【世界の難民問題】米国では手厚く保護され、平均時給2800円の人生が待っている(前編)

By 「ニューヨーク直行便」安部かすみ

(c)Kasumi Abe
  • Photo: 今年2月、NYで行われたウクライナ避難民に対する就職説明会。

難民が命がけで先進国を目指すワケ

昨今の難民関連のニュースでは、多発する移民船(ボート)の転覆事故が伝えられている。

つい最近もチュニジアからイタリアに向かっていた船が沈没し、45人のうち41人が死亡。また別の日はフランス沖の海峡で船が沈没し、59人(多くはアフガニスタン人)が救助されるも6人が死亡した。

ある報道によると、今年だけで死者は1800人以上に上るという。

  • アメリカ同様に欧州でもこの10年で移民急増が問題化している。写真は、ギリシャへ向かうシリア難民(2020年)。

難民や亡命希望者は命の危険を冒してまでもこのような簡易ボートやいかだに乗船し、命からがら先進諸国を目指す。新天地に辿り着きさえすれば、自分とこれから続く子孫にとってより良い人生の可能性、明るい未来が広がると信じているからだ。

「永住権」取得へ。米に逃れたウクライナ避難民のその後

難民関連のニュースでは、昨年2月のロシアによる軍事侵攻以来、異国で避難生活をスタートさせたウクライナ人のその後を追うものも増えた。日本の空港にも続々と到着したが、危険を伴う船でなく航空機で先進国に避難できた人は、恵まれている方と言えるだろう。

彼らはアメリカにも続々と到着しており、筆者も昨年、キーウから避難してきたウクライナ人家族との出会いがあった。長女が留学で数年前からニューヨークに住んでいたので、残りの家族が避難先をどこにするかの選択は彼らにとって難しいことではなかった。家族は侵攻開始の1週間前、航空機で渡米し市内の長女のもとに身を寄せた。夫(長女の父親)はIT系企業を経営し裕福な方だ。現在、庭付きの広いエアビーを仮住まいとし、新たな生活を送っている。

そんな一家がこの夏、夫の両親の避難先オーストリアで一緒に過ごすと聞いて、筆者は少し驚いた。避難から1年半という短期ですでに出国&再入国可能なステータスを米政府から与えられていることに。詳しく聞けば、すでにグリーンカード(永住権)も申請済みで、もうすぐ降りるだろうとのこと。アメリカの、避難民の定住後の受け入れプロセスの速さに感心したのだった。

ウクライナ避難民の数(ロシアによる侵攻〜今年2月)

周辺国 1860万人(戦況を見てウクライナに再入国している人も多く変動あり)

日本 約2302人 参照

アメリカ 27万1000人以上 参照

難民はなぜユタ州へ?

ウクライナ人のように祖国を追われ、何らかの支援を必要としている人はほかにも世界中にはイラク、アフガニスタン、ソマリア、スーダン、コンゴなど、これまでの最多の約1億1000万人いるとされる。参照

筆者は6月20日の世界難民の日に、難民キャンプから再定住した難民(第三国定住難民)を手厚く保護する西部ユタ州を訪れた。なぜユタ州かと言うと、複数の専門機関をはじめ、州立大学などさまざまな団体が手を取り合い、難民の新生活のバックアップしているからだ。同州は1995年以降の数字で6万5000人の避難民を受け入れており、今後も支援の継続を宣言している。

  • 米西部に位置するユタ州。州都は2002年冬季オリンピックで有名なソルトレイクシティ 。出典:グーグルマップ(筆者がスクリーンショットを作成)。

モルモン教徒が約6割を占めるユタ州。難民・移民に寄り添い受け入れに寛容とされる理由について、「歴史的に見ても、ここは中西部における宗教上の対立から逃れ安住の地を求めたモルモン教徒が辿り着き、築き上げた居住地だからです」と難民支援団体、末日聖徒イエス・キリスト教会(The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints)の女性スタッフが教えてくれた。

州都ソルトレイクシティは、日系人の比率が高い都市の一つで日本のコミュニティもある。この理由も、ユタ州が第二次世界大戦後に強制収容所から解放された日系人を積極的に受け入れた歴史と関係する。

世界は難民危機。先進諸国に再定住は0.05%以下

難民、亡命希望者、米の在留資格がない人のために職業訓練や仕事斡旋支援を行うユタ州政府機関、労働力サービス局(Workforce Services in Utah)の難民サービスオフィス(RSO)を訪れた。1997年にボスニアから難民として両親と渡米したマリオ・キヤヨ(Mario Kljajo)さんが現在、局長を務める。

キヤヨさんによると、前述の1億人強のうち、保護国(再定住先)を探している「難民」の数だけで、世界中に約3250万人おり、うち41%が子どもだという。多くは家族と離れ離れで難民キャンプでの生活を強いられている。

これらの人々が希望すれば日米欧など先進国に再定住できるかといえば、現実的には非常に困難な道のりだ。先進諸国に再定住できる人数の見積もりはたった0.05%以下(数字にすると1万数千人規模=主にアフガニスタンとウクライナの難民)だそう。欧米諸国が世界をリードしていると言われる難民認定だが、実際の受け入れ数は「ほんのわずか」であることがわかる。世界はまさに「難民危機」に陥っている。参照

一方アメリカに難民として来ることができたなら...

そんなシビアな難民危機の現実がある中、アメリカは再定住した難民の手厚い保護を約束しているから、冒頭のウクライナ家族のように、もし難民認定されたならラッキーと言える。ここで一旗揚げ、運次第ではアメリカン・ドリームも叶うかもしれない。

では、実際アメリカは難民をどのように受け入れているのだろうか。

アメリカは州ごとに多少異なるが、ユタ州の難民の受け入れサポートについては「空港への出迎えから始まり、到着から90日間を集中的に3つの難民支援団体*と公的機関(RSO)、教育機関が手を取り合って住居、飲食、就職の斡旋、英語、公立校入学、健康ケアなど、新天地での生活に必要なことを全面的にバックアップします」とキヤヨさん。この体制の中で、RSOは主に就職に関する支援と、難民を専門機関につなぐ役割を担っている。

  • 国際救助委員会 (International Rescue Committee=IRC)、カトリック・コミュニティサービス(Catholic Community Service=CCS)、キャッシュ難民・移民センター(Cache Refugee and Immigration Center=CRIC
  • 末日聖徒イエス・キリスト教会の人道センターが運営する、難民の新生活に提供するベッドの製造工場。難民もここで働く。(c)Kasumi Abe
  • 末日聖徒イエス・キリスト教会の人道センター。難民の新生活で使う家具はここから全米に発送される。(c)Kasumi Abe

アメリカ再定住の難民、平均時給は約2800円

住まいが決まったら次は仕事だ。難民は実質的に、到着初日から働くことが許可されている。中には祖国で医者など専門職だった人もいるが文化、言語、システム、免許が違う異国で初日から働くことは難しい。仕事に就いたことがない人には、どのような分野に興味があるかコンサルテーションし、なぜ人は労働が必要なのかといったことや、米国社会での自信のつけ方など、先進国で生きていく上での社会人のノウハウを一から教える。

ユタ州では求人は豊富にあり、難民や移民を社会が歓迎するムードもあるため、就職は問題ないという。どのような仕事に就くのかと問うと「交通機関や工場など多様で、その人のスキルに応じてさまざまです」(キヤヨさん)。

そして気になる労働対価だが、RSOによると、関連機関がユタ州内での再定住を支援した難民の平均時給は16.11ドル(約2310円)。また難民の時給の全米平均では19ドル(約2770円)。中には$34.38(約5025円)の事例もある。

多くの難民にとってこの時給は祖国では大金だろうが、ユタ州の平均時給2123ドル(約3070〜3300円)より下回る。何より気になるのは、インフレが進み物価もそして家賃も高いアメリカで、時給16〜19ドルで、金銭的に豊かな生活が送れるのかということだ。これについて問うと、RSOアシスタント・ディレクター、マイケル・ペカルスキ(Michael Pekarske)さんはこのように答えた。

「我々専門機関が手を取り合い就職、住居、英語などの支援体制を、90日後も必要に応じて提供します。そして何より大切なのは、彼らがここに到着後に就く仕事が決して『その場しのぎ』のものではなく、その仕事を通してこれからの人生で長くキャリアとして積み重ねていくことができるのか、そのような仕事であるかということ。それこそが大切なんです」

「我々が支援する難民の80%以上は、アメリカ到着から6〜8ヵ月間で自立しています」

  • (左から)RSOのスタッフ、ペカルスキさんと、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争から逃れたキヤヨさん。(c)Kasumi Abe

こう話すのは、1945年の創設以来、難民の再定住や里親支援をするカトリック・コミュニティ・サービス・オブ・ユタ(CCS)のディレクター、エイデン・バタール(Aden Batar)さん。彼自身が1994年にソマリアから逃れてきた難民だ。CCSは昨年だけでウクライナ、アフガニスタン、コンゴ、南スーダン、シリア、イラクなど20ヵ国以上の国から紛争や迫害で逃れた625人の難民の「再定住」を支援した。

ここでは、到着初日から少なくとも12ヵ月間、出身国の言語を話す担当者が難民の新生活(住居、就職、健康、食料など)を手取り足取り支援する。政府からの資金援助は最初の8ヵ月間のみ。「その後も必要に応じて支援は提供されますが、目標は彼らがこの国で完全に自活できるようになることです」。

CCSを通して難民が最初に就く仕事は製造業、建設業、小売業などが多く、働きながら英語とスキルを学び、より良い仕事にキャリアアップしていくという。「始めは15ドルくらいからスタートします。ユタ州の最低賃金は7.25ドル(約1059円)ですが、もはやそのような低賃金では誰も(難民でさえ)働きません」とバタールさん。

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  • 「このオフィスで働く80%以上のスタッフは難民です」と、CCSのバタールさん。彼は94年ソマリアから逃れ、現在は難民を救済する側だ。(c)Kasumi Abe

アメリカ生活で気になるのは、高騰する住居費もそうだ。

「不動産価格や家賃がどんどん上がっているので、住居探しは大変です。最初は政府から支援があり、また公営住宅もあるがウェイティングリストが長く順番が来るまで数年かかります。ですから難民の多くがフォーカスするのは、とにかく働いて収入を得ることなんです。彼らは長く続けられる仕事を求めます。そうやって難民であっても、高確率でマイホームを購入するのですよ」とバタールさん。

地元の人と、仕事の取り合いや衝突はないのだろうか?これについて問うと、地元民と難民・移民との職場での軋轢は報告されていないという。話を聞いた救済団体のどの人も「ここはウェルカムなコミュニティ」と口を揃えた。あるスタッフはこのように言った。「社会として移民・難民を迎え入れる際、2通りの姿勢がある。一つは歓迎し機会を与える。一つは拒否。後者の場合、彼らはおそらくギャングの道に行き、社会が悪化してしまうだろう」。

「歓迎した上でもし何か問題があるとすれば、それは言葉の問題ではなく、難民がこの国のシステムや文化を知らないからということが多いのです。よって言葉を教えるのはもちろんですが、文化的な違いを教えるのは非常に大切です」(バタールさん)。

  • 後編では、具体的にアメリカに再定住できた難民がこの国でどのような仕事をしているのかレポートする。

(つづく)

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