「海の日」に寄せて

 日本人は古来、海に親しんできた、と思っていたが、作家の半藤一利(はんどうかずとし)さんはエッセーに“異論”を残している。例えば、季節の移ろいを細かに記した「枕草子」でも、しみじみと海を眺めた様子はうかがえないという▲海女の潜水を見て、そのつらさを思いはするが、海そのものの描写はほとんどない、と。明治あたりに目線を移せば、夏目漱石は江戸っ子で海は遠くないのに、22歳で初めて大海を眺めて、漢詩を残すほど感動したらしい▲〈我は海の子 白浪(しらなみ)の/さわぐいそべの松原に〉の「われは海の子」は明治の終わりに文部省唱歌になった。〈いで軍艦に乗組(のりく)みて/我は護(まも)らん海の国〉という歌詞を含むおしまいの7番は戦後、削られたという▲国民の多くが海を身近に感じ、海洋国と思うようになったのは、そう遠い昔ではないらしい。きょうは「海の日」、祝日法では〈海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う〉日とされる▲県内あちこちの海水浴場で海開きが続いている。海洋県・長崎ではことの外、海水浴に限らず、いつか見た海の景色を心に大切に“保管”する人も多いだろう▲コロナ禍が一段落して、今夏は海に出かける人は増えるとみられる。どうか水難事故にはお気を付けて〈海の恩恵〉を目いっぱい浴びる夏になりますよう。(徹)

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