Mr.Children「君がいた夏」いつ聴いても甘く切ない青春の香り【90年代夏うた列伝】  いつの日にも胸をキュンとさせる、「君がいた夏」

いつの日にも胸をキュンとさせる、普遍の青春の記憶「君がいた夏」

今や昼間は熱中症の危険が、夜は寝苦しい熱帯夜で、日本の夏は厳しい環境にあるが、振り返れば少年時代の夏は、暑かろう楽しかろうといい思い出しかない… という男性も多いだろう。そんな記憶の傍には、ひと夏の恋の思い出を振り返る、切ないメロディーがいつも流れていた… と言えば思い出補正も過ぎるが、夏の日の恋を歌ったラブソングは、いつの日にも胸をキュンとさせる、普遍の青春の記憶なのである。

そんな1曲に、Mr.Childrenの「君がいた夏」を挙げる人は多いだろう。夏の終わりの夕暮れ。浜辺に佇む男女。主人公は、「君」と出会ってから何も手につかず、だが秋が来れば二人は離れ離れになる。その理由は明確にはされていないが、サビで何度もリピートされる「また夏が終わる」「時は二人を引き離して行く」のフレーズは、まるで運命に導かれ、引き裂かれて行くかのように切ない。そして主人公は「ひまわりの坂道」を駆け降り、振り向いた君の姿を、永遠に記憶に焼き付ける。

当初は「夏が終わる」というタイトルだったアマチュア時代の曲

この曲はMr.Childrenのファーストシングルとして1992年8月21日にリリースされた。彼らは同年5月10日にアルバム『EVERYTHING』で既にデビューしているので、アルバムからのシングルカットということになる。この曲を含めたアルバム曲は、すべてアマチュア時代にあった楽曲で、「君がいた夏」も当初は「夏が終わる」というタイトルだった(その後にリリースされた「夏が終わる〜夏の日のオマージュ」とは別曲)。

舞台となる夏の砂浜は、桜井が幼少期から親しんでいたという山形県の湯野浜が舞台で、少し前までの賑わいが嘘のように、気づけばみんないなくなっていた、その時の寂しさと浜辺の景色を歌にしたものだそうである。

ミディアムテンポのゆったりした曲調で、後半にかけて盛り上がりを見せる構成は、ミスチル作品らしいドラマチックな作り。ことにサビ頭の箇所など、桜井らしいメロディーラインの萌芽が既に見られるのだ。田原健一の弾くスライドギターの爽快な音色も、夏の終わりの涼しげな一陣の風のようである。ちなみにこの曲のMVは、サングラス姿のメンバー4名が、浜辺で演奏したり、時に美女と絡んだりするコミカルなタッチの映像となっている。

タイトルは、同名の外国映画から

この曲の歌詞の解釈は、多くのファンによって独自研究がなされているが、気になるのはタイトルが同名の外国映画から取られた、というエピソードである。

『君がいた夏』は1988年のアメリカ映画で、フィラデルフィアを舞台に、プロ野球選手としてのキャリアを終え、落ちぶれた主人公ビリーの元に、彼の従姉である年上の女性ケイティが拳銃自殺したという知らせが届く。ビリーは野球少年だった頃、いつもそばにいてくれたケイティに思いを寄せていた。過去の記憶を辿るうち、かつて彼女と訪れ、二人が心を通わせた特別な場所を再訪し、ビリーは人生をやり直すことを決意する。

この映画で年上の女性ケイティを演じたのは名女優ジョディ・フォスター。神々しいまでの美しさで、少年にとっての憧れの女性を演じている。そして、二人の関係が盛り上がる、ここぞという場面でかかるのが、デヴィッド・フォスターによるテーマ曲。甘く切ない旋律はさすがの力量だが、他にも少年期が60年代半ばという設定なので、フォー・シーズンズの「シェリー」やシュレルズの「ベイビー・イッツ・ユー」といった60‘sのヒット曲もふんだんにかかる。

思春期の少年が、年上の女性に憧れとも恋ともつかぬ感情を抱き、ひと夏の甘い経験を過ごし、ほろ苦い別れを迎える物語は、アメリカやヨーロッパの青春映画の定番的なテーマで、ミシェル・ルグランのテーマ曲で名高い71年のアメリカ映画『おもいでの夏』など、印象深いメロディーと共に、ひと夏の恋を回想するのが、こういった青春映画には欠かせない。

より普遍的な言葉で、淡くほろ苦い夏の思い出を歌う

そう考えると、「君がいた夏」の歌詞が回想で描かれているようにも聴こえてきて、映画『君がいた夏』の物語構造がシンクロしてしまうのだ。ひょっとしてこの歌で描かれたヒロインは、年上の大人の女性? などと想像を膨らませることも可能だ。実際、プロデューサー小林武史と組んだことにより、アマチュア時代のレパートリーだった「夏が終わる」とはメロディーも歌詞も変更されているそうで、最終的な完成形は、より普遍的な言葉で、誰もが青春期に経験したであろう、淡くほろ苦い夏の思い出を歌う内容となっている。

相手の女性が年上でも、年下でも同い年でも入り込めるし、もちろん大人の男性が、去年の恋を思い出しているという物語でもいい。少年時代に経験してみたかった、理想の「夏の日の恋」という解釈すら許されるのだ。

誰もが自身の感情を投影し、共感できる歌詞と、馴染みやすくメロディアスな楽曲は、現在に至るまでMr.Childrenというバンドを象徴するスタイルだが、それが初期から既に確立されたスタイルだったことが、「君がいた夏」を聴くとよくわかる。

デビューから30年以上が経過し、メンバーチェンジもない4ピースバンドのファーストシングルがエヴァーグリーンな魅力を放つ「君がいた夏」であったことは、ある種運命的なものすら感じさせる。いつ聴いても青春の香りがするMr.Childrenというバンドの魅力が凝縮された、永遠の夏のマスターピースなのだ。

カタリベ: 馬飼野元宏

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