サザンオールスターズ「あなただけを」桑田佳祐もいちばんのお気に入り【90年代夏うた列伝】  累計で113.2万枚のミリオンセラー「あなただけを」

桑田佳祐一番のお気に入り、サザン夏うたの代表作「あなただけを」

「夏といえばサザン」

―― 毎年この言葉が聞かれること自体すごいことだ。今年でデビュー45周年。もはや日本人にとって「夏のサザン」は、かき氷、冷やし中華、花火大会のようなもの。今年は9月27日から4日間、桑田佳祐の地元・茅ヶ崎で久々にライブが行われる。まさに、サザンとともに夏が終わる年になりそうだ。

ところで「サザンの夏歌」の代表作ってなんだろう? いろいろ意見はあると思うが、ファンの間でとりわけ人気が高く、桑田自身もよく「いちばんのお気に入り」と語っているのが「あなただけを ~Summer Heartbreak~」だ(以下、サブタイ略)。発売は1995年7月17日。「エロティカ・セブン」以来のオリコン1位を獲得し、累計で113.2万枚のミリオンセラーとなった。

「あなただけを」というと、私の中ではまず「あおい輝彦」なのだけれど、わざわざ「Summer Heartbreak」というサブタイトルを付けたのは、歌謡曲をこよなく愛する桑田が先輩に敬意を払ったのだろう。

激動の年、1995年のサザンオールスターズ

1995年といえば、年初に発生した阪神・淡路大震災と、一連のオウム事件に日本中が揺れた激動の年だ。この年、サザンはどんな状態だったかというと、バンドの顔、桑田が1993年からソロ活動(第2期)に入り、年始の時点でサザンは活動を休止していた。1956年生まれの桑田は、この年39歳。40歳の大台を前にいろいろ思うこともあったに違いない。

桑田は1月、小林武史のプロデュースで、Mr.Childrenとコラボしたチャリティーシングル「奇跡の地球(ほし)」を発売。1988年以来、桑田は小林にサザンのアレンジ・プロデュース両面を任せ、全幅の信頼を置いていたが、このコラボ以降、小林の手を離れた。別に揉めたわけではなく、メンバーではない小林が長く楽曲創りに関わり続けることはバンドのあり方として好ましくない、と桑田は判断したのだろう。

ソロ活動にひと区切りつけた桑田は、5月から満を持してサザンを再始動。サザンはかつてのように、メンバー間でアイデアを出し合って楽曲を創っていくセルフプロデュースのスタイルに戻った。活動再開後、最初に出したシングルが5月発売の「マンピーのG★SPOT」だ。

最初にタイトルを聞いたときは「なんつうド直球だ」と思ったけれど、メジャーシーンでこんなドエロなタイトルが許されるのはサザンだけだろう。歌詞もエロ全開だが、曲はブルージーなロック。奇をてらっているようで、音楽的に守るべき部分はちゃんと守っている。実にサザンらしいバランス感覚だ。でもこれがやりたくて桑田はサザンを再開したのか? 決してそうじゃないだろう。

月9ドラマ「いつかまた逢える」の主題歌「あなただけを」

じゃあ、次はどんな曲を? と興味津々でいたら、わずか2ヵ月後にリリースされたのがこの「あなただけを」だった。リアルタイムで聴いていた方はご記憶と思うが、この曲、フジテレビの月9ドラマ『いつかまた逢える』(1995年7月〜9月放送)の主題歌になった。主演は、サザンと同じアミューズ所属の福山雅治。桜井幸子がヒロインで、今田耕司、大塚寧々、椎名桔平らが脇を固めた。

大塚寧々がラジオ局のADという設定で、系列のニッポン放送がロケに協力。若き日の垣花正アナや川野良子アナも出演していた。私もこの頃からニッポン放送に出入りを始めたので、なんか懐かしい。ちなみに、このときロケに使われた有楽町のニッポン放送は現在の社屋ではなく、建て直す前の旧社屋。有名な「銀河スタジオ」があった頃だ。その時代を知っているスタッフも少なくなった。

「海」「波」「渚」「涙」「泣」「溢」…サザンファンが求める “サンズイ” 要素

話が横道にそれた。で、ドラマタイアップもあって大ヒットしたこの「あなただけを」、最初に聴いたとき「マンピー」とは違う意味で「なんつうド直球だ」と思った。季節は夏、舞台は海、そこで展開される、甘くほろ苦いラブストーリー。「ベタすぎやろ」と。名フレーズも満載だ。

 泣かないで 溢れ出す涙を拭いて  去(い)かないで あの夏は夢  現在(いま)は想い出に残るひととき

桑田流の造語や、語感だけで選んだ意味不明なワードも出てこない。歌詞がハッキリ聴きとれる(笑)ド真ん中直球のラブソング。桑田のボーカルがとても沁みる。冒頭の「♪泣かないで〜」のところで、本人が泣くなと歌っているのに、もう目頭が熱くなっている人もたくさんいそうだ。

 涙色した貝殻に  熱いため息が出る  恋の行方も知らないで  アイドルみたいにシビレてた

このへんは実に桑田っぽい。「涙」はサザンのキーワード。「貝殻」「ため息」は弘田三枝子やザ・ピーナッツを連想させる言葉で、とても「歌謡曲」だ。「アイドルみたいに “シビレ” てた」をわざわざカタカナ表記にしているのはたぶん、植木等「シビレ節」からのインスパイアだろう。♪シービレちゃった〜 シービレちゃった〜 シービレちゃった~ヨーン、と。

 波が脱がせたハイヒール  生命(いのち)の限りに口説いてた

 黄昏て 渚のステージに  月明かりだけがついて来たのさ

 誰かが落とした麦藁帽子が  波にさらわれて夏が終わる

このあたりの描写も、情景が瞼に浮かんできて、とても切ない。さらにビーチ・ボーイズ風のコーラスが重なる。完璧だ。

「海」「波」「渚」「涙」「泣」「溢」… サザンファンが求める “サンズイ” 要素が、この曲には(わざと)すべて盛り込まれている。いわば「トッピング全部のせ」。しかもドラマの映像にもドンピシャでハマっている。そりゃミリオン行きますわ。

“サザン的なるもの” とはいったい何か?

重要なのは桑田が、尖りまくった「マンピー」のすぐあとに、真逆を行く「超売れ線」のこの曲を創った、という事実である。ある意味セルフパロディっぽい本曲は、桑田が新生サザンを始めるにあたって “サザン的なるもの” とはいったい何か、あらためて再確認するための実験曲ではなかったか?

たしかに、小林武史の力は大きかった。彼のおかげで数々のヒット曲が生まれたし、音楽の幅も広がった。けれど、余分な色もついた。そういったものをいったん削ぎ落とし、しじみエキスを煮詰めた「しじみ習慣」のように、「サザンエキス」を煮詰めた曲で勝負したら、はたしてそれは売れるのか?…… 結果は大成功だった。

ということは、桑田が思っていた以上に「サザン的なるもの」は世間に浸透していたということだ。「やるじゃん、俺」。「あなただけを」のミリオン達成は、ソングライター・桑田佳祐に「迷わず我が道を行け」という自信を与え、アレンジ面含め、以降彼らが発表する曲のベースになったように思う。

サザンエキスを全注入した「あなただけを」

「あなただけを」発売からおよそ1年後の1996年7月20日、新祝日「海の日」がスタートしたその日に、サザンは再始動後初のアルバム『Young Love』をリリース。「あなただけを」もこのニューアルバムに収録された。「あなただけを」同様、ほとんどがセルフプロデュース作品で、収録曲はメンバーが影響を受けた60〜70年代の洋楽ロックがベースになっている。

アルバムのジャケットを見ればコンセプトは一目瞭然。Re:minderの読者諸兄なら、サザンのメンバーがそれぞれ洋楽名盤のどのジャケットをパロっているかすぐにおわかりだろう(正解はあえて省略)。桑田はじめ、メンバー全員が足下を見つめ直し、サザンエキスを全注入した「あなただけを」があったから、彼らは28年経った今も健在であり続けるのだ。

カタリベ: チャッピー加藤

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