People In The Box『Camera Obscura』-『マトリックス』のような仮想現実世界

昨年、結成15周年を迎え、約4年ぶりに発表された8thアルバムは、間違いなくPeople史上最もプログレッシブで、最もヤバイ。日常にうまく潜む大きな支配構造への危機感や、騙されていることに気づけよ、みたいなことはこれまでの楽曲の中にも散りばめられていたし、来たる戦争への危機感を煽るような作品[『Talky Organs』(2015年)]も作ってはいるが、『マトリックス』の世界のような仮想現実をテーマにした今回のコンセプト・アルバムは、描いている世界のスケールも、映像的なサウンドの彩度も、全くその比ではない。彼らにしては非常に分かりやすくアクの強い曲が多く、言わんとしていることがストレートに映像として飛び込んでくるので、とても聴き流すことなどできず、何度も夢中で聴き入ってしまった。全9曲。1曲ずつ解説していきたい。

① DPPLGNGR

メタリックな冷たさとノイズ、マトリックスの緑の数字が流れるようなループ感、威圧的なギターという、これだけで仮想現実や支配構造といった抗えない恐怖を想起させる緊張感のある冒頭で、このアルバムのテーマを明確に提示する。サビの美しいピアノに安心すると、そんなものは全て幻想だというように再び威圧的なギターが迫る。『マトリックス』の世界と美しい幻想世界が入り混じり、一体どっちが現実なのか分からなくなっていく恐怖。この曲だけでもこのアルバムのヤバさが充分に伝わる。

② 螺旋をほどく話

前曲からの緊張がやわらいだ美しいピアノと、抜け感のあるサビ、韻を踏む歌詞が心地よい。だが、美しさの中に現れるノイズや、不安を煽るようなギターの音、「表面上は前と同じさ」といった言葉がモヤモヤとした引っ掛かりを残す。

③ 戦争が始まる

アイリッシュテイストの美しく壮大な曲だが、後半、ドラムの音が段々と銃撃戦の音に聴こえてくる。 「それは壁じゃなくて開かない窓」 「それは石じゃなくて割れない卵」 いかに事実が見えなくなっているか、知らぬ間にコントロールされているか、異常な世界の日常化に警鐘を鳴らす。

④ 石化する経済

ざらついたノイズの冷たさと、オリエンタルなどこか懐かしさを感じる温かさと、心に引っかかる不協和音。ふと浮かぶ懐かしい光景に、これはいつかの記憶なのか? 誰の記憶なのか? それは現実か? ここはどこなのか? 自分は誰なのか? 自分は人間なのか? と恐怖を覚え、錯乱状態に陥る。

⑤ スマート製品

アクの強いギターにAI音声ガイドのようなボーカルと、これはもうかなり分かりやすい。PCありき、スマホありきの世界を当たり前だと思い込ませることに成功したその先は? ムーンショット計画なんていうのがありましたね…。

⑥ 自家製ベーコンの作り方

「スマート製品」とは対照的な人間味のあるアコースティックの音色と、刺激を求めすぎる現代人へ、そのままでいい、自分軸でいい、生きてるだけでいいという、Peopleらしい、中心都市から引いた視点で投げかけられる言葉に安心する。

⑦ 中央競人場

タイトルからしてヤバイが、狂気じみたギター、値段の羅列、叫び声と、最もプログレッシブで分かりやすくヤバイ曲。解説するまでもなし。

⑧ 水晶体に漂う世界

「中央競人場」からこの曲のイントロへの流れが一番狂気じみていて、このアルバムの要だと感じる部分。異様なまでにカラフルで、風車だか万華鏡だかがガシャガシャ回るような美しすぎるイントロは、まるで『ミッドサマー』だ。あまりに美しく壮大な景色に気を取られていて、それが全て幻想世界、虚構だと気づいたときの恐怖といったらない。 「ステイ、気づかないふりをしていろ」 完璧なまでの美しさに感じる違和感。この違和感こそが重要なのだ。

⑨ カセットテープ

楽観的な締め方だなと思いきや、アルバム冒頭の『マトリックス』の数字のループへ再び引き戻され、地獄へ突き落とされたような絶望と恐怖に飲み込まれていく。 アクの強い曲や異様なまでに美しい映像的なサウンドなど、あの手この手でどうにかこの違和感に気づかせようと、ここまで分かりやすく作品に落とし込んだのは、彼らにしては珍しいなというのが第一印象だった。それは単純に熟練して手法が増えたとか、制作に時間をかけたからとも言えるかもしれないが、それだけちゃんと伝える必要があったからだろう。まさにコロナ渦真っ只中に作られたこのアルバム、コロナが明けた今、この違和感はあなたにどう引っ掛かりますか?(小野妙子)

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