ボサノヴァの生みの親、ジョアン・ジルベルトのAL『三月の水』解説

【連載】ジャズ百貨店 Bossa Nova編ご紹介 第1回:ジョアン・ジルベルト『三月の水』

2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が75万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。今年4月には新たにBOSSA NOVA編30タイトル、6月にFUSION編30タイトルが加わりました。その中から注目の作品をそれぞれ5作品ずつピックアップし、ご紹介いたします。
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ジョアン・ジルベルト『三月の水』

ジョアン・ジルベルトはボサ・ノヴァという音楽そのものを生み出したオリジネイターの一人だ。囁くような歌声も特徴的だが、やはり独特のギター・スタイルが革新的だった。いわゆるバチーダ奏法と呼ばれるもので、サンバのリズムをギター一本で表現する。リズム表現はギターが奏でる和音を新しい響きで聴かせる手段にもなる。そうしてブラジルの新たな音楽を創造した彼が、ボサ・ノヴァ・ブーム退潮後の1970年代初頭、声とギターにシンバルが刻むビートという最小限の要素をベースに、自身のオリジナリティを更新するような演奏を記録したのが本盤『三月の水』である。

<YouTube:João Gilberto - Undiú (Áudio)

アルバムはエリス・レジーナの歌唱が有名なアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「三月の水」から幕を開ける。ミニマルだが特異なリズム・アレンジだ。続く「ウンディユ」はジョアン作曲、ほぼ同一のルート音でコードを変化させながらヴォカリーズを乗せていく、まるで一種のドローン・ミュージックのようなラディカリズムを聴かせる。3曲目の「バイーア(靴屋の坂道で)」はインストゥルメンタルで、素早い16ビートのシンバルをバックに恐るべきコードワークでギターのヴァーチュオージティを発揮。

レコーディング・エンジニアとミックスでシンセサイザー音楽の第一人者ウェンディ・カルロスが参加しているのも本盤の特徴だが、基本的にはジョアンの囁き声を活かすように非装飾的でインティメートな音像となっている。その中で異色なのがリヴァーブをかけたヴォーカルを多重録音した幻想的ワルツ調ポリリズムの8曲目「ベベウ」だろう。最後の「イザウラ」では当時妻だった歌手ミウシャとのデュエットも披露。「偽りのバイーア娘」や「喜びのサンバ」などサンバの曲に加え、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルら同郷バイーアの後進世代の楽曲もカヴァーしており、1973年時点でブラジル音楽を再定義したアルバムとも言える。

<YouTube:João Gilberto - Izaura (Audio)

1950年代に萌芽が見られ、60年代初頭に全盛期を迎え、70年代に入る頃には退潮していった——そのように振り返るなら、歴史的背景は違うものの、ボサ・ノヴァはフリー・ジャズと同時代の音楽だった。かつて高柳昌行らは60年代前半に日本でいち早くボサ・ノヴァに取り組んでいたが、それはイージー・リスニングではなく最先端のギター・ミュージックだったからではないのだろうか。ジョアン・ジルベルトの傑作『三月の水』は、その意味で、形は違えどフリー・ジャズ以降の70年代のアヴァンギャルドと同時代の先進性を湛えたアルバムであるようにも思う。

Written By 細田成嗣
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【リリース情報】

ジョアン・ジルベルト『三月の水』
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