホンジカなどは、駆除や事故などにより取得し動物標本として製作・展示しています。

動物の剥製のなかでも、ひときわ存在感のあるツキノワグマも展示

普段、野生ではなかなか見られない岡山県のいきものを間近に観察できます。

つぶらな瞳に癒されませんか。

2階 昆虫の世界(第3展示室)

第3展示室は昆虫の展示室

▼以下は、「同種内の個体変異が見てわかる標本」です。

採取する際に大事な記録である場所による地域差異をわかりやすく展示。

同じ種類の個体でも、北海道から九州まで、地域による細かな変異を見て確認できます。

「南部(琉球列島)の昆虫の展示」では、昆虫分野の学芸員が大学3年生のときに採取した「イシガキアオジョウカイ」も展示。

それまで、沖縄本島での同類の採取事例はあったそうですが、石垣島でこの仲間が採取されたのは初めて。

新種として認定され、学名として「テムス・イシガキエンシス」と命名されました。

説明がなければ、新種である希少な昆虫と気づくことも難しいですね。

ぜひ、こちらの「イシガキアオジョウカイ」も間近でみてくださいね。

「研究への活用」の展示では、「イシガキアオジョウカイ」のような新種の昆虫に関する研究成果などが紹介されています。

食べ物の多様性」の展示も必見。

学芸員の手作りによる「さまざまな生活場所で生息する昆虫の食べ物」です。

▼この写真では、動物の糞を食べる昆虫を紹介。

動物の糞(学芸員によりフリーズドライ加工)を食べる昆虫の紹介

この糞は学芸員によりフリーズドライ製作したものです。

まるで本物のように見えるこちらの展示物、すべてのボタンを押して楽しんでみてくださいね。

チョウを見つめる温かい眼差しが必見です。

また、花の蜜をすうチョウの標本が、まるで生きているかのように見事に再現されています。

3階 植物の世界(第4展示室)

第4展示室に入り、まず目に入るのが、昭和時代の部屋を再現した展示コーナー。

くらしのなかの植物」がテーマで、昭和時代には多くの木や竹などの植物を材料とした、生活必需品に囲まれて生活していたことに気づかせてくれます。

▼以下は、植物がまるで生きているかのような形での展示です。

押し花のような標本と違い、花や葉の色はもちろんのこと、それぞれの植物の全体的な外観がよくわかります。

こちらのコーナーでは、タイムリーな話題を紹介しています。取材時は、2023年現在のNHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルでもある、牧野富太郎(まきの とみたろう)氏にかかわる特別企画「牧野富太郎と岡山の植物」を展示。

最近になって、岡山県里庄出身の博物学者 佐藤清明さとう きよあき)氏が収集した植物標本コレクションのなかから、発見されたそうです。

標本ラベルもおそらく牧野博士の自筆とのことで、まさしくお宝の展示です。

それぞれの竹や笹の特徴が見てわかるよう、種類によっては葉の裏表の特徴や茎の部分までわかるように台紙に貼りつけています。

それぞれの標本には、学名や和名・採取場所・採取日が記載理されていますね。

3階 新着資料展(特別展示室)

収蔵標本の収集方法として、一番多いのが寄贈とのこと。

令和5年3月末時点の収蔵標本のうち、約93%が寄贈によるものと聞くだけでも、倉敷市立自然史博物館が地域のかたと密に関係していることに気が付きます。

例年、数万点の標本が寄贈されているため、寄贈物の一部の中から特別な標本について毎年「新着資料展」として公開されています。

植物や岩など土地の地権者の所有物とされる自然物とは異なり、昆虫は動くものであるため、法的な所有権がないそうです。

想像したことさえありませんでしたが、説明をうけると納得です。

寄贈が多い昆虫については、今回約5,000点も展示されています。

寄贈された昆虫標本の数々

また、多くの剥製も寄贈されています。

昭和時代の一般家庭では、床の間や玄関などで、動物の剥製が好まれて飾られていましたが、現代では飾られなくなってきました。

世代交代希少野生動物としての規制が厳しくなった影響などで、多くの剥製が手放されているそうです。

見事な象牙や多くのウミガメの剥製など

3階 ニタリクジラの骨格標本(エレベータ前)

3階エレベータ前には、令和3年9月に倉敷の水島港で発見された全長11.67mのクジラが骨格標本として、収蔵展示されています。

水島港に寄港していたタンカーの船首に引っかかっていたクジラです。地元瀬戸内海では見ることのない巨体で、ひきあげるだけでも大変だったそう。

大きすぎるため、常設展示ができないのが残念ですが、多くのかたがたの協力により、このように貴重な骨格標本が、次世代に受け継がれていくのですね。

収蔵庫の紹介

普段入ることのできない自然史博物館の心臓部である収蔵庫を案内してもらいました。

▼この狭い通路の左手に、昆虫などの貴重な標本が収蔵されています。

倉敷市立自然史博物館の心臓部 収蔵庫

標本を害虫やカビから守るため、収蔵庫の温度・湿度管理や年に一度「くん蒸(くんじょう)」といわれる殺虫処理が必要です。

ここで、昆虫が収蔵されている棚の前に案内されると同時に、「何か見てみたい昆虫はありますか?」との質問が学芸員からありました。

▼筆者が「ノコギリクワガタ」とリクエストすると同時に、収蔵・保管している標本を見せてもらったところ。

ノコギリクワガタの標本

質問されてから迷い探すことなく10秒もたたないうちに標本が取り出されます。

系統分類順に整理されていることを実感できます。

▼続いて別の標本として、「整然と並べられている10個体」を見せてくれました。

個体変異がわかる標本

筆者は左の標本が「ノコギリクワガタ」、右の標本は「コクワガタ」と自信をもって言いましたが大外れ。

実は、すべて「ノコギリクワガタ」とのことです。

「個体変異がわかる10個体の完全な標本がそろうためには、何百もの貴重な標本を集めてサイズの異なる標本をバランス良く選抜しなければなりません」との説明を受け、自然史博物館の重要性をより実感できます。

続いて、岡山県産のベッコウトンボの標本も見せてもらいました。

1938年に岡山市澤田(現 中区沢田)で採取された標本ですが、今では岡山県内のベッコウトンボは絶滅したとのこと。

ベッコウトンボの標本

2匹の貴重な標本が残されていますが、「当時は珍しいという認識はなかったのでは?」と学芸員は言います。

現在、全国の生息地もわずか数か所しかなく、国内でも絶滅していくことが危惧されているほどの、国内希少野生動植物種

すでに入手できない多くの希少生物の標本が収蔵されており、まさしく「お宝」であることを実感します。

ホームページでは、収蔵資料が100万点を突破した記念として、「倉敷市立自然史博物館秘蔵のお宝100選(随時更新中)」の案内がされています。

ぜひ、ホームページでも確認してみてください。

岡山県内では絶滅したベッコウトンボの標本(左の2個体 赤丸部)

年間に数万点の寄贈があるため、収蔵庫の収容能力は、すでに超えています」とのこと。

そのため、通常の棚の上に、学芸員による手作りの収蔵棚が設置されています。

一つでも多くの標本を収蔵したいとする気持ちが伝わる工夫です。

学芸員による手作りの収蔵棚

展示物や収蔵庫を案内してくれた昆虫分野の学芸員である奥島雄一おくしま ゆういち)さんに、倉敷市立自然史博物館についてインタビューをしました。

学芸員 奥島さんへのインタビュー

昆虫分野の学芸員である奥島雄一おくしま ゆういち)さんに、倉敷市立自然史博物館について話を聞きました。

倉敷市の自然史博物館とは?

奥島雄一さん

──自然史博物館とは、どのような場所になるのでしょう?

奥島(敬称略)──

そもそも博物館について、一言でいうことはなかなか難しいですが、博物館としての役割は一番目に資料の収集

次にそれらの資料を調査・研究することにつながります。

最終的には、調査・研究した内容を利用者のかたへ還元すること。

多くのかたが認識しているとおり、一番わかりやすいのは展示して見てもらうことです。

倉敷市の博物館としての特徴は、自然史標本を対象としています。

自然史標本とは、岩石・鉱物・化石・植物・昆虫・動物(剥製や骨格標本など)、ありとあらゆる自然物の標本が対象。

──「自然史博物館」自体、珍しいとお聞きしました。

奥島──

博物館」であれば、法律として収集・保管するように決められています。

また、歴史系や民族系・美術系など一般のかたが広く興味をもち保管しやすいものについては、比較的小さな市町でも「郷土館」としてあります。

県立博物館の規模でさえも、「歴史・民族・自然史」を扱う総合博物館のなかの一分野としてのみ、収蔵されていることが多いです。

そのなかで倉敷市は、規模的には大きいとは言えませんが、小さいながらも「総合自然史博物館」であることが貴重です。

倉敷市の周辺で県立の自然史系博物館は、鳥取県や徳島県、兵庫県にあり、岡山県・香川県・広島県にはありません。
市では、広島県庄原市(庄原市立比和自然科学博物館)や岡山県津山市(つやま自然のふしぎ館)にあります。

──そのように珍しい「自然史博物館」が、なぜ、倉敷市にできたのでしょう。

奥島──

きっかけとしては、以前の倉敷市庁舎(現倉敷市立美術館)の移転に伴う、庁舎跡地の利用について要望が挙がったと聞いています。

議論のなかで「文化ゾーン」としての要望があり、地元のいくつかの市民グループから「自然史博物館にしてはどうか」との提案があったそうです。

要望したグループは次のとおりであり、自然史を構成する大きな3分野においても、かなりの資料が集められる下地がすでにありました。

  • 昆虫分野:戦後すぐに活動していた「倉敷昆虫同好会」
  • 植物分野:岡山大学農業生物研究所(現 岡山大学資源植物科学研究所)を中心としたグループ
  • 化石分野:郷土史家としても有名な山本慶一(やまもと けいいち)さん(すでに多くの化石を収集)

普段、知ることのできない学芸員の仕事について

──学芸員は、どのような専門で何名が対応しているのですか。

奥島──

学芸員としての関係分野として、私の昆虫分野。

昆虫分野以外の動物分野。

地学は岩石・鉱物に加えて古生物(いわゆる化石)。

植物分野の4名になります。

ナウマンゾウ骨格模型(第1展示室より)

──学芸員として仕事は?

奥島──

倉敷市立自然史博物館の一つの役割は、市民の皆さんへのサービスです。

常設展示に出ている資料は11,000点あり全国的にも多いほうですが、収蔵標本は令和5年3月末時点で104万点になりました。

つまり簡単な計算として、所蔵標本の1%ぐらいしか展示できていません。

残る資料は、博物館としての心臓部になる収蔵庫で保管され、調査・研究され、出番を待っています。

また年に数万点の寄贈があるため、系統分類順に配架し、データベース登録管理するなど、「どの年代の何?」と調べるとすぐにわかる状態にしています。

利用者のなかでも、興味のあるかたが参加できるような観察会とか講座などの普及活動や、外部からの協力依頼などにも対応します。

開館40周年を迎えたイベントの開催予定

──令和5年度で40周年とのことで、何か特別な展示を考えられているのですか?

奥島──

104万点を超えた収蔵資料からの活用を考えています。

40周年を迎えたので、夏の特別展の内容を豪華にしようと考えており、博物館が所蔵している「秘蔵お宝展」を計画しています。

──「秘蔵お宝展の展示」楽しみです。具体的に、「お宝」とは何ですか。

奥島──

それぞれの標本は工業製品と違い、すべて一点ものとなります。

自然物のため、採取した場所・日付・時間に加え、DNA組成まで考慮すると、同じものはまずありません

なかでも、珍しい突然変異であるとか、絶滅した種類であるとか、最初に採られた新種標本とか、さまざまな理由で「世界に一つしかないもの」があります。

そのように貴重な標本は、さすがに常設展示には出すことは難しいんです。

何らかの事故による破損や照明による劣化などのリスクを避けるためです。

──職員のかたが学芸員を含めて12名程度と少なく思いますが、職員のかた以外にも協力者はいますか。

奥島──

ボランティア博物館友の会のかたがたにより、標本作製や標本の名前調べが進められています。

また脊椎動物グループは、学芸員の指示がなくても骨格標本の製作まで可能です。

最近では、渋川マリン水族館(玉野海洋博物館)からの仲介でスナメリの提供があったのですが、ボランティアを中心に骨格標本を作製しています。

次世代を担う子ども達の育成のため

──これからの倉敷市立自然史博物館に求められていることなどについて、教えてください。

奥島──

二度と入手できないような自然物をまずは集めること、収蔵することが基本だと思っています。

収蔵資料という財産を活用する一つとして、「倉敷市立自然史博物館という我々の場所で展示できる」こと自体が博物館として特有のことです。

次世代を担う子ども達の育成のため、貴重な収蔵資料と展示できる施設をこれからも大切にしていきたいと思います。

そのため自然史博物館としては、大きく二つの方向に進んでいければと考えています。

一つは、「異文化コラボ」。

折り紙で詳細に昆虫の姿を再現した昆虫展を開催してみました。

昆虫だけの展示でなく、折り紙という異文化とのコラボレーションの結果、広く市民のかたに楽しんでもらえると試みました。

例年開催している「博物館まつり」では、専門性が高くなくても誰でも楽しめるようなイベントを目指しています。

二つ目は、「興味ある子どもが大学入学までに、自然史についての学びを続けていけるような仕組み作り」。

特定の分野を深めていくスペシャリストを育てることは大学に任せればいいのですが、そこまでの興味を続けられるサポートが必要です。

私が20年間にわたり携わっている「むしむし探検隊」では、当時小中学生だった参加者が、農林水産省などの職員や環境アセスなどの調査会社に就職しています。

いまだにつながりがあることが、結果として表れていると感じています。

おわりに

収蔵庫に保存されていた昆虫標本の一例

奥島さんへのインタビューを通じ、倉敷市立自然史博物館の存在意義や学芸員による利用者のための積極的な取組みなどに気づけました。

自然を愛する市民から始まった倉敷市立自然史博物館が、現在の4名の学芸員を中心とした取組みを経て、次世代の子ども達の未来へとつながっていく場所として、より活用されてほしいと思います。

令和5年度に開館40年を迎えた歴史ある自然史博物館。

記念すべき年として「秘蔵お宝展の展示」も予定されています。

ぜひ、足を運んでみてください。

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