私が稲田朋美議員を批判する理由|島田洋一 日本の政治史を見渡しても、稲田朋美氏ほど、保守派の期待をここまで裏切った政治家は他にいないのではないか。

「侮辱罪で刑事告訴」の動き

稲田朋美衆議院議員(自民党、福井一区)に対する私の不満を要約すると、左翼活動家の利権を増進する法案にのみうつつを抜かし、元防衛大臣でありながら外交・安全保障問題にはお座なりな関心しか示さず、経済発展を無視して増税に走る財務省の広告塔を演じている、ということになる。

なお消息筋によると、稲田氏は今、私を侮辱罪で刑事告訴する方向で動いているという。

あるいは福井の政界、経済界で注目度が高く、有力企業や地方公共団体が軒並み広告を出す季刊誌『北陸政界』2023年盛夏号が次のように書いたことも、氏の行動に影響しているかもしれない。

〈極左に利用されるような人間が「自民党公認」ではさすがにマズいとばかり、県連内でも、「候補者を差し替えるべきだ」との声が日に日に高くなっている。……福井を代表する保守論客として知られ、「反稲田」の急先鋒でもある島田洋一県立大教授に維新から打診があったらしく、このクラスが対抗馬に立ったら今の稲田にはまず勝ち目がない〉

選挙云々は別として、私は確かに稲田議員の政治姿勢を厳しく批判してきた。しかし、罵詈雑言の類を連ねたことはない。告訴するのは自由だが、本人がさらに評価を落とすだけだろう。

日本の政治史を見渡しても、稲田氏ほど、保守派の期待をここまで裏切った政治家は他にいないのではないか。転落の度合いにおいて他の追随を許さない「落差女王」と言える。

以下、稲田氏の何が問題なのか、整理しておこう。

タガが外れていった

衆議院議員稲田朋美を誕生させ、実力を遥かに超える地位にまで昇らせた「大恩人」は、共に今は亡き保守派の厳父と安倍晋三元首相だろう。

稲田氏の実父、椿原泰夫氏は福井や京都で高校教師や校長を務め、保守派の活動家として関西では知られた存在だった。

かなり以前になるが、稲田夫妻と、稲田議員の後援会長を務める高池勝彦弁護士、私の4人で会食したことがある。やや酒も回った頃、稲田氏が「私はお父さんが大嫌い。色々うるさいから」と言った。

その時は、半ば冗談と受け止め、一同苦笑で終わったが、2016年に厳父が亡くなるのと前後してタガが外れていった稲田氏を見ていて、あの言葉は真情を吐露したものだったのかと思うようになった。

2016年と言えば、安倍首相が稲田氏を防衛大臣に起用した年であり、翌2017年、国防を預かる者とは思えない軽い振る舞いや失言、答弁の不手際が重なって辞任に至った経緯は記憶に新しい。
よく「稲田朋美はなぜ変節したのか」との問いが発せられるが、元々「節」が無かったと見るべきだろう。どちらかと言えば浮薄な女性が、父の厳しい鞭によって、一時的に姿勢を正していただけだったと思われる。

安倍首相はその後も、稲田氏を見捨てず、正常軌道に戻そうと努めたが、徒労に終わった。安倍氏にできないことが、他の誰かにできるはずもない。

ジャーナリストの山口敬之氏が月刊 『Hanada』2023年8月号で、安倍首相の言葉を紹介している。

〈防衛大臣時代にアベ友と呼ばれて激しいバッシングを受けた稲田は、「左翼が喜ぶ政策に舵を切ればマスコミに持ち上げてもらえる」と思って宗旨替えしたんだろうね。朝日新聞や東京新聞に褒められる日々は、稲田にとってはさぞ居心地がいいんだろう。本当に残念な存在になっちゃったね〉

私自身、少人数の懇談の場で、安倍氏が稲田氏について、困ったものだという表情を浮かべつつ、「自民党内の『性的マイノリティに関する特命委員長』か『整備新幹線等鉄道調査会長』のどちらか一つを選べと言ったところ、稲田は後者を選んだ。LGBTについては、稲田が外れ、改めて一から議論し直す仕組みを作ったので、当面心配する状況にはない」と語るのを聞いた。

その数カ月前、私は『アメリカ解体』(ビジネス社)という本を出し、LGBTをめぐるアメリカの状況を論じつつ、日本の動きにも触れた。「LGBT法案で暴走する稲田朋美」と題する節も含まれている。安倍氏はその事を充分承知の上で、拙著を推薦するツイートを発してくれた。それも稲田氏に対する警告の一つだったろう。

衛藤晟一議員が一喝

LGBT利権法案は2021年6月に一度頓挫している。稲田氏と西村智奈美氏(立憲民主党)が中心となってLGBT議連がまとめた「差別は許されない」との文言を含む超党派合意案(差別の中身は定義されず)に対し、どこまで逆差別を生むか分からないと自民党内の保守派が反発し、結局棚上げとなった。

この時稲田氏は、激しく泣いたという。

山口敬之氏はこう書いている(月刊『Hanada』 、2023年8月号)。

〈稲田氏が「野党と合意してしまったから自分のメンツが立たない」と言って安倍氏の前で号泣したことについては、疑う余地はない。この件については複数の証人もいる〉

稲田氏は古屋圭司議員らに対しても泣いて訴え、衛藤晟一議員が「国のために流す涙は美しいが、その涙は一体何だ」と一喝したという。

稲田氏自身、〈保守派による私への反発は強く、反対派の中心に安倍先生がおられました〉と書いている(『アイデンティティ』、2022年12月1日号)。

LGBT利権法案頓挫から4カ月後の2021年10月、岸田新首相による衆議院解散を受け、総選挙が行われた。

当時、山口敬之氏は安倍元首相と次のような会話を交わしたという(月刊『Hanada』、2023年六月号)。

〈「ついに稲田が、LGBT法案に関する問題点がよくわかったと言ってくれたんだよね」。さらに、稲田は「もう二度とLGBT法案にはかかわらない」と明言したというのだ〉

これに対し山口氏は、「わかったふりをして、何かお願いごとでもしてくるんじゃないですか?」と疑念を口にしたという。翌日再び安倍氏から電話がかかってきた。

〈「山口君の予感はドンピシャだったよ。稲田は『LGBT問題のおかげで、地元・福井の後援会が崩壊状態なんです。助けて下さい』と言うんだよ。だから、稲田の言うとおり、地元の保守系団体の代表や幹部四人に電話をかけて支持を依頼したよ」
「稲田さんが安倍さんにそこまでお願いしたのなら、さすがにもう安倍さんを裏切れませんね」
「もう大丈夫だと思うよ」〉

しかし全く大丈夫ではなかった。安倍元首相が凶弾に倒れて重石が取れた中、稲田氏がLGBT利権法案成立に向け、野党やエマニュエル駐日米国大使らと組んで活発に動いたことは読者の知る通りである。

裏付け証言

なお、山口氏が述べる趣旨で安倍氏が福井の関係者に電話をかけたことについては、受けた側(私の知友。仮にA氏とする)の裏付け証言もある。

以下は私とA氏のメールのやり取りである。

〈一昨年の総選挙時、稲田朋美氏が安倍元首相のもとを訪れ、「保守派に落選運動をされている。助けて欲しい」と訴え、その場で安倍さんが、ともみ組関係など福井の元々の支持者4人に電話を掛け、稲田がLGBTはもうやらないと約束するなど反省しているので支持してやってくれないかと話をした、と安倍さんから直接聞いたと知り合いのジャーナリストが述べています。Aさんのところにも電話があったのではないかと思い、お聞きする次第です〉

すぐに回答が来た。

〈確かに安倍元総理からお電話を頂きました!そのような内容でした〉

いい加減な話をする人物ではない。稲田氏は、安倍首相に対しても福井の支援者に対しても、「私は今後とも、LGBT利権法実現のために邁進します。それでもよければ御支援お願いします」と正直に言うべきだったろう。

天安門事件から32年目のツイートに

稲田議員のTwitterより

2年前(2021年)の6月5日、稲田氏は次のようなツイートを発している。

〈天安門事件から32年目の昨夜、ボヘミアン・ラプソディーがテレビ初放映。中国では同性愛部分は削除されて公開されたらしい。日本は中国とは違う。言論の自由が保障され、自由と民主主義と多様性を重んじる国だ。LGBT理解増進法を成立させることが日本の価値観を世界に発信することになる〉

中国当局が自由民主化運動に血の弾圧を加えた天安門事件記念日を念頭においた元防衛大臣の発信がこの内容だけとは驚く。映画の同性愛場面カットなどとは比較にならない中国共産党の暴虐行為が目に入らないのだろうか。稲田ツイートは、日本の政治家のものとして、非常に恥ずべき内容と言わざるを得ない。

しかも、稲田氏も認めるように、日本では映画の同性愛場面は何らカットの対象となっておらず、LGBT理解増進法など必要ないという傍証にすらなる発言である。

こういうツイートを見ると、稲田氏の軽重の感覚と知的誠実さを疑わざるを得ない。

稲田氏が金科玉条視する「性自認」についても、あらゆる自認は時と状況に応じて変わり得るし、意図的虚偽の場合もある。

左翼活動家の代弁人となりながら、いまだに「保守」を自認している稲田氏自身がよい例である。性自認は信用できるし変わらないと、いくら稲田氏に主張されても説得力を持たない。

議員を辞職し、LGBT弁護士になるべきではないか

「左翼活動家の代弁人」は決して言い過ぎではない。他にも例がある。

櫻井よしこ氏は、法相の諮問機関である法制審議会・家族法制部会が、「国際社会に逆行して単独親権という異常な状態を恒久化する」方向に動いており、背景に「法制審の議論がNPO法人『しんぐるまざあず・ふぉーらむ』理事長の赤石千衣子氏ら人権派の人々に主導されている」状況があると指摘した上、「赤石氏らを結果として政権中枢に入れた稲田朋美氏、森雅子氏らには、法制審の暴走を阻止する重い責任があるのではないか」と自民党に左翼活動家を呼び込んだ議員らの姿勢を厳しく批判している(『週刊新潮』、2022年6月16日号)。

稲田氏は財務省の代弁人でもある。この点でも安倍氏の教えに反している。

岸田首相が愛着を寄せる宏池会は、自民党の各派閥の中でも最も財務省に近い。財務官僚は「子飼いの岸田が首相の間にあらゆる増税を実現ないし布石を打っておこう」と考えているだろう。

周りを財務省人脈に囲まれた岸田首相に欠けているのは、安定成長こそが安定財源という認識である。政治の責任は、成長戦略を打ち出し、実現させることにある。増税は成長を阻害する。

岸田氏は、「国債は、未来の世代に対する責任として取り得ない」とよく財務省直伝のセリフを口にするが、経済成長で毎年自然増収を生めば、国債は償還できる。その自信がないなら辞任すべきだろう。

稲田氏は現在、「子育て増税」で旗振りの先頭に立っており、防衛増税に関しても、「国民が防衛を考える意味でも増税という選択肢は避けて通るべきではない」と述べていた。

増税を訴える政治家こそ勇気ある政治家という財務省の洗脳に見事にやられていると同時に、新たな増税で痛みを与えない限り一般庶民は防衛を真剣に考えないという実に国民を馬鹿にした発想にも冒されている。

進歩派の立場から「人権問題」に尽力したいなら、議員を辞職し、LGBT弁護士として24時間活動すればよいだろう。

日本には課題が山積している。稲田氏にはなお覚醒を期待している。私の新著『腹黒い世界の常識』(飛鳥新社)を稲田事務所に送るので、読んでもらえれば幸いである。

島田洋一

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