サプライチェーンから“バリューチェーン”へ 広葉樹を通して森と人をつなぐ飛騨市の取り組み

岐阜県飛騨市にある「森の端(もりのは)ハウス」の室内

岐阜県飛騨市の面積の93%は森林であり、その約7割を広葉樹が占めている。種類が多く、形状や硬さから加工がしにくい広葉樹は、これまで建築用材としては日の目を見てこなかったが、国際情勢や社会的価値観の変化から、古くて新しい資源として注目を集めている。同市はこの広葉樹の利活用をもとに「広葉樹のまちづくり」を推進。森林環境を守りつつ経済を循環させ、地域の活性化につなげている。(いからしひろき)

広葉樹は建築資材には向かない

鮎釣りファンにとっては聖地として崇め奉られている清流・宮川のほど近く。乗用車や大型トラックがひっきりなしに行き交う国道41号線沿いに、ユニークな木造建築物がある。三角の積み木を横に転がしたような形状以上に、特筆すべきはその材質だ。広葉樹が多用されているのである。

森の端ハウスの外観

一般的に広葉樹は建築資材には向かず、多くが家具、あるいは燃料用のウッドチップに加工されている。耐久性に問題があるわけではなく、むしろ逆でほとんどの針葉樹より硬いのだが、針葉樹と違って真っ直ぐ伸びず樹種も多様なため、均一な大きさの木材が安定的に生産しにくいのだ。また成長も遅く、幹が太くなるまでに時間がかかることから、国内ではこれまでほとんど建築構造材には用いられてこなかった。

この「広葉樹のまちづくり」のランドマークの名は「森の端(もりのは)ハウス」。100年先の森林保全に取り組む官民共同事業体「飛騨の森でクマは踊る」(飛騨市、以下ヒダクマ)の事務所で、森と町それぞれの端境に位置することからこの名が付いた。広葉樹については建築構造の規格そのものが無く、この建物も規格外扱いの構造計算で作らざるを得なかったという。積雪の重みを軽減するために三角形の積み木のような形状になった森の端ハウスは、広葉樹用材の建築事例として、全国から多くの見学者が訪れている。

広葉樹の新たな価値を考える

飛騨の森から切り出された広葉樹の丸太
飛騨市の広葉樹

飛騨市が広葉樹の活用に乗り出したのは2014年だった。広葉樹は、家具用材のほかにこれといった用途がなく、伐採された木材の約94%が製紙用の原材料や燃料用のウッドチップとして安価で市外に流出していた。一方で海外産の広葉樹は、ロシアの輸出規制などにより世界的に価格が高騰、また円安の影響もあり、安定的な輸入確保が難しい状況で、今後国産の広葉樹に注目が集まるのは必至だ。活用できれば地域経済へのインパクトや発展性は大きい。

そこで飛騨市は、2015年に森林林業を起点とした地域プロデュースを手掛けるトビムシ(東京・港)、クリエイティブカンパニーのロフトワーク(東京・渋谷)と共同で前述の事業体「ヒダクマ」を設立。ヒダクマは、古民家を改修したカフェ「FabCafe Hida」を運営し、広葉樹を用いたものづくり拠点として、森や町の文化などを楽しみながら学ぶイベントやワークショップなどを開催している。

さらに2020年には、地域内のサプライチェーンを構築するために、飛騨市、林業者、木工業者、建築業者など合わせて17事業者・団体による連携組織「飛騨市広葉樹活用推進コンソーシアム」(以下、コンソーシアム)を創設し、豊富にある広葉樹資源を商品として循環させるための体制を整えた。コンソーシアムを設立したことで、川上(森林整備)、川中(製材所)から、作り手やユーザーなど川下のニーズまで見渡せるようになった。

飛騨市役所農林部林業振興課の砂田貴弘氏は、「樹種が豊富で形状も多彩、しかも胸高直径[^undefined]平均26センチと小さい飛騨の広葉樹の価値を向上させるには、多様なニーズと丁寧にマッチングする仕組みと見える化が欠かせない」と話す。

※地面から約2メートルの位置から測る測定法

広葉樹活用コンシェルジュの及川氏

マッチングを支えるのは、“広葉樹活用コンシェルジュ”だ。生産者、製材事業者、木製品企画・開発・製造事業者などの間に入り、ニーズや課題を丁寧にヒアリングし、需要と供給を調整する、まさにサプライチェーンの要である。この重責を担うのが、飛騨市地域おこし協力隊の及川幹氏だ。

これまで製材関係の仕事に従事していた及川氏は、「扱っていたのは針葉樹。木材は大きさも形もほとんど均一で、機械化して大量生産して安価に流通させることだけを考えていた。だが本来、林業は地域ごとに特色があるはず」と広葉樹に可能性を見出す。

及川氏の存在は、伝統という名の元に硬直化していた飛騨の林業に新しい風を吹き込んだ。それまで接点のなかった木工作家などに材木置場に足を運んでもらい、例えば二股や三股といった、いびつな形の丸太もテーブルの脚に活用できるなど、広葉樹の新たな価値に気付いた。広葉樹活用コンシェルジュにより、単なるサプライチェーンから、価値を生み出すバリューチェーンへの転換を果たしたのである。

手間暇がかかる広葉樹の木材に、多くの需要が集まる

「自然に合わせないと人間は痛い目にあうんですよ」と西野社長
広葉樹は樹種によって形や硬さが違うため、取り扱いには気を使う

飛騨市で唯一、広葉樹を専門に扱う西野製材所の西野真徳社長は、広葉樹を取り扱う苦労をこう語る。

「とにかく乾燥が大変。広葉樹は種類も厚さも違うから、その都度含水計で水分を測りながら乾燥させている。しかも、針葉樹と比べて広葉樹は圧倒的に木の比重が高い(重くて硬い)から乾きにくい。天然乾燥で最低1年かけ、そこから低・中温の乾燥機でじっくり乾かしていかないと、割れたり曲がったりしてしまう」

西野製材所が取り扱う樹種は、ナラやブナ、ホウノキなど約30種類。かつては高山市の家具メーカーに家具用材として卸していたが、20年ほど前から安い輸入材に押され経営が圧迫していた。しかし、西野社長が会長を務めるコンソーシアムができてからは、以前は売れなかった細い丸太でも売れるようになり、需要が増え過ぎて製材が間に合わないほどだという。そこでコンソーシアムは7月18日に、休業していた製材所を改装して新たに広葉樹専門の製材所をオープンさせ、需要にこたえられるようにした。

多角的な視点で広葉樹のまちづくりを推進

新たな価値を見出し、市の重要な資源である広葉樹を持続的に守るため、飛騨市では、独自に「飛騨市広葉樹天然生林の施業に関する基本方針」を2022年10月に作成した。“独自に”とは、全国的に広葉樹の育成・整備の事例が少なく、参考にできるものが無かったからだ。今では全国各地から視察や問い合わせをしてくるほど、知識やノウハウが蓄積し始めている。

飛騨市の広葉樹の育成・整備の基本姿勢は「天然更新」と呼ばれるもので、山の特定の一区画を帯状に伐採し、時間をかけて自然に芽吹くのを待つというもの。これだと急斜面でも切り出しやすく、管理も自然任せなので手間がかからない。その代わり、適地の事前調査や伐採以降の追跡調査は欠かさず行い、その様子は今年度中に市のホームページで公開する予定だ。

砂田氏は、「日本の林業は針葉樹中心で、広葉樹についてはノウハウや専門家、予算について脆弱なのが現状。我々も手探りでここまで何とかやってきた。今後も広葉樹の用材率を上げるという大目標は変わらない」と話す。だが、一方でもともと用材に向かない木だけに、限界があると感じているという。そこで強化していくのが「地域内での循環」だ。

「例えばチップの状態でも、市内で燃料に使われれば、市外から買っている化石燃料の代替エネルギーになり、教育分野への投資にも使える可能性がある。多角的な視点で広葉樹のまちづくりを推進していきたい」。砂田氏はそう意欲的に話し、未来を見据えている。

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