デンマークのスーパー、行動科学を活用し気候変動に配慮した買い物を促す店舗づくり

さまざまな仕掛けがなされた店舗の様子 Image credit: Krukow

デンマークの小売大手コープデンマークは、CO2排出量を大幅に削減するために、客が気候変動に配慮した買い物ができるよう行動科学に基づいた店舗づくりに取り組んでいる。

コープデンマークは、デンマーク国内で1000店以上を展開する会員制の食料品小売店だ。同社には200万人以上の会員がおり、18歳以上のデンマーク人のおよそ2人に1人が会員になっている。国内外のサプライヤーの総数は200万社を超えており、1週間に500万人以上が来店する人気チェーン店だ。それゆえに、同社は持続可能な食料品の購買行動や世界のサプライチェーンに影響力を持っており、国内でも独自の立場にある。(翻訳・編集=小松はるか)

コープデンマークは気候変動にも厳格に取り組んでいる。食品製造に関わるスコープ3のCO2排出量を顧客の行動変容によって50%削減するという野心的な目標を掲げる。

2022年5月、同社はCO2排出量を削減するための革新的な手法を実験する取り組み「クライメートラボ(気候ラボ)」を立ち上げた。取り組みは段階的に行われ、第1フェーズではコープデンマークが単独で実施し、第2フェーズからは世界的に活躍する行動科学・ナッジデザインの専門組織「Krukow Behavioral Design(クルーコウ・ビヘイビオラル・デザイン)」(コペンハーゲン)とパートナーシップを結んで共同で行った。

クルーコウの創業兼CEOであるシリー・クルーコウ氏と、同社で気候変動対策部門の責任者を務めるジョナス・エングバーグ氏は5月、米サステナブル・ブランドがミネソタ州ミネアポリスで開催したイベント「Brand-Led Culture Change」(ブランドが主導する消費文化の変革)に登壇した。

ナッジを使った解決策の事例を説明するクルーコウCEO Image credit: Jeremy Osborn

2者によると、第1フェーズでは1つの店舗で実証実験を行った。店舗の全面的なリブランディングを行い、核となる新たなビジュアルアイデンティティを導入し、人気のある商品群のなかでも最も気候変動に配慮した2200点の商品には「気候変動に最も配慮したチョイス(選択)」であることを伝えるラベルを貼り付けた。コープデンマークが編み出した選択肢を示すことで、顧客が買い物の際に気候変動に配慮した選択をするよう促そうとする狙いがあった。

第1フェーズの実験で前向きな結果が得られたものの、従業員らは行動変容を促すためにはさらに全体的なアプローチが必要だと考えた。それがクルーコウ社とのパートナーシップにつながったのだ。第2フェーズでは第1フェーズでの経験とクルーコウ社の専門知識を生かした。顧客がより気候変動に配慮した買い物を選択でき、店内での買い物全体がより気候変動に配慮したものになるように、顧客を誘導する力強い視覚的なきっかけをつくったのだ。具体的には小さく繊細なナッジ(そっと後押しする仕組み)などの単一のビジュアルボキャブラリー(視覚的言語)を強化し、店全体に仕掛けを張り巡らせた。

クルーコウ氏は米サステナブル・ブランドの取材に対し、「もし顧客に何を望んでいるかをたずねたら、より良い選択をするためのより良い情報が必要だと答えるだろう。しかし、顧客が本当に望んでいるのは、より良い選択ができるよう総合的に導いてくれる環境だ。情報はその一部ではあるものの、それだけでは十分ではない」と語った。

第2フェーズでチームは、より環境に配慮し、「野菜を増やし、レッドミート(牛・羊の肉)を減らす」買い物を顧客が行えるよう、案内・促進する店舗づくりを行い、気候変動に配慮した一連の買い物体験「クライメート・ジャーニー(気候の旅)」を考え出した。それには、気候変動に配慮した選択が行われるように取り入れた細かいナッジが多数盛り込まれた。

こうした工夫により、同社はわずか6カ月間で全商品分類における購入選択によってもたらされる気候変動への影響を14%削減し、同時に食品廃棄も67%削減するという見事な結果を生むことに成功した。消費者調査では、消費者の意識に大きな変化がみられた。「気候変動に配慮した食品を選択するよう効果的に導かれたと感じる」と回答した割合は、7%から一気に65%に増加した。

店舗のデータによると、今回の結果には人口動態の偏りがなかった。特定の層やターゲット市場に向けたものというよりも、クルーコウ氏の言う「人間の脳に合わせてデザインした」プログラムをつくったことで、さまざまな仕掛けが顧客の行動変容に効果的に働いたのだ。さらにコープデンマークでは、平均的な買い物かごに入っている肉の量が他店より少ないことも判明したという。

成功事例を別の店舗へ展開

実証実験を行った店舗で大成功を収め、クルーコウ氏とエングバーグ氏は現在、こうした取り組みを他店にも拡大していこうと考えている。第2フェーズのプログラムには94の異なる行動デザインが含まれており、次のフェーズではプログラムをさらに多くの店舗へと展開するという。

エングバーグ氏は「取り組みを拡大していくことは文化的に難しい挑戦ではない。顧客の74%は気候変動に配慮した買い物の選択肢を持てるよう、さらなる助言がほしいと答えている。また、第1フェーズにおいて気候変動に配慮した食の選択を促進することが収益の増加にもつながることが証明されたため、取り組みに反対する声も最小限にとどまっている」と話す。

収益について、同氏は5月のイベントに登壇した際、低炭素の食品は利益率が高いため企業にとって有益だと強調していた。例えば、コープデンマークでは牛肉よりもニンジンの方が貢献利益は高い。

取り組みを成功させる上では店舗で働くスタッフも重要な存在だ。エングバーグ氏は「スタッフは非常に熱心で、欠かすことができない共同クリエイターであり共同デザイナーだ」と話す。

「スタッフは、各店舗で何が上手くいき、何が上手くいかなかったのか、顧客が何を望んでいるかについて経験から培った知識・見解を持っている。また例えば、スタッフが『バナナとアボカドがなぜ気候変動に配慮した商品なのか?非常に遠い場所から運んでくる必要はないのではないか?』などといった質問を受けたとき、彼ら彼女らが自信を持って取り組みを伝えられるようにする責任が私たちにはある」

店内の一部だけでなく全体的に取り組むことが重要

クルーコウ氏はさらに続けて、「われわれは従業員の知見を生かし、店舗内での全体的な取り組みがいかに効果的かを示してきた。例えば、ラベル付け、POS(販売時点情報管理)の使用、統一されたサイネージのデザイン、店舗のレイアウトといった総合的な購買経験に重点をおいてきた」と語り、コープデンマークが今回の成功事例を事業全体に拡大していくことを、非常に楽しみにしているという。

コープデンマークは行動科学に基づく革新的な戦略を構築することで、顧客を上手く引きつけ、ブランドの資本を向上させ、すべてのスコープにおいて気候変動への影響を低減、さらに収益性も上げた。今回の取り組みでは、コープデンマークのみにとどまらず他の小売業者にもフレームワークを提供する計画だ。さまざまな企業が気候変動・サステナビリティ目標を達成するために顧客の協力を得やすくする新たなチャンスをつくろうとしている。

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