暴かれたLGBT推進派の3つのウソ|山口敬之【WEB連載第24回】 LGBT法案の審議過程で、LGBT法成立を目指す推進派から数多くのウソと捏造報道情報がばら撒かれた――。ところが今月に入って、こうした主張がウソであったことが次々と明らかになってきている。ひとつひとつ解説していく。(サムネイルは稲田朋美議員Instagramより)

稲田朋美「偽りの安心喧伝」

岸田文雄首相の強い指示によって先月異様な経緯で成立してしまったLGBT法については、成立を目指す推進派から数多くのウソと捏造報道情報がばら撒かれた。

代表的なものは以下の3つだ。
(1)LGBT法によって女性施設に男性器を持った人物が入ってくることはない
(2)安倍晋三元首相はLGBT法成立を推進していた
(3)LGBT法を推進する稲田朋美氏を安倍氏は支持していた

ところが今月に入って、こうした主張がウソであったことが次々と明らかになってきている。ひとつひとつ解説していく。

(1)「LGBT法によって女性施設に男性器を持った人物が入ってくることはない」というウソ。

LGBT法案の議論が佳境を迎えていた4月2日、福井1区選出の稲田朋美衆議院議員はこんな発信をした。

LGBT法によって「心が女性で体が男性の人物が女湯に入ることは起きない」と明言したのだ。

稲田氏は厚生労働省の「公衆浴場における衛生等管理要領」で「浴場や更衣室の男女は身体的特徴で区別する」となっているから、「LGBT法が成立しても男性の体をした人物が女風呂に入ってくることはない」と主張した。

そもそも、憲法や法律より下位にある行政管理要領は、上位の法律が変わればいくらでも変更されるものであって、この説明自体が有権者を騙す極めて悪質なものだ。

そして、この稲田氏の主張を根本から覆す事態が昨日発生した。

トランスジェンダー女性(心が女性で体が男性)の経済産業省職員について、使用する女子トイレを人事院が限定していたことについて、最高裁判所は「本人が使いたい女子トイレを使わせるべき」という判断を下したのだ。

これで稲田氏が「起きない」と言っていた「心が女性で体が男性の人物が女性施設に入ってくる」という事態が、少なくとも経産省の女子トイレでは恒常的に発生することになった。 要するに「体が男性の人物は男子トイレを利用する」という行政管理要領が、いとも簡単にひっくり返されたのだ。

LGBT法推進派は、この判決文の末尾に添えられた「本判決はトイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない」という部分を殊更に引用して、「他の事例に敷衍するものではない」と主張している。

しかし、最高裁判決は全ての訴訟を縛るものであり、今後同様の裁判が起こされれば、経産省のみならず全ての中央省庁や都道府県施設、さらには公園や民間商業施設などありとあらゆる女子トイレに「心が女性で体が男性の人物」が立ち入ることを認める判決が出続けることは火を見るより明らかである。

そして事態は女子トイレに止まらない。温泉の女湯や女子更衣室、さらには女子スポーツや女子校にまで、「トランスジェンダー女性」と「ニセトランスジェンダー女性=男性の変質者」が入り込み、これを排除できないようになるのは時間の問題である。

だからこそ、稲田氏の政治の師である安倍元首相は「性自認の差別禁止規定だけは絶対にダメ」と言い続けたのである。 実際イギリスやアメリカのLGBT差別禁止を謳った法律のある地域では、同様の事態が起きて大きな社会問題となっている。

今回の最高裁判決には、先に成立したLGBT法についての言及はない。しかしはっきりしているのは、この最高裁判決とLGBT法によって、女湯を含むありとあらゆる女性施設に男性器を生やした人物が堂々と立ち入ってきて、これを排除できない事態が一気に加速していくことは間違いない。

法案の審議過程で「男性の体をした人物が女湯に入ってくることはないからご安心ください」と言い切った稲田氏の言説がいかに不誠実でミスリーディングなものであったか。

稲田氏の「偽りの安心喧伝」が国民の油断を招き、結果として有害な法案が成立した。その有害さを身をもって思い知るのは、何の罪もない、心と体が一致した一般女性である。

「安倍元首相LGBT法成立を推進していた」というウソ

LGBT推進派の中には、「生前の安倍氏はLGBT法に賛成していた」と主張する者もいる。その根拠として彼らが挙げるのが「第2次安倍政権下でLGBT法案を考える特命委員会が設置された」ということである。

しかし、私は特命委設置の段階で、安倍氏からその本当の意図を詳しく聞いていた。

「左翼側の本当の狙いはLGBに対する理解増進ではなく、T=トランスジェンダーへの差別禁止だ」

「差別禁止を盛り込むことで政府と全国の自治体に『差別禁止委員会』を作らせ巨額の税金を投入させる。さらに差別禁止を元に皇統の男系男子継承を始めとする日本の伝統文化を破壊しようとする」

「だから、彼らが絶対に飲めない『差別禁止を含まない自民党案』を固めてしまえば、超党派協議はまとまらず結果として法案は成立しない」

「LGBT法を成立させないために、自民党案を作らせるんだよ」

しかし表向き「成立しないとわかっている法律案を作れ」とは指示できないから、安倍氏は人によって真意の滲ませ方を使い分けていた。そこを誤解して「安倍さんは法案に賛成の立場だった」と思っている人がいる。

この傾向が顕著なのが、LGBT当事者だ。

安倍氏は2005年に「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」の座長に就任して以来、長年にわたってLGBT当事者や関係者との面会を重ねてきた。

民放のアナウンサー出身で旧民主党で参議院議員を務めていて松浦大悟氏もその一人だ。

2017年にゲイであることをカミングアウトした松浦氏から初めて話を聞いた日の夜、安倍氏は私に電話をかけてきてこう述べた。

「松浦さんはLGBT問題を大変深く真剣に考えていて感銘を受けたよ」

松浦氏はLGBT当事者として、差別禁止条項に潜む危険性を早くから指摘し、「性的指向や性自認を理由とする差別を許さないとなれば、男性器を持った人物の女性トイレ使用に懸念を示すこと自体すら差別と断罪されてしまう」「結果として、逆にLGBT当事者への差別が広がりかねない」と主張していた。

そして安倍氏との面会で、「キリスト教文化圏のような激しい同性愛差別は日本にないから、あえて法制化する必要はない」「急進的な運動を日本で展開しても分断を生むだけじゃないか」との意見で一致したという。

ところが松浦氏のような人ばかりではない。LGBT当事者の中には、安倍氏の死後「安倍氏は法案の必要性を理解し賛成していた」と主張し、私の記事を「ウソ」「捏造」と悪様に罵倒する者もいる。

しかし今となっては、安倍氏が彼らに何を伝え、それを彼らがどう受け止めたか、もはや検証のしようがないから、私は反論もせず放置していた。

ところが、一周忌のタイミングで思わぬところから、安倍氏がLGBT当事者に対しても「日本にはLGBT法は必要ない」と明言していたとの証言が飛び出した。

発言したのは他ならぬ安倍昭恵夫人である。 恣意的な引用を防ぐため、一周忌の記念式典での昭恵夫人の当該発言を全文紹介する。

最後に私が主人に頼んだのがLGBTの友人に会ってくれということでした。(LGBT理解増進)法案のことで私はLGBTの友人がたくさんいるのでいろいろと批判の声がありました。

主人にそれを伝えて直接話を聞いてもらえないかといったところ、主人はいいよと言って一緒に食事をしてくれました。食事をしながら、飲みながら、彼らの話を熱心に聞いて、一つ一つの課題に対して、法律にしなくても、これはこういう解決方法があるんだと。日本は昔から差別をするような国ではないんだと、議論を重ねて彼らは大変、喜んで納得をしていました。

どんな人ともきちんと話をして、そして解決を見いだしていくという主人の姿に、私は本当に感謝をし、また尊敬をしていました。

昭恵夫人は、安倍氏とLGBT当事者とのやりとりについて、
・安倍氏は「LGBT問題は法律にしなくても解決方法がある」
・「日本は昔から差別をするような国ではない」と述べ
・LGBT当事者も納得をした
と明確に証言したのである。

これは私が安倍氏から聞いた松浦大悟氏とのやり取りの内容とも完全に符合する。

安倍氏はLGBTの当事者や法案の強力な推進者に対しても、一貫して「日本はLGBTを法制化しなければならないような国でない」との主張を明確にしていたことが、昭恵夫人の挨拶から改めて明確になったのである。

昭恵夫人の紹介で安倍氏と会い、「安倍氏は法案の必要を認識し賛成の立場だった」「安倍氏が『LGBT法は日本には不要との立場だった』という山ロ敬之は大ウソつき」と主張している人物は、昭恵夫人のエピソードで登場するのとは別の人物なのだろうか。

LGBT法を推進する稲田朋美を安倍元首相が支持していたというウソ

私はこの3年間、安倍氏の
・日本にはLGBT法は必要ない
・性自認差別禁止は絶対にダメ
という立場を月刊『Hanada』の誌面などで繰り返し紹介してきた。そして、これに明らかに逆行する稲田朋美氏を安倍氏が直接たしなめ、それでも改めない稲田氏を嘆き、呆れ、憤慨していた様子も詳述した。

ところが稲田氏はまるで安倍氏がLGBT法反対だったことを知らなかったと嘯き、3月25日に配信されたABEMAの番組のなかで「反対なら反対と言って欲しかった」とまで言い放った。

これは明らかなウソであり、稲田氏にとって政治の師であり恩人であるはずの安倍氏の遺志を踏みにじる暴挙である。 さらに稲田後援会の中には、LGBTに邁進する稲田氏の言動を安倍氏が支持していたと主張し、私を嘘つき呼ばわりする者もいる。

この人物は安倍氏から「稲田朋美をよろしくお願いします」などとのメッセージを受け取ったことを根拠に、「安倍氏は稲田氏を深く信頼しており、他人に愚痴るはずがない」などと主張している。

安倍氏が稲田氏のLGBT問題での暴走を嘆き憤っていれば、「後援者に『稲田朋美をよろしくお願いします』と言うはずがない」というのは論理の飛躍も甚だしい。

実際私の記事の中で、私は安倍氏が稲田後援会の幹部に稲田支援を依頼した経緯を詳述している。

安倍氏から聞いたところによると、2021年の衆院選が迫っていたころ稲田氏は「LGBTはもうコリゴリ。2度と関与しない」と安倍氏に述べた上で、「LGBT問題で地元後援会が紛糾しているから、電話して支援を呼びかけて欲しい」と依頼したという。

そこで安倍氏は複数の福井の保守系団体幹部に電話をかけ「LGBT問題では稲田も反省していますから、引き続きご支援を賜りますようお願いします」と依頼したという。

私の一連の著述について稲田氏は「事実無根」などと騒いでいるが、福井県立大学の島田洋一名誉教授が安倍さんからの電話を受けた本人に確認をして、ウラを取ってくれている。

「LGBT問題の後も稲田への支援を呼びかけていたのだから、安倍氏が他人に稲田氏の愚痴を漏らすはずはない」という主張が、いかに的外れのものかは言うまでもない。

そして最近、安倍氏は稲田氏への不快感と不信感を、別の人にも明確に伝えていたことが明らかになった。

橋本琴絵氏は安倍氏が「性自認の差別禁止だけは絶対にしてはいけない」「あの福井の女性の裏切りはとても悲しかった」と述べていたと証言した。「あの福井の女性」が稲田朋美氏を指すことに疑問の余地はない。

安倍氏は橋本琴絵氏に、稲田氏のLGBTに関する言動を「裏切り」という強い言葉で非難していたのである。

稲田氏とその支援者は、もう安倍氏にまつわる虚言や歪曲をやめるべきだ。 いくら私をウソつき呼ばわりしても、安倍氏があなたに呆れ、嘆き、悲しんでいたことは、隠しようのない真実である。

著者略歴

山口敬之

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