激しさ増す線状降水帯の〝波状攻撃〟、2018年の西日本豪雨は16も発生していた 豪雨災害の被害額は拡大傾向、年間2兆円超えも

記録的な大雨となり、冠水した住宅街で救助される人たち=2023年7月15日、秋田市

 繰り返される集中豪雨。今年も6月下旬から7月中旬にかけ、九州や中国地方、北陸や東北地方の日本海側で猛威を振るった。地球温暖化が加速し、記録的な熱波や“ヒートドーム”現象による干ばつ、豪雨による突発的な水害が世界各地を襲う。日本でも毎年のように集中豪雨による土砂災害や河川の氾濫に見舞われており、こうした光景はもはや日常になりつつある。
 集中豪雨が報じられる際、必ずといっていいほど出てくるようになった言葉が「線状降水帯」だ。その発生頻度やエリアを分析すると、全国各地で頻発する豪雨災害の実像が浮かび上がってきた。(共同通信=河添結日、小林知史)

河川が氾濫し冠水した秋田市内の住宅街=2023年7月15日

 ▽12年間で300超の線状降水帯が発生
 気象庁気象研究所(茨城県つくば市)の広川康隆主任研究官(45)は2022年に英語の研究論文を発表した。日本で集中豪雨をもたらす線状降水帯が、2009~20年の12年間で300超発生したことが記されている。
 線状降水帯とは、発達した積乱雲が次々と発生して風に流されて線状に連なり、一部のエリアに集中豪雨をもたらす降水域を指す。雨域は長さ50~300キロ、幅20~50キロ程度。海から供給される大量の水蒸気が関係しているとみられ、複雑な地形も影響する。数時間にわたってほぼ同じ場所を通過したり、停滞したりする〝波状攻撃〟で雨が降り続くため、土砂災害や洪水リスクが急激に高まる。

局地的豪雨で発生した土石流にのみ込まれた広島市安佐南区の住宅街=2014年8月2日

 近年起きている豪雨災害に必ずといっていいほど付随して発生する線状降水帯。2014年8月に広島市内で土石流や崖崩れが住宅地を襲い、70人以上が死亡した記録的豪雨以降、頻繁に使われるようになった。
 広川氏は研究で、線状降水帯について「3時間降水量が80ミリ以上の線状のエリアが625平方キロ以上で、5時間以上同じ場所に停滞」することを認定の基準とした。3時間降水量が100ミリ以上のエリアが500平方キロ以上とした気象庁の基準とは少し異なる。形状が線状であることは共通している。
 その上で2009~20年の4~11月に発生した大雨を分析し、303の線状降水帯が発生していたと認定した。発生数は年平均25に上り、2018~20年の3年間の平均となると、34と顕著になっている。
 気象庁によると、線状降水帯は2021年以降も全国各地で発生しており、今年も7月に入ってから、熊本や秋田が豪雨に襲われ、土砂崩れや浸水などの深刻な被害が出ている。発生を伝える「顕著な大雨に関する気象情報」の発表は、発表開始から2年余りで71回(7月末時点)に達していた。

取材に応じる気象庁気象研究所の広川康隆主任研究官

 ▽西日本豪雨は4日間に16が連続発生した
 303のケースの傾向を調べると、発生エリアは紀伊半島や四国・太平洋側、九州西部で目立つが、北海道や東北でも見られ、全国各地に広がっていることが分かる。広川氏は「日本列島は海に囲まれているため、大雨をもたらす積乱雲を発生させる暖かく湿った空気が流入しやすい。全国どこでも発生しうる。(特に梅雨期は)前線に向かって大量の水蒸気が供給される。上空の風の影響によって組織化しやすくなる」と指摘する。

西日本豪雨で浸水被害が大きかった岡山県倉敷市の真備町地区では、氾濫した小田川合流点の付け替え工事が進む=2023年6月16日(共同通信社ヘリから)

 西日本豪雨では、停滞した梅雨前線などの影響で広島や四国、九州などで記録的大雨が降り注いだ。岡山、広島、愛媛の3県を中心に土石流や土砂崩れ、河川の氾濫による住宅街の浸水などで甚大な被害をもたらした。大雨特別警報は11府県に発令。災害関連死も含め300人以上(直接死222人、災害関連死83人)が死亡し、行方不明者も8人に達した。平成以降で最悪の水害となった。
 特筆すべきなのが線状降水帯の数だった。4日間で16もの線状降水帯が次々と発生し、2009年以降の豪雨災害の中で発生数として最多。次に多かったのは、2020年7月の九州豪雨(球磨川が氾濫するなど、熊本を中心に80人以上の犠牲者)で、9つだった。

 次に年別で見てみる。年によって増減はあるものの西日本豪雨が発生した2018年が39で最も多く、次いで19年の32、20年の30となっている。月別では梅雨期の6、7月にそれぞれ線状降水帯が64と105発生し、足し合わせると全体303の過半数を占めた。

 ▽45年間で集中豪雨は2倍強、7月に限ると3・8倍に
 もう少し長期のスパンで見た場合はどうだろうか。まだ線状降水帯の言葉が使われていなかった時分にまでさかのぼるデータがある。気象研究所による別の研究(加藤輝之氏)は、1976~2020年の45年間で、線状降水帯を含む3時間降水量130ミリ以上の集中豪雨の発生頻度を比較している。
 この長期的傾向を見ると、集中豪雨を記録したアメダス地点の割合は、1976年ごろは1年間で1300のうち30台前半にとどまっていたのが、2020年ごろになると70近くへと2倍強に増加。特に7月の発生割合は約3・8倍に達することが明らかになった。
 データからも目に見えて増えている集中豪雨だが、引き起こされる災害のタイプはさまざまだ。18年の西日本豪雨では、線状降水帯が広範なエリアに多数発生した。しかし、発生がなかった岡山県でも河川が相次ぎ氾濫、住宅街が浸水する甚大な被害が出た。実は中国地方では2~3日間で過去最大の雨量を記録した地点が多数あった。
 気象研究所によると、総雨量に対する線状降水帯由来の雨量の割合(寄与率)は、50%を超えたエリアが少なかった。線状降水帯の出現時間は短く、停滞性も弱かったためという。
 一方、四国で1800ミリ、東海地方で1200ミリを超える地点が出るなど、総雨量が1982年以降の豪雨災害の中でも極めて大きく、普段は少雨の瀬戸内地方も含めて広範囲に降った。線状降水帯の基準には達しないものの48時間、72時間雨量が記録的に多い地域が点在。連日か1日おきに土砂降りの雨が襲っていた。

九州豪雨で氾濫した球磨川と、水に漬かった熊本県人吉市の市街地=2020年7月4日(共同通信社ヘリから)

 一方、球磨川や筑後川が氾濫した2020年7月の九州豪雨は降り方のタイプが異なる。普段雨が多い九州で降水量が多く、線状降水帯の寄与率が高いエリアも多かった。中には寄与率が80%近い地点もあった。
 九州大の川村隆一教授(気象学)は「どちらのタイプの災害も危険であることに変わりはない」と強調した上で「西日本豪雨は長雨により普段降水量が少ない地域にダメージを与えた。数日間にわたる雨の継続には大規模な大気循環の関与が考えられるため、比較的予測しやすく、警戒を強められる」と解説する。
 一方、九州豪雨は梅雨前線の南側で線状降水帯が多発した形で、雨が狭い範囲に集中した。こうした災害では数時間のうちに中規模以下の河川が氾濫してしまう危険が高まる恐れがあるという。
 気象庁は線状降水帯の半日前予測を始めているが、川村教授は「ピンポイントで発生位置を予測する精度に至っていない」と課題を示す。
 実際に線状降水帯の予測は難しいとされる。気象庁が発生を知らせるため、「顕著な大雨に関する情報」の発表を始めたのは2021年6月。翌22年6月には避難準備に役立ててもらおうと、約12~6時間前に発生可能性を伝える半日前予測を開始した。
 今年5月には、発生の最大30分前に直前予測を出す運用も始まった。少しでも早く危険度の高まりを知らせるためで、実際の線状降水帯の発生をほぼリアルタイムで伝える。2026年からはさらに確度を高め、2~3時間前には発生予測を出すことを目指している。

 ▽年々拡大傾向、水害の被害額は20年間で12兆円
 集中豪雨による被害の頻発化、深刻化はデータからも示唆される。国土交通省が毎年公表する「水害統計」によると、2001~20年の過去20年間で水害被害額は計約12兆円に及んでいる。共同通信が、豪雨災害が発生しやすい6~10月に起きた主要60災害に絞って集計したところ、被害額は計約10兆円となり、2011年以降の10年間の被害額合計はそれ以前の10年間の1・9倍となったことが分かった。
 被害規模は年々拡大傾向にあるとみられ、2019年にはこの時期の年間被害額が初めて2兆円を超えた。19年度の税収が58兆円余りなので、豪雨災害による被害額が3%強を占めている計算になる。
 水害統計は、洪水や土石流などの水害で発生した家屋や建物、道路や堤防などのインフラ、農作物被害の他、経済活動の中断による損失額を毎年集計。被害が生じた要因も分析している。
 災害ごとの被害額トップは、2019年10月に関東に上陸した台風19号(別名「東日本台風」 1兆8800億円)だ。次いで2018年7月の西日本豪雨(1兆2200億円)、2004年10月の台風23号(7700億円)、2020年7月の九州豪雨(5500億円)と続く。
 発生時期で分けると、台風が日本列島に接近する8~10月が6割で、6~7月の梅雨時期が4割と分け合っており、前後半の10年間でほぼ変化はなかった。
 都道府県ごとのまとめでは、20年間で累計被害が最大なのは台風19号の被害が特に大きかった福島県で、8200億円に上った。続いて6500億円の兵庫県、5800億円の岡山県となっている。岡山、広島の両県では7割を18年の西日本豪雨による被害が占めていた。
 近年、線状降水帯が発生する集中豪雨が増加しているのに加え、台風の勢力が衰えずに北上したり、北日本付近に延びる前線が停滞したりすることによって、東北地方や北海道でも被害が増えている。

大雨の影響で冠水した秋田県大仙市内=2017年7月24日(共同通信社機から)

 災害の激甚化に国や自治体、私たちはどう向き合えばいいのだろうか。
 京都大防災研究所の多々納裕一教授(防災計画)は「統計をみれば、水害被害が近年拡大しているのは明らかだ。想定雨量を引き上げた堤防整備が必要になったり、水害を補償する保険料が上がったり、と影響は多岐に上っている」とした上で「防災予算を有効に使うため、被害を最小化する防災インフラの整備と、被災後もその地域で暮らし続けられる回復力あるまちづくりの両立を心がけることが重要だ」と指摘している。
 大雨被害が相次いだ梅雨から夏本番となり、一転、連日災害級の猛暑に襲われている日本列島。8月に入り、台風の季節が到来しつつある。常態化する異常気象と災害への最大級の警戒、備えが欠かせない。

© 一般社団法人共同通信社