中西圭三のさわやかなハイトーンヴォイスが自身の方向性を導き、『Yell』へ辿り着いた

『Yell』('92)/中西圭三

作詞家の売野雅勇氏が手がけた楽曲をまとめた中西圭三のベストアルバム『素敵なことは変わらない -売野雅勇YEARS BEST-』が7月12日に発売された。遅ればせながら、当コラムでも中西圭三作品を取り上げたい。CMタイアップも手伝って、売野氏とともに手がけた自身の楽曲のみならず、のちにEXILEもカバーしたZOOの「Choo Choo TRAIN」やブラックビスケッツの「Timing」などの楽曲提供もあって、1990年代の音楽シーンを盛り上げた中西圭三。世に送り出してきた作品も豊富だが、売野氏作詞のナンバーを集めたベスト盤が出たとなれば、ピックアップするのはやはり「Woman」が収録された『Yell』であろう。

人柄が表れたようなクリアーな歌声

雲ひとつない晴れ渡った青空を一筋の飛行機雲が昇っていく――そんな風景を見ているような感じだろうか。中西圭三の歌声をどんなふうに表現したらいいのだろうかと逡巡して思い浮かんだ形容がこれである。例えが今ひとつであることはご容赦いただくとして、彼の歌声は高音のまま突き抜けていくだけでなく、そこに“さわやかさ”が加味されているようにも思う。これには多くの人が同意していただけるのではないだろうか。

ハイトーンのヴォーカリストは古今東西ナンボでもいる。特に日本では、2000年以降、レンジの広いソロシンガーが増えてきたような気がする。それは中西圭三や、その少し前の世代の久保田利伸、米倉利紀、あるいは平井 堅らがシーンを活性化させ、パイが大きくなったからではないかと考えるが、一時期、男性のハイトーンヴォーカルと言えば、ハードロック、ヘヴィメタルのバンドと相場が決まっていた時期があったように思う。男性ヴォーカリストの表現方法、表現手段は意外と狭かったのだろう。1980年代以前にも小田和正や山下達郎というレジェンドはいたけれど、それぞれ出自はオフコースであり、シュガー・ベイブであり、ともにもともとはバンドのヴォーカリストだ。杉山清貴もそうで、デビューは杉山清貴&オメガトライブであった。ちなみに、HR/HMからの流れはいわゆるヴィジュアル系の一部が受け継いでいったと考えられる。そう考えると、昔の日本では、レンジの広さやハイトーンのヴォーカルは迫力や圧力とニアリーイコールだったと言えるのかもしれない。少なくとも“さわやかさ”とは無縁のパフォーマンスであった時期は確実にあった。そんな中、“さわやかさ”を押し出した中西圭三というシンガーの存在は当時としては少し特異だったのかもしれない。本稿作成のために彼の歌声を聴いてそんなことを思ったりもした。

2023年現在、ハイトーンを駆使して歌うソロシンガーというと、コンテポラリR&B;によく見られる、情感たっぷりに歌い上げるパフォーマンスを想像する人も少なくないのではなかろうか。愛情やそこから派生した悲哀だけでなく、怨念…とまでは言わないけれど、憤りや焦りのようなものも表現する人たちもいて、本当にシーンの裾野が広がったと思うところではある。

そして、中西圭三はどうかと言うと、少なくとも今回紹介する『Yell』においては、ネガティブなほぼ印象がない。そこが本作の大きなポイントだと考える。本作のプロデューサー、ディレクター、スタッフを含めて、アルバムタイトル通りの作品にしようという意志があったことは間違いないけれど、それも彼自身の歌声によるところが大きかったのではないかと思う。滑舌も良く、クリアーな声質ということも大きいし、何と言うか、その声からまったく嫌味を感じないのだ。人柄が歌声にも表れているとも推測できる。実際に本人にお会いしたことはないけれど、テレビやラジオに出演されている様子を見聞きする限り、いい人である確率は99.9パーセント以上であろう。

シンガーに限らず、アーティストの素のキャラクターがそのまま作品に反映されなければならないという法はない。実際に人を○したことがない人は○人事件を題材にした小説を書けない…なんてことはないとよく言われる。しかしながら、滲み出るものは止められないとも思う。○人事件を題材にした小説ならば、その動機や過程において、作者の性格や背負っているものが投影されることもあるだろうし、それがはっきりと表れなくとも行間からにじみ出ることもあろう。シンガーにおいてはメロディーや歌詞がそうだろうし、コードや楽器の音色にそれが出ることもあるように思う。中西圭三作品を全て聴いたわけでないけれど、彼の音楽には彼のキャラクターがそのまま出ているものが多いと容易に想像できるし、『Yell』はそれが色濃く出たアルバムであろうと確信する。

「Woman」制作の背景

中西圭三の歌に彼のキャラクターが強く反映されていることを強く確信したのは、自身最大のヒット曲であるM3「Woman」を改めて聴いたことによる。キャッチーなサビメロと、それを彩る見事なコーラスワークの印象は当時から耳に残っていたものの、正直に言うとヒットした当時は歌詞まではよく見ていなかったし、漠然とロストラブソングだろうと思っていた。自己弁護するわけではないけれど、アコギで始まり、淡々と鳴らされるリズムトラックへと繋がるイントロからして、どこか物悲しいイメージはある。そこだけ聴けば、少なくともこれが元気はつらつの歌ではないと多くの人は思うのではなかろうか。ベースラインはおそらくシンセベースでそれがそれでカッコ良いフレーズではあるが、どこか無機質な印象も漂う。まったく予備知識のない人、例えば外国人とかにイントロだけ聴いてもらって、これが女性にエールを送っている内容だと思う人は、ゼロだとは言わないけれど、極めて少数な気もする。

今回調べていて、M3には以下のような逸話があることも知った。[当初は「サイレント・メモリー」というタイトルで、歌詞も全く違っていた。急遽三貴『カメリアダイアモンド』タイアップが決まり、CMのイメージに合わせ「前向きな女性を応援するイメージにするため」作詞の売野雅勇が全面的に書き直した]という([]はWikipediaからの引用)。本人がベストアルバム『SINGLES』(1994年)のライナーノーツでそう語っていたそうで、Wikipedia以外でもこの記述を多く見付けたので、ファンの間では有名な話なのだろう。その有名な話を前にこんなことを言うのも恐縮だが、確かにそう思うし、筆者でも同じ選択をするような気がする(売野先生、中西圭三さん、スタッフの皆さま、生意気言ってごめんなさい…)。このサウンドから想像するのは、少なくとも明るさではなかろう。どちらかと言えば、ネガティブ方向をイメージするのではないかと思う。「サイレント・メモリー」がどういう内容だったのかは今となっては知る由もないが、静かなる記憶、沈黙の記憶というタイトルからすれが、内容は推して知るべし、ではあろう。

ちなみに、来生たかおの24thシングルのタイトルが「Silent Memory」(1989年)で、《あなたが歌った Shadow of your smile》という歌詞もあるくらい、まさに影のある内容であった。M3の歌詞にしても、100パーセント元気はつらつではなく、ほんの少し影は感じる。《思うまま生きるのは勇気がいると言ったね》や《大粒の涙だね何を怯えてるの》というフレーズもある。だが、その2つくらいなもので、95パーセントはポジティブシンキングを促すものである。

《Woman 君が探してる/未来は君の中にあるよ…/Woman 何も恐れずに/夢見るように生きてごらん》《自分を信じて歩き出せばいい/心細くても君はもうひとりじゃない》《君がもし夢を棄てようとしても/夢はもう二度と君のこと離さない》(M3「Woman」)。

歌詞だけ見ると有無を言わさぬくらいの圧を感じるかもしれないが、サウンドの効果と、それもまた彼の歌声の爽やかさが糊塗しているのだろう。そこまで押しつけがましくは聴こえない。優しく背中を押すような印象がある。タイアップCMのクライアントは宝飾品販売であって、中西圭三の歌声に女性との親和性があると判断して起用したのだろうと邪推するが、それに応えて歌詞を変更した売野雅勇氏の手腕にも流石の職人技を感じるところでもある。

過渡期ならではのバラエティーさ

「Woman」のヒットで、それまで微妙に逡巡していた感のある中西圭三の方向性ははっきりとしたところがあったよう思う。それは『Yell』から推測できる。「Woman」での、まさしく女性にエールを送るような内容から、4thシングルでもあるM10「君は君の誇り」につながったのだろうし(M10には《拍手に似た見えない声援(エール)を/送りながら…》というフレーズがある)、そこからアルバムタイトルがついたのだろう。M1「恋はハート・オブ・ファイアー」やM5「一番君がしたかった事」もポジティブな内容である。M7「Mystery Night」もその解釈でいいようにも思う。相手に前向きさを促すようなものではなく、主人公の気持ちを吐露したものではあるけれど、「君は君の誇り」のカップリングであったM4「君が瞳にしみる」とM9「Love Song」も決して後ろ向きではなく、純粋な想いを綴ったものではある。その一方で、M2「ダイヤモンド・レイン」、M6「片想いのバースデー」は共にロストラブソング。それぞれ、こんな内容だ。

《弱さを許してほしいと/君から届いたWeddin' Card/君といるだけで幸せになれた/別の未来生きるとも知らずに……》《Ah Diamond Rain/君に帰りたい/叶わない夢に虹を架けてくれよ/君はダイヤモンド・レイン》(M2「ダイヤモンド・レイン」)。

《壁ぎわに肘をつき招んだ君を恨んだよ/明かりが点くと君があいつとキスしてた…》《背中でドアのノブを探して部屋を出た/割れたハートのペンダントをバスルームに残して》《僕の弱さだって言いたかったの?/3人で写した海辺の写真は/前髪を切ったまん中の君が/2本の指立てて悲し気に微笑ってる Wow》(M6「片想いのバースデー」)。

M6は2ndシングルだけあって…と言っていいのか、サウンドは当時っぽいデジタル感がありつつも、モータウン仕様でポップな仕上がり。M2も流れるような歌メロに、キラキラのストリングスや派手なブラスセクションも配された、景気の良い楽曲である。それでいて、この歌詞なのだから、メロディー、サウンドと歌詞が乖離していると言ってもいいだろう。それこそモータウンのポップソングにもこういう歌詞の乗せ方をしている楽曲もあるので、その影響があったとも考えられる。チェッカーズのナンバーにもその傾向が見られるし、ポップなロストラブソングは売野氏の得意技なのかもしれない。ただ、本作以後に同じく売野氏が作詞したシングル曲は、5th「Ticket To Paradise」(1992年)にしても11th「A.C.E.」(1994年)にしても、歌詞のメンタリティーは「Woman」の路線を踏襲していることから考えると、やはり「Woman」で中西圭三のイメージが確立されたのは間違いなかろう。『Yell』は方向性を模索していた姿から、イメージが確立された、言わば“ザ・中西圭三”が出来上がるまでの軌跡が収められたアルバムと言う見方もできる。その意味では、過渡期ならではのバラエティーさがあることで、優れた作品に仕上がった面もあると言える。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Yell』

1992年発表作品

<収録曲>
1.恋はハート・オブ・ファイアー
2.ダイヤモンド・レイン
3.Woman
4.君が瞳にしみる
5.一番君がしたかった事
6.片想いのバースデー
7.Mystery Night
8.永遠のすれちがい
9.Love Song
10.君は君の誇り

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