【サンデー美術館】 No.303 「〈手〉が語ること」

▲復員〈タラップ〉(部分) 香月泰男 1967年 山口県立美術館蔵

 戦争終結から1年9ヶ月。香月泰男はようやく日本に帰ることができた。1947(昭和22)年5月21日、復員船恵山丸が舞鶴港に到着したのである。

 描かれているのは、極寒のシベリアを生き抜いた香月たちが、いままさにタラップを降り、故国の地をふみしめんとする直前。その視線の先には溢れんばかりの新緑に覆われた山々があり、会いたいと願い続けてきた肉親の暮らす大地がある。

  とはいえ、そこに描かれた〈顔〉に、歓喜や安堵が浮かんでいるというわけではない。むしろ、なにか呆然としているといった感じである。「背中に霊を背負っている感じだったかもしれない」と香月はいう。収容所で「死んだ30人あまりの仲間」のことが、ふいに頭をよぎったというべきだろうか。

 一方、描かれた〈手〉には、もう少し明確な意思が宿っている。それは、これから再び始まる筈の〈生〉に、一刻も早く触れたいという素直な欲求である。

 ※コレクション展「描かれた戦争と抑留」(9月24日まで)展示作品

 山口県立美術館副館長 河野 通孝

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