【追悼:PANTA】歴史からとびだせ!最高傑作「クリスタルナハト」から学んだこと  PANTAの問題作にして大傑作「クリスタルナハト」

わけがわからないまま刺さってきたPANTAのシャウト

2023年6月某日、リマインダー編集部から、「次回のコラム、書きたいネタありますか?」と問われ、夏に出たアルバムで印象深いPANTAの『クリスタルナハト』でお願いしますと返信し、了承していただいた。その時点では、これが追悼原稿になるとは思ってもいなかった。むしろ病気療養からの復活ライブの後だし、いいタイミングか? と考えていたくらいだ。

1980年代に思春期を過ごした身には、頭脳警察は早すぎた。リアルタイムで初めてPANTAの歌を聴いたのは1980年、映画『狂い咲きサンダーロード』の劇中歌として。暴走族の抗争の映画、面白そうだぞ… くらいの考えしかなかった中坊時代。当時は頭脳警察のことは知らなかったし、もちろん全共闘の時代に「世界革命戦争宣言」なんて攻撃的な社会派ナンバーを歌っていた人であることも知らなかった。それでも自身のバンド、HALを率いてシャウトするPANTAの歌は、わけがわからないまま刺さってきた。

高校生になった頃、車のCMでPANTAの歌声が聴こえてきた。「レーザーショック」―― ポップでいい曲だけど、なんか違う。当時は知らなかったが、この時期のPANTAは社会的なナンバーから離れてラブソングを歌う、いわゆる “スウィート路線” をひた走っていた。後になって知ったことだが、このスウィート路線、頭脳警察来のファンにはとてつもなく評判が悪く、PANTAのもとには「PANTAを殺して俺も死ぬ」という脅し文が送られてきたとか。

学生運動の時代へのタイムスリップを、強く後押ししてくれた頭脳警察の曲

PANTAが怒涛のように自分の中に入って来たのは、大学に入ってからだ。学生運動にだけは走るな―― そう田舎の親戚に言われると、親の金で大学に行かせてもらっている身だし、ノンポリでいるのは、もっともか… とも思えた。それでも十数年前の大学生が何を考えていたかには興味がある。全共闘や学生運動の本を読み、その熱さを知った。そして闘うならば、もっと世の中のことを知らないと… とボンクラなりに思い、少々難解ではあったが本田勝一の著作を読んだ。そして頭脳警察の曲は、そんな時代へのタイムスリップを、強く後押ししてくれた。

1987年、映画『プラトーン』が公開され、戦争犯罪にも興味を持つようになった。ナチスのことを調べてみて、その残虐な行いにゾッとする。そんなタイミングでの『クリスタルハナト』だ。

PANTAが前年に発表したアルバム『R☆E☆D(闇からのプロパガンダ)』はグローバルな視点で不穏な世界を歌った頭脳警察に近い社会派アルバムだったが、『クリスタルナハト』はそれを超える、とてつもない力作だ。

ホロコーストを念入りに調べ、それを詞に投影していった「クリスタルナハト」

“クリスタルナハト(水晶の夜)” とは、1938年11月にドイツ各地で起こった反ユダヤ人運動。襲撃されたユダヤ人商店街の ショーウィンドウの破片が路上に散らばり、水晶のようにキラキラと光っていたことから、こう呼ばれるようになった。ここからナチスによるユダヤ人迫害が加速化してホロコーストへと暴走していったとされる。

JICC出版刊のPANTAのインタビュー本『歴史からとびだせ』によれば、このアルバムは構想10年とのこと。1980年にリリースされたライブアルバム『TKO NIGHT LIGHT』には、『クリスタルナハト』収録曲と同名だが曲の異なる「フローライン」が収録されており、この頃からすでに構想があったことを認めている。それほどのアルバムなのだから、PANTAはナチスのホロコーストを念入りに調べ、それを詞に投影していった。

ナチスについてはそれなりに独学していた自分にも、このアルバムは格好の “参考書” となった。「シナゴーグ」「メンゲレ」「ヤパーナ」「ディアスポラ」などなど、それまで聞いたことのない単語が次々と飛び出してくる。それらを含め、PANTAがここで歌っていることを全部理解したいと思ったのは、音楽が素晴らしかったからに他ならない。ハードロックのようなイントロに導かれた1曲目の「終宴 THE END」にぶっ飛ばされ、早急なビートの「BLOCK25-AUSCHWITZ」に緊張し、美しいアレンジの「ナハト・ムジーク」やザ・バーズ風の「夜と霧の中で」にグッときて、ラストのロッカバラード「オリオン頌歌 第2章」に無常を覚える。

“これがオレたちの世界 / ごまかしきれない世界”

―― 人間が人間に対して、どれほど残酷になるのか。『クリスタルナハト』というタイムスリップは、かなり重いものだった。

当時、ひとつ疑問に思っていたことがある。なぜPANTAは、海を隔てた国の、はるか昔の残虐さを歌ったのか? 先述の『歴史からとびだせ』には、こんな記述がある。

「南京や重慶で起きたこと、または朝鮮人虐殺を、レコードにして市場に出すことは日本ではできない。ならば同時代に起きたクリスタルナハトを、アジアにスライドさせたい」

―― こんな裏話を知って改めてアルバムを聴くと、重さにさらに圧倒されてしまう。

大学を出て社会人になり、もう30数年が過ぎた。毎日毎日ニュースを追いかけながら、年齢的には成熟しているはずだが、政治的な信条を持っているわけではないし、支持政党もない。ノンポリといえばノンポリだし、リベラルといわれればそうなのだろう。それでも選挙があれば、必ず足を運ぶ。投票の目安はいつも同じ。

この候補者は、虐げられかねない弱者のことを考えているのだろうか? 

自分に政治信条があるとすれば、それは『クリスタルナハト』かもしれない。ありがとう、PANTA。安らかに。

カタリベ: ソウママナブ

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