言語コミュニケーションのメカニズムを探り、人と自然に話せるコンピュータを研究開発~同志社大学

文化関連科目、データサイエンス関連科目を横断的、体系的に履修する文理融合型の学びで、「総合知」の創出をめざしている、同志社大学の“文化情報学部”。

今回は、その中で「言語学」を担当されている言語資源研究室の伊藤 紀子准教授に、詳しくお話をうかがった。

共同研究での雑談データ収集時のチャットのサンプル。右側が人、左側がチャットシステムのセリフ。

言語コミュニケーションのメカニズムを探り、

人と自然に話せるコンピュータを研究開発

ここ数年で飛躍的な進歩を遂げている、AIを使った言語コミュニケーションの分野。ChatGPTの登場で更に加速度を増し、注目を浴びているこの分野で、「人と自然に話せるコンピュータの研究開発」に携わっているのが、伊藤 紀子准教授だ。

「人は相手をみて話し方や話す内容を変えますよね。それと同じように、ロボットやコンピュータが人と会話をするときに、ユーザーがどんな人なのかということをある程度予測しながら、それに合わせてうまくコミュニケーションがとれるような、究極的には「ドラえもん」のようなシステムが作りたくて、共同研究を続けています。私が専門としている言語学の立場からすると、まずは“人がどんな風にしゃべっているのか”を知る必要があります。そこで、人同士が会話している時の言葉づかい、視線や身振り手振り、発言の際の“間(ま)”、テキストでチャットをする際の言葉の伝え方などについて、数年にわたりデータを取って分析しています。」と伊藤准教授。

専門分野の異なる教員がコラボレーションする人気の授業

「ジョイント・リサーチ」

文化情報学部には、言語学の他にも認知科学・情報工学など、多岐にわたる分野を専門とする教員が数多く所属している。

その特性をいかし、同学部は教育面で文理融合型の科目を提供するだけでなく、研究面でも様々な分野横断的、学際的なプロジェクトを立ち上げている。それを具現化したのが、専門の異なる複数の教員がタッグを組んで共同で授業を行う「ジョイント・リサーチ」である。同学部の教育研究活動の縮図のようなこの授業は、まさに文化情報学部だからこそ実現可能な文理融合型の授業として人気を博している。

「私の場合は、現在2つのジョイント・リサーチの授業を担当しています。1つ目は、音楽学専門の先生、情報工学専門の先生、言語学専門の私の3人で行う音楽情報学の授業。2つ目は、ロボット工学専門の先生、行動科学専門の先生、言語学専門の私の3人で行うシステム開発に直結した授業。実際にコミュニケーションのとれる小さなロボットを動かしたり、画面上でアバターを動かして会話したりする中で、人・ロボット・アバターそれぞれと話すときの違いについて実践的に学びます。

他の分野を専門とする先生方と一緒に行う授業は、本当におもしろいですね。教える立場の私にとっても視野が広がり、できる授業や研究の幅が広がりますし、授業を受ける学生達にとっても、3領域の専門分野がコラボレーションすることでより広く深く専門的なことが学べます。文化情報学部で学ぶ今の学生たちは本当に恵まれた環境が整っていて、羨ましく思います。」

音楽情報学のジョイント・リサーチで作成中のデータサンプル(大学カレッジソングの冒頭)。

紙の楽譜をパソコンで入力していくと、コンピュータ上にデータ化されていく。

多様性も実感できる文理融合型の学びだからこそ、できること

文理融合型の学びを展開している文化情報学部は、文系出身、理系出身の学生たちが一緒に学ぶ環境にあるため、他学部と比較しても学生達の趣味嗜好の幅が広いという。まさに多様性を実感できる学びの環境が広がっている。

「文系出身・理系出身それぞれの学生たちがいますので、人文学的な考え方ではこれが当たり前だけど、自然科学的思考を持つ学生はそうは思わないということが起こったとき、どちらが説得力のある論を立てられるか学生同士でディスカッションを行います。そうした時に、文系出身、理系出身それぞれの学生たちは、自分たちがいかに狭い範囲の中で物事を考えているかということに気づくんですね。そこでお互いの考え方の違いを学び、良いところを積極的にとりいれ、理解した上でどう協働していくか試行錯誤する貴重な体験も得られます。

また、言語学と共に統計学などの理系分野も学べることで、例えば社会に出てプレゼンテーションをするような場面でも、結果を単に示すだけでなく、データ分析の手法を使って、その提案や結論の根拠を示すことができるようになるでしょう。

私の研究室では割と趣味性の高い研究テーマを選ぶ学生が多いですね。例えば、推しのアーティストの歌詞研究、漫才がなぜ面白いのかの研究、キャッチコピーの研究、名言とはどこがどう名言なのかについての研究、口コミ情報の研究、テレビドラマの台詞の研究など、とにかく“言葉”というデータを扱うのなら、研究テーマはなんでもOKです。その代わり、内容はきちんとデータ分析で裏付けをして、学術的に論じられないと卒業研究にはならないので、学生達は『もう推し、やめようかな』と言い出すくらい、真剣に研究しています(笑)。」

社会で活かしてほしい言語学

ジョイント・リサーチの授業の他に、言葉がいかに話者の居住エリア・性別・年代などによって異なるかについて学ぶ「ことばと社会」、大量の言語データの中から言葉の使い方のパターンを抽出する方法について学ぶ「コーパス言語学」、会話の中でどのような意味のやりとりがなされているかについて学ぶ「語用論」の3つの授業を担当されている伊藤准教授。これらの言語学の学びを、今後社会に出ていく学生たちにどのように活かしてほしいと期待されているのか、お話を伺った。

「母語話者だからといって、いつも正しく喋っているわけではない、ということを意識するように学生達には伝えています。例えば、最近『炎上』とか『ポリコレ』といった言葉がよく使われていますよね。こうした言葉は、自分ではこういう意味だと思って使っていたとしても、意外と他の人たちは違う意味で使っていた、ということがよくあります。あなたたちの言葉に対する当たり前は、さまざまな世代の人がいる社会に出たときに、当たり前じゃないかもしれない。あなたたちが普段使っているポジティブな意味で使っている言葉が、世代が違えばネガティブな意味で受け取られることもある。だからこそ、常に自分の日本語は大丈夫かなと確認できるように気を付けるよう話しています。」

これからの大学選びに大切な視点

「高校生まではテストの点数を基に、文系・理系を選択するよう刷り込まれています。もちろんそういう選択方法もあるとは思いますが、その分野が得意かどうかや点数が取れるかどうかではなく、“その分野に興味があるかどうか”ということを、一度立ち止まって考えてもらいたいと思います。数学の点数がいいから必ず理系に行かなくてはいけないわけじゃないし、国語の点数がいいから必ず文系に行かなくてはいけないわけではありません。興味のあること、好きなことを学ぶという視点で大学選びをすることが大切だと思っています。

もちろん、今は何を学びたいかが分からなかったり、やりたいことがたくさんあったりしてもいいんです。文化情報学部には、自分は文系出身だけれど、データサイエンスのことも勉強しているうちにそれが楽しいと思えるようになった学生や、理系出身だけれど、言語学に興味がわいて統計学を用いた言語の研究に没頭する学生などがいて、文理融合の学びが学生自身の視野や可能性、将来の職業選択の幅を広げてくれています。社会に出ても、自分一人でできることには限りがあります。だからこそ、これからは専門分野、得意分野の異なる人たち同士みんなが手を取り合って、一緒に学んでいくことが大切ではないかと思っています。」

同志社大学 文化情報学部 言語資源研究室

伊藤 紀子准教授

三重大学人文学部卒。イギリス・バーミンガム大学修士課程修了、神戸大学文学研究科

修士課程修了・博士課程中退。もともと英語の先生をめざしていたが、大学で話し手の属性(性別、職業、出身など)と言葉遣いの関連に興味を持ち、言語学を専攻。その後、理化学研究所脳科学総合研究センターの研究員となり、情報工学の専門家との研究プロジェクトに参加。状況に合わせて柔軟に言葉を理解・生成できるコンピュータの研究開発に携わる。2008年より現職。

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