企業による自然保護の取り組みに国際的な指針を――世界初、グローバル企業17社が科学的根拠に基づく目標を設定

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科学的根拠に基づく目標(SBT)の設定を通じて持続可能な世界経済を目指すScience Based Targets Network(SBTN)はこのほど、自然保護のためのSBT設定に関して、世界初となる指針を発表した。企業による自然保護の取り組みを評価する国際基準の設定を目指すもので、企業が共通認識を持って自然保護に取り組むための重要な一歩となる。最初に対象になったのは、淡水(freshwater)と土壌(land)に関する目標だ。(翻訳・編集= 茂木澄花)

本指針の導入の背景にあるのは、自然破壊を止め、逆に自然を取り戻さなければ、世界の気温上昇を1.5度に抑えることは不可能であるという科学的な共通認識だ。自然は地球の年間二酸化炭素排出量の約半分を吸収している。また近年の研究では、世界のGDPの半分以上は一定程度以上自然に依存しているという。企業が気候問題と併せて自然保護に取り組むことの意義は、これまで以上に明白になっている。

近年、生物多様性が果たす役割の重要性と、ビジネスや経済によって生物多様性が破壊され続けることのリスクの大きさが認識されつつある。それに伴い、企業が自然界に与える影響を把握し、取り組みに役立てるための多くのツールやテクノロジーが生み出されてきたが、これまで明確な基準は設けられてこなかった。一方、気候問題においては、2600社を超える企業がすでにSBTi(Science Based Targets initiative)を通じ、SBTを設定している。このような気候問題に対する世界的な潮流を基に、今回SBTNによって新たに自然保護のためのSBT設定指針が設けられた。こうした自然環境に関する待望の目標は、既存の気候に関する目標を補完するもので、SBTNは2020年から着手していた。この目標により、企業は増大する環境・社会の危機を直視して、自社の与える影響に対して総体的な取り組みを行えるようになるだろう。

科学的な厳密さと実行可能性を両立するため、200以上の組織がすでにSBTNの初期メソッド、ツール、ガイダンスの試用に協力している。この中には115社の企業も含まれており、その大半はSBTNのコーポレート・エンゲージメント・プログラムの参加企業だ。25カ国の20以上のセクターからの参加があり、時価総額で4兆ドル以上に相当する。

SBTNのエグゼクティブ・ディレクターであるエリン・ビルマン氏は次のように語る。

「人類が直面している危機は、相互に関連し合っています。自然破壊に対策を取らなければ世界の気候上昇を1.5度に抑えることはできませんし、安定した気候なくして、自然破壊を止め、自然を取り戻すことはできません。またどちらに取り組むにしても、人々が大切にされ、公平性が保たれる必要があります」

「自然保護のためのSBTを事業戦略に盛り込むことは、健全で回復力のある公正な世界を作るためだけでなく、ビジネスの長期的なレジリエンスを高めるという点でも重要です。企業は自社が環境に与える影響を把握して取り組みを行うことで、サプライチェーンの混乱を減らし、規制遵守を先取りし、資本へのアクセスと競争優位によって企業価値を向上させることが可能になります。我々は企業に対して、この機会に、地球の限りある資源に自社が与える影響の評価を開始し、自然保護のための初めてのSBT設定に向けた準備をすることを求めています」

今回発表された自然保護のためのSBT設定指針は、昨年12月のCOP15で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組の意図を汲んだものだ。この「自然のためのパリ協定」とも言われる世界的な取り決めを企業が運用するために欠かせない仕組みが、今回の発表で示されている。また、自社が自然環境に与える影響を管理・開示するという企業の責務に焦点を当てるSDGsの目標15への取り組みも含まれている。

SBTNは今回の発表で、すべての企業が自社の環境への影響を総体的に分析して優先順位を付け、SBTの設定に備えるための指針も示している。第一弾は淡水と土壌に関する指針だ。これにより、企業は自社の事業戦略のレジリエンスを高め、リスクを軽減しながら、自然生態系の保全と再生に貢献することで直接的に生物多様性を支えることができる。

第一次グループには、目標を適用する準備が整っているとして選ばれた17社が参加している。参加企業は、アンハイザー・ブッシュ・インベブ、アルプロ(ダノンの一部門)、ベル、カルフール、コービオン、グラクソ・スミスクライン、H&Mグループ、ヒンドゥスタン・ジンク、ホルシム、ケリングとロクシタングループ(12月に設立された「自然のための気候ファンド」のメンバー)、LVMH、ネスレ、ネステ、サントリーホールディングス、テスコ、UPM。これらの17社はすでに、最初の自然保護のためのSBTを今年中に設定するための準備を進めている。第一次試験運用はこのグループによって行われ、2024年前半にはすべての企業が対象となる予定だ。

ロクシタングループのグループCSOであるエイドリアン・ガイガー氏は「ロクシタングループは自ら、ネイチャーポジティブな未来に貢献するという展望を掲げてきました。そのためには、科学を頼りに、自分たちの持つインパクトに見合った、自然環境に必要なアクションを確実に起こしていく必要があります」と語る。同グループは、2025年までにネイチャーポジティブになるための戦略を2021年から掲げている。ガイガー氏は「SBTNによる目標承認のパイロット企業になることは、生物多様性の喪失に歯止めをかけ、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)の範囲内でビジネスを展開するという目標に向けた新たな一歩です」と話した。

最先端の科学と国際社会の目標を活用

今回の新たな目標設定の指針では、現在利用可能な最新の科学が活用され、安全で公正な地球システムの限界についてはアース・コミッションと協働している。また、グローバルな生物多様性フレームワーク、パリ協定、国連SDGsなど、既存の気候・自然・開発に関する世界的な目標とも整合する。

「プラネタリー・バウンダリー」を提唱する研究グループのリーダーであり、アース・コミッションの共同議長でスウェーデン出身の著名な環境学者、ヨハン・ロックストローム氏は次のように話す。

「今回、企業は気候と自然に関するSBTを設定するための明確な指針と方法論を得ました。この世界初となる自然保護のためのSBT設定指針は、アース・コミッションが間もなく公表する、人類にとって安全で公正な空間を定義した新たな科学的アセスメントと連携しています。最初の目標を設定する17社のパイロット企業の勇気に賛辞を送りたいと思います。気候問題と同じように、簡単なことではないはずだからです。我々は皆、この17社の経験から学ぶことができますし、学ばなければなりません。これにはビジネスの未来がかかっています」

複数年計画で自然保護のための総体的な目標を設定

今回のリリースは、あらゆる規模や業種の企業が、包括的な自然保護のためのSBTを設定できるようにするための複数年計画の一部だ。今後は淡水と土壌の目標の発展に加えて、対応範囲をさらに生物多様性や海洋の目標へと広げていく。また、SBTNは目標に向けた取り組みと進捗把握に関する企業向けのガイダンスも発行する予定だ。2024年前半には、パイロット企業以外の企業に対して、最初の目標の承認を開始することを目指している。

SBTNとパイロット企業の今回の取り組みは、世界中の企業が科学的な共通認識を持って自然を保全していくために、重要な役割を担う。自然破壊がこれ以上進めば、気候変動に歯止めがかからなくなり、ビジネスの継続も困難になりかねない。企業には、今後のリリースに注目しながら、自社の持つインパクトの把握とSBT設定の準備を進めることが求められている。

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