NY地下鉄新型電車、日本では当たり前の「初採用」とは? 川崎重工製、納入後にはシェアで圧倒的首位に「鉄道なにコレ!?」【第48回】

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

川崎重工業グループが製造した米ニューヨーク地下鉄の新型電車「R211」=2023年6月10日(筆者撮影)

 米国最大の都市、ニューヨークの地下鉄で川崎重工業のグループ会社が製造した新型電車「R211」が営業運転を始めた。ニューヨーク地下鉄用車両のメーカー別シェアで首位の川崎重工は、R211の納入後に圧倒的なトップに立つのは確実だ。最大で1612両を納入する可能性があり、その場合は総額約37億ドル(1ドル=140円で約5180億円)と川崎重工の鉄道車両受注で過去最大案件になる。年内にはニューヨーク地下鉄としては「初採用」の構造を用いた編成も登場予定だが、同様の構造を見慣れた日本人は「これが初めて!?」と意外に思うかもしれない。(共同通信=大塚圭一郎)

 筆者が記事に盛り込めなかった話を含めて音声でも解説しています。共同通信Podcast #38【きくリポ】を各種ポッドキャストアプリで検索いただくか、以下のリンクからお聞きください。
 https://omny.fm/shows/news-2/38-4

ニューヨーク地下鉄のタイムズスクエア42丁目駅の看板。円の中に乗り入れている路線が記されている=2022年12月18日(筆者撮影)

 【ニューヨーク地下鉄】米東部ニューヨーク州などが資金を拠出している独立法人、都市圏交通公社(MTA)傘下のニューヨーク市交通局が運行している地下鉄。ニューヨーク中心部のマンハッタン島では路線が網の目のように張り巡らされており、通勤客や観光客らに幅広く利用されている。MTAによると、25系統の路線と計472駅がある。24時間走っており、路線総延長は400キロ弱と地下鉄としては中国の首都北京、中国・上海、英国の首都ロンドンに次いで世界で4番目に長い。新型コロナウイルス禍前の2019年の年間利用者数は延べ約16億9800万人に達していた。

川崎重工が製造したニューヨーク地下鉄の電車「R160」=2023年6月10日(筆者撮影)

 ▽川崎重工製がゲームチェンジャーに
 「落書きだらけでよく故障し、治安も良くないというのが1970年代から80年代初めにかけてのニューヨーク地下鉄のイメージだった」と当時を知る米国人は述懐する。
 ゲームチェンジャーとなったのが、川崎重工が1982年に初めて受注したニューヨーク地下鉄向けのステンレス製車両「R62」だ。高い品質と耐久性が持ち味で、川崎重工の元役員は「当社が造ったR62は故障が起きるまでの走行距離がそれまでの車両より格段に長くなり、運行当局が目を丸くした」と振り返る。都市圏交通公社(MTA)によると、地下鉄車両が修理を受けるまでに走った平均距離は1982年に約1万1500キロだったのが、2019年には約20万5600キロと18倍弱に延びた。
 納期を守る姿勢も評価され、川崎重工はその後も「R160」や「R188」などの電車を受注。これまでに累計2200両を超える車両を納入し、メーカー別シェアで約3分の1と首位に立つ。
 MTAは次世代車両R211の発注先を決める2018年の入札で川崎重工を選定し、基本契約の535両を14億ドルで発注。2022年10月にR211の640両を追加して累計1175両となり、今後も追加発注する見通しだ。

川崎重工のヨンカース工場での出荷を控えたニューヨーク地下鉄車両「R188」=2013年11月16日、米ニューヨーク州(筆者撮影)

 ▽中国メーカーとの受注合戦を制する
 私は共同通信ニューヨーク支局駐在中の2016年9月、川崎重工がR211の入札に参加する方針を固め、鉄道車両世界最大手の中国中車(CRRC)などとの受注合戦になる見通しになったと最初に報じた。
 関係書類によると、CRRCは現在のアルストムに再編された旧ボンバルディア・トランスポーテーションと組んで入札に挑んだものの、MTAが求める最低限の技術要件を満たさなかったため敗北。旧ボンバルディアが受注した車両「R179」の納入が契約より2年超も遅れたのも懸念材料となり、業界関係者は「CRRCは米国での納入実績が乏しいのを補うためにニューヨーク地下鉄に大量供給してきた(旧)ボンバルディアと組んだものの、それが裏目に出たようだ」との見方を示した。
 これに対し、MTAは川崎重工が製造したR160とR188が「高水準の信頼性を達成した」と評価。川崎重工が提示した最大1612両を納入した場合の総額約37億ドルはMTAの当初想定額(44億8千万ドル)を2割近く下回り、白羽の矢が立った。

 ▽コロナ禍の供給網混乱と大量退職による人手不足が直撃
 新型電車の「R211」は車体がステンレス製で1両当たりの長さが約18・4メートル、幅が3メートル、高さが約3・7メートル。1編成当たり5両だが、通常は2編成を連結した計10両で運転される。
 車体の組み立てと主な機器の取り付けは米中西部ネブラスカ州にある川崎重工のグループ会社のリンカーン工場で、最終組み立てと点検をニューヨーク州のヨンカース工場で手がける。川崎重工は米国で生産することで現地の雇用を生みつつ「耐久性が高い車両を、納期通りに納めてきたことで信頼を勝ち取ってきた」(元役員)と自負してきた。
 ところが、川崎重工関係者は「新型コロナウイルス禍によるサプライチェーン(供給網)の混乱で部品調達が難航し、労働者の大量退職による人手不足も直撃し、R211は大幅な納入遅れが起きている」と打ち明ける。
 最初の編成は2020年に納入予定だったが、2022年7月にずれ込んだ。基本契約の535両の納入完了予定は2025年1月と、予定より1年5カ月遅れる見通しだ。

R211の車内にある川重の米ネブラスカ州リンカーン工場製なのを示す銘板=2023年6月10日(筆者撮影)
R211の客室の扉が開いている状態。緑色のランプが光っている=2023年6月10日(筆者撮影)

 ▽駆け込み乗車をいさめる仕掛けも
 MTAが首を長くして待っていたR211系は今年3月10日に営業運転を始めた。最初に導入された路線は、ジャズの名曲「A列車で行こう」のモチーフとなったことで知られる「A系統」だ。マンハッタン北部とクイーンズ区の約50キロを結ぶ路線は途中の一部の駅を次々と通過し、まるでジャズの音色を奏でているような“ノリの良さ”を味わえる。
 筆者もニューヨークを訪れてR211に乗り込んだところ、発光ダイオード(LED)で照らした車内は「眠らない街」にふさわしい明るい雰囲気で、壁面の様々な場所に備えた液晶画面で電車の行き先や停車駅、地元情報などを知らせている。また、旧型車両に比べて格段にスムーズな加速も持ち味だ。
 利用者が乗り降りする時間を短くできるように客室の扉が開いた時の幅が147センチと、従来車両より20センチ長くなった。扉が開いた際には脇にあるライトが緑色に光り、乗降できることを知らせる。一方、扉が閉まる時はライトが赤色に変わって駆け込み乗車をしないようにいさめる。
 ニューヨークなどではアジア系への人種差別的な攻撃が問題化したが、R211は天井に防犯カメラを設置して車内を監視している。バリアフリー化で車いす利用者用のスペースを設けており、車いすの利用がない場合は使える折りたたみいすを備えている。
 惜しいのは座席が野球場のような繊維強化プラスチック(FRP)製で、堅い座り心地である点だ。車両メーカー関係者は「表面がビニールや生地の座席だと、刃物で損傷するようなマナーの悪い利用者もいるためだ」と説明していた。

R211の車いす用のスペース(左側)と、扉が閉まる際に赤く光ったランプ=2023年6月10日(筆者撮影)

 ▽ギャングの道?「ぎょっ」とする語感の新構造とは…
 R211の2023年10~12月期に営業運転を始める予定の編成は、ニューヨーク地下鉄としては初めて「オープンギャングウェイ」と呼ばれる構造を採用する。マフィア組織が暗躍してきたニューヨークだけに、反社会的勢力が駆け抜けていきそうな「ぎょっ」とする語感と受け止められるかもしれない。
 「Open Gangway」を和訳すると「開放された通路」の意味になる。車両同士の連結部分に周囲を覆った通路の連結幌を設け、乗客が行き来できるようにした構造だ。日本では2両以上つないだ旅客列車で広く採り入れられている。
 一方、ニューヨークを含めた米国の地下鉄車両の多くは連結部分に非常時の脱出用扉を設けており、通り抜けを禁じている。ところが、勝手に開けて隣の車両に移る乗客もいるため転落事故も懸念されてきた。
 そこで、連結幌を設けることで安全を確保するとともに、乗客は混雑した車両から移動したり、別の車両からも降車したりできるようにする。ニューヨーク市交通局のリチャード・デイビー総裁は「利用者はより迅速に乗り降りできるようになり、それは大変重要なことだ」と期待する。

R211の連結部分に通路を設けた編成の車内=都市圏交通公社(MTA)提供

 ▽触発されてワシントン地下鉄も採用
 日本の旅客列車では連結幌に接した車端部に扉を設けている場合も多いが、ニューヨーク地下鉄のオープンギャングウェイは同じ編成の5両にわたって扉を設けない開放状態となる。
 この構造の車両は基本契約の535両のうち計20両だけとなるが、MTAは「試験運転の結果が良好だった場合などには追加導入を検討する」と説明している。
 さらに、ニューヨーク地下鉄に触発され、ワシントン首都圏交通局は地下鉄の次世代車両で「トップの肝いりで同じオープンギャングウェイを採用することになった」と明かす。
 ワシントン地下鉄では日立製作所のグループ会社が受注した次世代車両「8000系」のメーカー選定を巡って激しい駆け引きがあり、水面下では中国メーカーが「ダンピング(不当廉売)と受け止められるような安値で受注をたくらんでいた」(関係筋)という。日立が選ばれるまでの舞台裏を次回ご紹介したい。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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